第四集 霧中の夢
それでも尚、城内の食糧は今やほぼ枯渇し、民も兵も雑草を抜き、
城壁の上に、矢避けの為に盾や戸板を組んで作った小さな見張り小屋が建てられていた。戯れか威嚇か南蛮兵が時折射かけてくる事で、小屋には何本もの矢が刺さっている。
厚い雲に覆われた漆黒の夜空からは、静かに雨が降り続けていた。既に秋も深まっており、温暖な寧州も冬に向けて徐々に気温が下がってきていた。
「少しは食べないと、お前も倒れちまうぞ」
そんな王載の言葉を聞いているのか否か、心ここにあらずと言った様子で小さく頷く李秀。その眼は森の向こうに布陣しているであろう敵本陣に向けられていた。この半年の間に敵本陣の位置は掴んだのだが、その内情や攻勢の手段に苦慮していたのである。
だが冷え込んできた気候、そしてこの長雨も穏やかになってきた事を見て、李秀は決意を固めた。
「
味城を包囲する南蛮軍を率いているのは、
半年前、そんな于陵丞に共闘を持ちかけて来たのが、益州で反乱を起こした
その依頼を受けた于陵丞の頭には、百年ほど前に一度だけ南蛮を統一した王の事が浮かんだ。
南蛮王・
もしも氐族が蜀の地を押さえて地盤を築く事になれば、蜀漢と孟獲の関係をそのまま引き継ぐ事が出来ると于陵丞は考えていたのである。
包囲から半年、味城は既に食糧が枯渇し、陥落も時間の問題である。そこへ蜀からの知らせが届く。氐族の頭領である
そう思っていた矢先、于陵丞は部下の叫び声で叩き起こされた。いつの間にか眠っていたらしい。何の騒ぎかと飛び起きて軍営を出ると、そこは真っ白な世界であった。濃霧である。密林を濃霧が覆い尽くし、数歩先すら見えない状況となっていたのだ。
馬の
「何をしている! 敵は少数のはずだ! よく相手を見ろ!」
そう叫んだ于陵丞は、突如として背後に殺気を感じて総毛立った。
「見つけた……」
それは若い女の声。
冷たく、落ち着いた、そして強い意志を秘めた声。
于陵丞が振り返ろうとした瞬間、刃が鞘から抜き放たれる音がした。首に冷たい物が触れたような感覚。何事かと首に意識を向けた途端、今度は逆に燃えるような熱さを感じる。声が出ない。既に真っ白だった視界が、更に白くなっていく……。
あぁ、漢人から独立して国を建てたら、どんな国号を付けたらいいだろうか。そういえば聞いた事があった。何百年も昔、この土地にも国があったそうだ。同じ国号を名乗ろう。
そうだ、我々の作る国の国号は「
どこか穏やかな表情のまま絶命した于陵丞の首を手に取った李秀は、それを頭上に掲げて勝鬨を上げた。
「敵将、討ち取った!!」
その声で一気に形勢が変わり、南蛮兵は状況を把握した者から次々と逃げ去って行ったのである。
この濃霧の中で行われた奇襲は、李秀にとって大きな賭けであった。食糧が尽きた今、今日の機会を逃せばこうして奇襲攻撃を仕掛けられるだけの体力はもう残らなかったであろう。
ましてや敵情偵察が不完全で、敵の大将が陣にいるかどうかすら分からぬままの突撃であったのだ。だが李秀は見事、賭けに勝ったのである。
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