第五集 忠に背くとも
しかし
そんな不安の中で過ごしていた味城の者たちであったが、幸運な事にどちらも攻めてこないまま時が過ぎた。城内での畑作や周辺の森での狩猟採集で何とか食いつないでいる内に、
既に十七歳となっていた李秀が指揮する味城に向けて、南方から軍勢が進んでくるとの報告が入った。遂に南蛮が体勢を立て直して攻めて来たかと城内に緊張が走ったが、それは何と漢人の兵士たち。そしてその先頭にいるのは、もう何年も会っていなかった李秀の兄・
兄との再会に涙を流して喜んだ李秀は、そこでずっと分断されていた中央の情勢を聞かされる事となる。
益州で氐族の
そんな最中にあって、朝廷は既に益州の氐族に討伐軍を割く余裕はない。結果として寧州も忘れ去られていたのであるが、李釗は何とか軍を借り受けて出兵。益州を通る事が出来ない以上、
李釗の方もここに至って初めて父の死を知り、味城の城内にある墓前で伏して涙を流した。「父上、遅れて申し訳ありません」と、数刻に渡って大粒の涙を流し続けたのである。
さて、その後に中央から新たなる寧州刺史が派遣される事になる。
殊に寧州のような辺境においては、あえて規則に不明瞭な部分を作る事で人を上手く回すという暗黙の了解があったわけだが、そうした部分で厳格な王遜との間に溝が生まれてしまう事になるのである。
味城の籠城戦を共に生き延びた者の中にも、王遜に叱責されて厳罰に処された者も少なくなかった。
勿論ながら王遜によって寧州の綱紀が粛正され、周辺の治安も良くなったのは確かである。しかし引き換えに彼は部下や領民からの信頼を得る事は無かったのだ。李釗、李秀の兄妹も、やはり王遜とは馬が合わなかった。
そうした事情もあり、李釗は
そこで彼らは、故郷である蜀の様子を見る事になる。戦乱に明け暮れる晋朝の中央とは逆に、そこでは非常に安定した平和な統治が行われていたのだ。民も日々の食事に困っている様子はなく笑顔で暮らしている。
そうした状況の中で、李秀も李釗も、そして王載も、そこへ攻め込まねばならぬ状況に疑問を感じ始めていたのである。
晋朝滅亡の知らせが届いたのは、そんな頃であった。匈奴漢によって
寧州刺史・王遜は、すぐさま
歴史の上で、匈奴に滅ぼされた方を
だが李釗、李秀の兄妹は、この王遜による晋室再興にはあまり乗り気では無かった。彼らの目に映っているのは、故郷である蜀の民の平和そうな顔である。
越巂にいる李釗を訪ねた李秀と王載は共に話し合い、同じ結論に辿り着いた。正確に言えば李釗と李秀が一致した見解で、王載は「俺はどこまでも二人に付いていくだけだ」と笑みを浮かべたのである。
「我らの決断に、父祖たちはどう思うかな?」
そう言って苦笑した李釗に対し、李秀は笑顔で返す。
「きっと草葉の影で笑ってますよ」
思い返せば彼らの曽祖父である
彼らの父祖も、そして彼ら兄妹も、考えは同じであった。主家に対する忠に背くとも、それは故郷の民への仁と侠を守るためである。
そして彼らは成に降伏する事を、城内で配下に布告した。
「我らと共に来る者は残れ。受け入れられぬ者は寧州刺史の
しかし彼らの部下で王遜の許に行く者は驚くほどに少なかった。それは晋はもう滅びたという失意もあれば、王遜よりも李釗たちの方を信頼しているという部分もあった。だが巴蜀出身者の多い寧州兵にとっては、これでようやく戦を終えて故郷に戻れるという感情が何よりも強かったのである。
そうして越巂、漢嘉の両郡は、成に降伏したのである。降伏を受け入れた成の皇帝・
成の皇帝、氐族の頭領、李雄とは、一体どんな人物なのであろうか……。
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