量産型女子大生

 ドンドンドン


 昼の書き入れ時が終わり、扉を閉めて落ち着いていた虎島食堂に、戸を叩く音が響いた。その響きは次第にその音量と頻度を上げていく。


「おい、なんだよ」


 店主の虎島とらじま亘理わたるはその響きに苛立ちながら、扉を開けた。そこにいたのは見知った顔だった。


人吉ひとよし恒臓つねぞう!」


 そこにいたのは、かつて虎島が手先として使っていたチンピラの人吉だ。その後ろにはニコニコと笑顔の女子がいた。女子は典型的な量産型女子大生とでもいうべき風貌である。

 デート中か? 一瞬そう思ったが、しかし、どうにも様子がおかしい。

 量産型女子大生は笑顔だが、人吉は衰弱し切っており、その表情には苦痛と焦燥に満ちていた。


「人吉、どうかしたのか?」


 虎島がそう語りかけると、人吉は少しだけ安心したような顔をして、倒れ込んだ。そして、地に伏したまま、言葉を発する。


「この女は危険だ。あいつを呼んでくれ、天才の種子ライジング・プロミネンスのあいつを……」


 それだけ言うと、人吉は事切れたように静かになった。

 その様子に衝撃を受けた虎島が絶叫する。


「人吉、店の入り口で寝るな! 迷惑だろうが!」


 虎島は人吉の身体をゆすって、叩き起こした。


「ひでぇよ、おやっさん」


 人吉の物言いに虎島は顔をしかめた。


「俺はお前にオヤジ呼ばわりされる年齢じゃねーよ」


 そんな言い合いをしつつ、人吉をどうにか店の奥に押し込める。量産型女子大生は彼らについて店の中に入ると、中央のテーブルの席に座った。


「おい、なんだよ、あの量産型女子大生……?」


 虎島も彼女の様子にただならぬものを感じ、怖れを抱き始めていた。

 それに対し、人吉は事のいきさつを話し始める。


 激辛の大会にて愁傷した人吉の前に、量産型女子大生エンド・オブ・サマー・バケーション東雲しののめ芍薬しゃくやくが現れた。人吉に有利な状況で勝負が始まったものの、圧倒的な力の前に敗北ししたのだ。そして、敗北した際の条件は「芍薬にとことんまで付き合うこと」だった。人吉は何度となく勝負を強要され、もはや死に体と化している。

 そして、開放されるためには、自分のほかに彼女の相手をする人間を用意しなくてはならなかった。

「あいつを呼ぶんだ、あの天才の種子を……」

 人吉はそう言うとこうべを垂れる。あまりに疲れていたため寝てしまったのだ。


「そんな危険なやつを連れてくるなよな……」


 そうぼやきながらも、高梨たかなし日葵ひまりに電話を掛ける。運のいいことにすぐに出てくれた。

 虎島は状況を搔い摘んで説明する。すると、電話の向こうから明るい声が返ってきた。


「それって激辛グルメを奢ってくれるってことですよね。すぐ行きますよ」


 虎島は少し状況が違うと思いつつも、まあ大差はあるまいと思い、そのまま肯定する。


「あ、でも、ダイエット中なんで、今から自転車に乗って向かいますね」


 ガチャ


 その言葉と共に電話は切れてしまった。

 しかし、自転車で向かうとはどういうことだろうか。日葵の職場は箱根の温泉旅館で、彼女は住み込みで働いている。そこから自転車で向かうということは、優に10時間近くはかかるのではないだろうか。


「おいおい、真夜中になるだろうが」


 今はすでに14時を過ぎている。日葵はろくに人の話も聞かず、何時に来るつもりだというのか。

 虎島は頭を抱えた。


「ちょっと」


 店のテーブルから声がかかった。例の量産型女子大生こと東雲芍薬だ。

 虎島は仕方なく、彼女の前まで行く。


「あなた、人吉さんのお身内ですよね。

 私は人吉さんにとことんまで勝負に付き合ってもらうという条件で勝利いたしました。でも、人吉さんはあの体たらく。お身内の方に勝負を引き続き行ってもらう、そういうことでここに来ました。食事代の支払いは負けた方持ちということです。

 勝負、してもらえますよね」


 東雲は顔つきはニコニコと笑っているが、目は笑わず、凛とした視線を虎島に向けていた。

 ぞくり、と虎島は震える。その瞳は澄んだものだったが、どこか虚空を見つめているような、狂気じみたものがあった。

 仕方なく、虎島は厨房に向けて、声を上げた。


「鹿島さん! 激辛スパゲティを作ってくれ! (できるだけ、時間のかかるメニューをな)」


 虎島食堂はある程度バラエティに富んだメニューがあるが、スパゲティはナポリタンのみだった。激辛に特化した究辛きゅうからカレーが看板メニューではあるが、激辛だけでやっている店ではないのだ。

 激辛スパゲティを作ろうとすれば、当然、仕入れが必要になり、仕込みも必要になる。つまり時間がかかる。

 理論派ライズ・ユア・アイアン・ウィルと呼ばれた虎島はそれを見越して鹿島に指示を出した。あとは、それが鹿島に伝わってくれるのを祈るばかりである。

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