第三集 十四歳の指揮官

 ねい州刺史の李毅りきを始め、多くの将を失ったまま孤立したまい城では、いつ来るかも分からない敵の襲撃に怯えていた。

 そんな中で残った兵たちに指揮官の代理として李秀りしゅうを推そうという話が出る。その中心にいたのが王載おうさいであった。


 十四歳になったばかりの小柄な少女である李秀だが、李毅から武芸と兵法を学んでおり、既に幾度かは彼女の作戦によって蛮族を撃退している事を知っている味城の駐屯兵たちは、次々に賛同の声を挙げた。


 初めは困惑し、王載がやればいいと言った李秀であるが、武芸だけならまだしも、兵法の知識を以って兵を指揮する事に関しては李秀の方が遥かに上であると当の王載に説得されたのである。


 南蛮なんばんの最初の襲撃は、そんな李秀の覚悟が決まらぬ内に始まった。城壁の向こうから次々に矢の雨が降り注ぎ、城内の民は大混乱に陥る。

 そんな中にあって、民の屋内への避難、兵士の城壁守備など、的確に指示を出していく李秀。その様子に王載は自分の考えは間違いではないと確信するのである。


 断続的に降り注いでくる矢は、北方や中原であれば火矢が主流であるが、雨天が多く湿気の強いこの寧州ではそのほとんどが毒矢である。

 それも致死性の高い毒である必要はない。例えばやじりに糞尿を塗りつけておくだけで、矢傷が簡単に化膿し、数日で相手を死に至らしめるのだ。李秀の父・李毅もまたそれによって命を落としている。


 城壁の向こうから南蛮兵が鉤縄かぎなわをかけて侵入を試みようとするのを見た兵士たちが、投石によって叩き落そうと身を乗り出すと、李秀は叫んで制止する。


「駄目だ、身を隠せ!」


 彼女の制止も間に合わず、その兵士は首や胸に矢を受けて倒れ、他の兵士たちによって後方に運ばれていった。


「城壁から身を出さずに槍を構えよ! 相手が城壁に登りきった所で突け!」


 李秀の指示の通りに動いて城壁からの侵入を抑える兵士たち。降り注ぐ毒矢の恐怖の中で、城壁に投げかけられた鉤縄を見つけては侵入しようとする敵兵を突き殺していく。


 城壁の一角から悲鳴が上がった。対応が間に合わず城内に侵入した敵兵が、周囲の兵を背後から斬りつけたのだ。

 李秀がすぐさま走り寄ると、敵兵もまた彼女の方を振り返った。南蛮兵特有の木組み鎧を着込んだ敵兵は、幅広の刀身をした刀を大きく振りかぶって、まるで威嚇するように叫び声を上げた。

 李秀もまた、それに気圧されてたまるかとばかりに雄叫びを上げながら、愛用の雁翅刀がんしとうを構えて向かっていく。


 南蛮兵は李秀の首を狙って大きく凪ぎ払った。それを間一髪の所でしゃがみ込むように避けた李秀は、そのまま相手の脇をすり抜けるように駆けながら南蛮兵の胴を斬りつける。

 手応えを感じた李秀が、そのまま雁翅刀を振って血を払うと、背後の南蛮兵は静かに崩れ落ちた。


「一兵たりとも通すな!」


 李秀のその声に、城内の兵士たちは大いに士気が上がったのであるが、当の李秀は刀を持つ手が震えていた。生きている人間を斬ったのは、これが初めてであったのだ。

 だがそれを周囲の兵に悟られるわけにはいかない。早鐘のように打つ心臓の鼓動を、深呼吸を繰り返して何とか落ち着かせた李秀は、再び城壁の指揮を始めるのであった。


 そうして数時間が過ぎ、敵の攻勢が止む頃には、毅然とした態度で指示を出していた李秀を城内の誰もが指揮官として認めるようになっていた。


「やっぱり、お前しかいないよ」


 王載がそう声をかけると、李秀もまた覚悟を決めた様子であった。その後も何度か攻撃があったが、その度に李秀の指示によって侵入を防ぎ、敵も強攻を諦めて包囲に切り替えてきた。


 そこからが問題である。支城から民を集めた事により、食糧の問題が出てきてしまったのだ。兵糧庫はもちろん、城内の畑で取れる物を合わせても、明らかに足りていない。城を包囲されている状況では、外に狩りに行く事も出来ないのだ。

 そもそもてい族の反乱で周辺諸州に援軍を求めているえき州から援軍が来る事はあり得ない。その益州が塞がっている以上、中央からの助けも来ないという事だ。

 兄の参陣しているけい州軍やりょう州軍が、上手い具合に益州の反乱を鎮圧し、その後ここ寧州へと救援に来るには、どんなに上手く事が運んだとしても年を越す覚悟が必要である。現状の食糧では、それまで保つはずもなかった。


 助けは当てにできない。今いる将兵、今ある武器、今ある食糧。それだけを以ってこの状況を打破できないかぎり、全員ここで死ぬしかないのだ。


 李秀の指揮官としての戦いは、そんな絶望の中で始まったのである。






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