選手交代

「途中参戦なんて許されると思っているのですか!?」


 悲壮な表情で、悲壮な声で、二階堂にかいどう六華りっかは抗議の言葉を発した。

 それに対し、虎島とらじま亘理わたるはにたりと笑う。そして、スマホを取り出し、ボイスレコーダーで音声を再生する。


『虎島オーナー、なんなら、二人掛かりで来てもよろしくてよ』


「これは、二階堂さん、あんたの言葉だぜ。もう忘れてしまったのか? あんたの言葉通りなら、俺も参戦して問題ないはずだ」


 虎島は勝ち誇ったような表情で二階堂を見下した。

 それに対し、二階堂は絶望的な表情を見せながらも、まだ抗議してくる。


「ルールは! ルールはどうなっているんですか!? 公式のルールなら、そんなの認められませんよ!」


 虎島はその反論を児戯にも等しいものと思う。

 愚かしい。今回の勝負におけるルールも確認していないのだ。


「おかしいと思わなかったのか? なぜ、俺が勝負の席に並んでいるか。最初から俺はこの勝負の選手だったんだよ。

 あんたはルールもろくに確認しないままに、この勝負に契約してしまった。それが敗因なのよ」


 契約書のルールには選手は二人まで登録できると明記してある。間の抜けた二階堂はそのことを見落としており、自分ひとりしか登録していなかったのだ。

 一方、虎島は日葵ひまりと虎島のふたりを登録しておいていた。

 神童として祭り上げられ、スポーツ界でスターとしてちやほやされ続けていた二階堂には、社会の荒波など理解できていない。隙だらけだった。


「おかしいと思っていたことならありましたわ」


 二階堂は涙声になりながら、言葉を紡ぎ出した。


「お店を立ち上げてから、嫌がらせのようなことが幾度となくありました。チンピラのようなお客さんが長々と居座ったり、目を離した隙にカレーの鍋が倒されていたり……。犯人を捜そうとしましたが、決定的な証拠は見つからず、店内の雰囲気は悪くなるばかりでした。

 お店の売り上げだって、喧伝されているほどに高かったわけじゃありません。正直、苦しいものでした。

 そんな苦境の中、虎島食堂さんから合併の話がありました。その主導権を勝負で決めてくれるというお話でしたから、つい喜んでしまいましたわ。フードバトルなら私が優位だと疑ってませんでしたから。

 でも、今のことを考えると、全部虎島オーナーの思惑のうちだったんですね。嫌がらせだって、もしかしたら……」


 涙ながらに語る二階堂の言葉だったが、虎島は平然と受け流した。そして、表情を変えないままに弁明する。


「カリーライス専門店ンジャメナさんがそんな状態だったとは知らなかったなー。しかし、そんな嫌がらせに弊社が関与しているなんて事実無根ですよ。

 勝負の方式に関しては二階堂さんが見落としていた。それ以上の話じゃあないでしょ」


 その突き放すような言葉に、二階堂はただ嗚咽を漏らし、涙を流す。

 その様子に虎島は何の感情も動かされることはない。

 所詮は温室育ちのアスリートだ。逆境に立ち向かう強さなんてない。逆風が向けば、ただ弱さを露呈する。


「二階堂さん、私は虎島食堂にカリーライス専門店ンジャメナから送られたチンピラを目にしました。まさか、そんな事実はないというのですか?」


 か細い声が聞こえてきた、それは俯き続けていた日葵のものだった。


「わ、私には何のことかわかりません。でも、そんなことは私はしておりません……」


 それに返す二階堂の声はもはや涙混じりだった。しかし、それが信憑性を増したのかもしれない。

 日葵の怒気が増していた。


「そういうことなんですね。では、私はこれ以上虎島食堂に味方するのは放棄します。これからはカリーライス専門店ンジャメナの味方に付きます」


 信じられない言葉を口にしていた。


「そんなこと許されるかよ!」


 虎島は思わず口にするが、それを否定するように日葵がチッチッチッと声を上げる。


「二階堂グループには、まだ選手が一人しかいません。この勝負が対等なら、二人目を立てて問題ないはずです!」


 日葵は二階堂にアイコンタクトを送った。それを受けて、二階堂も力強いものを感じたのか、泣きそうだった顔が元気になっていた。


「日葵さん、よろしく頼みましたわ。託します。この試合のカリーライス専門店ンジャメナの二人目は日葵さんです!」


 その言葉を受けると目の前に置かれていた日葵の神聖ホーリー火薬パウダー200g入りのスープカレーをすぐさま平らげ、同じように二階堂のカレーも一気呵成に平らげていた。

 まさか、精神状態が肉体にも影響を与えるタイプか。このタイプは思い込みだけで肉体を強化する。自分の細工はそれほど長時間は持たない。西園寺ヤスヒコの育てた怪物に渡り合えるだろうか。

 虎島に焦りがよぎる。それでいて、どこかワクワクしたものを感じていた。

 ヤスヒコの怪物か。それがどれだけのものか見てみたい。


「同じものをもう一杯」


 日葵の宣言により、先ほどと同じく神聖な火薬200g入りのスープカレーが二人の前に置かれる。

 虎島は口の中に仕込んでいた小袋に入ったクリープを破裂させ、口内にミルクの膜を覆わせた。これが彼の二階堂や日葵の上を行くための工夫であった。ミルクの膜によって激辛の刺激を鈍らせ、素早くスープカレーを食べ進めていたのだ。

 反則すれすれの技であったが、現在の激辛フードバトルでは口内を厳密に調査するようなことはなしない。そのルールの穴を突いてたのだ。


 虎島は強い執念を燃やしていた。

 俺はこんな小娘には負けやしないぞ!

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