量産
待つこと僅か20分。
おい、何で手際よく用意してんだよ。
仕入れにでも行って時間を潰すようにしろ。仕込みに時間のかかるスープスパゲティにでもしろよ。
虎島の仕入れと仕込みに時間をかけて、
だというのに、配膳する鹿島は「俺、仕事早いだろ」と言わんばかりに得意げな表情である。とはいえ、ツーカーで鹿島に通じると思っていた虎島に非がないとも言えない。
「まあ、いいや。鹿島さん、宣言を頼むよ」
虎島はため息を吐きつつ、鹿島に促す。
「では、10皿先行で勝利です」
鹿島は勝負の開始を宣言し、虎島と東雲は互いに礼をする。勝負が始まった。
目の前にあるのはスパゲティアラビアータだ。
アラビアータとは唐辛子を利かせたトマトソースのことであり、辛いスパゲティソースの代表例と言えるだろう。ペンネと和えてペンネアラビアータとすることも多い。
鹿島作のスパゲティアラビアータはトマトソースと唐辛子が溶け合い、真っ赤な色合いが鮮明であった。アクセントのバジルの緑との対比は美しい。
トマトの爽やかな香りが鮮烈で、その酸味と甘さを予感させる。それがニンニクの食欲を掻き立てる匂いと唐辛子のスパイシーな香りが合わさり、目の前にするだけで食欲が溢れ出てくるようだ。
思えば、まだ昼飯前であったのだ。腹が減るのも当然と言える。
虎島はスパゲティにフォークを突き刺し、クルクルと巻き取っていく。そうして出来上がった、スパゲティの塊を一息に口に入れる。トマトの酸味と唐辛子の辛さが混然一体となり、得も言われぬハーモニーを醸している。酸味と辛さの奥に甘味と旨味が隠されており、そのギャップこそがこのアラビアータの美味しさとなっているのだ。
鹿島が得意げになることもある。後から来る辛さによって、額からびっしょりと汗をかきつつ、虎島はそう感じていた。
辛いといっても、その辛さは
しかし、これは虎島にとってプラスに働いた。食べ慣れた辛さなので、どう食べ進めるればいいか、その最適解が体でわかっている。ホームゆえの有利さと言い換えてもいい。
一方、対戦相手の
虎島はふとその様子を見やり、ギョッとする。そこには奇妙な光景が広がっていた。
東雲はいまだスパゲティアラビアータに口を付けていなかった。ひたすらフォークをクルクルと回し、スパゲティの塊を作っている。
いったい何本のフォークを持ってきているのだろうか。彼女はスパゲティの塊をそのまま放置し、自分のバッグから新たなフォークを取り出して、新たなスパゲティの塊を作り出した。
まさに、量産である。彼女の二つ名である量産化女子大生とは、その見慣れたファッションによるものではなく、料理を食べやすい形に量産することから名づけられたものなのであろうか。
そして、スパゲティの塊を作り終えると、東雲の眼がカッと見開く。
その瞬間、フォークを掴み、一気にアラビアータスパゲティを食べる。そのスピードは驚くほどに速い。まるで水飴を舐める一休さんであるかのように、フォークを掴む、スパゲティを食べるというサイクルが一瞬のうちに終わる。
瞬くうちにスパゲティアラビアータは一皿分、なくなってしまった。
虎島は唖然とする。いまだ自分の皿を平らげられずにいたからだ。
自分はホームなのだ。自分が有利なのだ。そんな状況で負けるわけにはいかない。
そんな意識が虎島の胃を重くした。食べ進めるスピードが遅くなる。そんなことに自分では気づくことができない。
新たによそわれたスパゲティアラビアータに対し、東雲はさらにスパゲティの塊を量産していく。
それを作り上げると、先ほどと同じように瞬く間に食べ尽くしていく。
虎島はそんな様子を眺めつつ、周回遅れの気分で、スパゲティアラビアータを一皿
しかしというか、当然というか、虎島は東雲へのリードを縮めることはできず、むしろ、どんどん引き離されていく。
そして、虎島がどうにか5皿を食べた時点で、東雲は10皿を食べ切り、東雲の勝利となった。
「今回は私の勝利ですね。では、次の勝負行きましょうか」
東雲はニッコリとした笑顔で、けれどその目は笑わずに、虎島に告げた。
ぞくり、と虎島に怖気が走る。
「次のメニューは何でしょうか? 楽しみです」
その後に出された激辛ペペロンチーノ、ここでも虎島はダブルスコアで敗北する。
しかし、東雲はニコニコと笑う。
「それでは、次のメニューですね」
ぐちゃり
虎島の心が折れた。そして、お腹もいっぱいになっていた。
もともと大食いの得意なタイプのアスリートではなかったのだ。最初に負けた時点でこの展開は見えていた。
「仕方ない。あいつを呼ぶしかないか」
虎島は悔し気に呟いた。
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