理論派

「そんな弱気なことでどうするというんですか。虎島オーナー、なんなら、二人掛かりで来てもよろしくてよ」


 日葵ひまりの辛さの設定を聞いて、二階堂にかいどう六華りっかはほほほと笑う。

 そんな六華と日葵の前にスープカレーが運ばれてきた。


「それでは、これより勝負を開始いたします。まずは神聖ホーリー火薬パウダー10g。

 虎島食堂を代表するのは、天才の種子ライジング・プロミネンス高梨たかなし日葵ひまりさん!

 そして、カリーライス専門店ンジャメナを代表する絢爛女帝トータル・ブリリアント・カリズマティック二階堂にかいどう六華りっかさんです!

 では、勝負を始めてください!」


 進行役の猪之頭いのかしらの声が響いた。


 六華はスープカレーを口にする。美味しい。先ほどまでのカレーは若干辛さに物足りなさを感じていた。

 一般の客には最大級の辛さなのかもしれないが、仕事柄、激辛を食べることの多い六華には物足りないものだった。辛さとは過剰さを求めてしまうものなのである。

 神聖な火薬ホーリーパウダーを加えることで、彼女にとってちょうど良い辛さになっている。そして、辛さと甘さのギャップは美味しさになるのだ。このカレーなら無限に食べられる。思わずにこやかな表情になっていた。


 このカレーにカレー屋の店主として少し嫉妬ジェラシーを感じていた。

 自分の作ったカレーがこの店――アルケミスパイスに劣るものではない自信はあるものの、どうしても有名人の作ったものだというイメージがまとわりつく。単純にカレーの美味しさで有名店に登り詰めていることが羨ましい。

 それに本当に美味しいのだ。


 あっという間に食べ終わった。それは日葵も同じことだった。

 大食いの経験の多い六華にとって、それだけで日葵は手強いことがわかる。世界規模の大会でも六華のスピードに付いてこれるものはそうはいない。

 それならば、一気に引き離すしかない。


「では、六華さん、続いて神聖な火薬の量を設定してください。次の杯はどうしますか?」


 進行役の猪之頭が問いかけてくる。それに対し、勝ち誇ったようにほほほと笑いを返すと、六華は宣言した。


「100gでお願いしますわ」


 この言葉に、日葵はビクッと驚いたように反応した。観客にも同じような反応をした者もいる。彼らは神聖な火薬の危険度を理解している常連客なのだろう。

 六華自身もやってはいけないことをしたような、冷やりとした感覚があった。それでも、強気で立ち向かわなければならない。


 六華と日葵の前に運ばれてきたスープカレーはもはやスープではなかった。

 スプーンをカレーに入れるとドロッとした粘土のような固さが露わになる。試しに口に入れると、全身に警告音が鳴り響いた。

 これは辛い。いや、つらい。全身全霊が告げていた。これは食べ物ではない。今行っている行為は食事ではない。これは食事ではなく勝負だ。

 六華は目を見開くと、自分のあらゆる感情を殺し、勝負に打ち勝つため、一心不乱にカレーとご飯をひたすらに消化した。


 全身に疲労を感じていた。胃腸はのたうつような痛みに苦しんでいる。それでも、どうにか杯を空にした。同じことを横にいる少女にできるはずはない。そう思ってチラリと横目を向けると、日葵もまた杯を空にしているところだった。

 そんな、まさか……!

 焦りが心を支配していた。こうなってくると、もう一杯も同じように食べなけらばならない。サドンデスによる潰し合いというルールが、六華の足元から徐々に這い寄ってきて、飲み込もうとしているかのようだった。


「次は150gでお願いします」


 日葵の言葉が聞こえてきた。その言葉の重さに恐怖を抱きながらも、それでも覚悟を決めるほかない。

 六華は現れたカレーの重さ、辛さ、熱量、そして破壊力に向き合いながら、どうにか食べきろうとする。だんだん、意識が朦朧として来ているのがわかった。

 そんな中、天才の種子という日葵の二つ名が頭をよぎる。それは、かつて天才グロウイングアップ・バーニング・スピリットと呼ばれた男、ヤスヒコを想起させるものだった。

 それに、彼女の落ち着いた食べ方にはヤスヒコを思わせるものあった。


 朦朧とした意識のまま、日葵に話しかけていた。


「あなたの師匠、ヤスヒコだったかしら? あの人、こうやって火薬パウダーを食べている時に亡くなったんでしたっけ? あなたもそうならなければいいけど」


 口に出した瞬間から後悔があった。

 故人の死を揶揄するような言葉を発してしまった。それも、その人と深く関係していそうだと思った相手に対してである。

 日葵はその言葉を耳にしたからか、俯いてしまった。


 それでも、日葵は150gの神聖な火薬を含んだスープカレーを食べ終えていた。

 このままでは負けてしまう。六華は涙目になりながらも、その辛い、痛い、熱い、破壊力に満ちたカレーを根性だけで食べきることができた。


「六華さん、次の設定をお願いします」


 猪之頭の問いかけにどうにか答える。


「200gで……」


 その言葉に従い、カレーが現れる。もはやスプーンを突き立てることすら困難なカレーだった。

 日葵は六華の心ない言葉に気づいいたまま、微動だにしていない。追い打ちするチャンスではあったが、六華もまた日葵を傷つけたことに傷ついていた。

 どうにか一口を口に入れるが、そのあまりの破壊力に、六華はポロポロと涙を流した。今の六華にはこのカレーは辛すぎる。


 それでいて、日葵の動きも精彩を欠いていた。

 どうにかカレーを食べようとする動きはあるものの、その辛さに怖気づいているような表情を見せている。


 やがて、横で見ていた虎島が呆れたようにため息をついた。


「ここまでのようだな」


 そう言うと、指をパッチンと鳴らして合図をする。

 その合図に従ってか、彼の前に神聖な火薬200gのスープカレーが運ばれてきた。

 虎島は四苦八苦しながらも、どうにかそれを食べ終えると、こう宣言した。


「俺は理論派ライズ・ユア・アイアン・ウィル虎島とらじま亘理わたる。この勝負、割って入らせてもらう」

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