第4話
「はぁー。」
「どうしたの?そんな大きいため息なんかついて」
次の時間が体育のため、教室から体育館へ移動していた時、無意識で隣にいた友達を心配させるほどの大きなあくびをしていたことに自分でも少し驚いた。
「あ、いやごめん、なんでもない」
本当は自分でも理由はわかっている。でも、こんな事友達に相談できるわけがない。ただの先輩に付きまとわれているだけならいい。でもそうじゃない。あの日、先輩は私のことが好きだと言った。しかも二度も。その目が、表情が、震える手が、ただの笑えない冗談なんかじゃないことを物語っていた。
でもわからない。女が女を好きになる気持ちが…。話には聞いたことがある。男同士とか、女同士のカップルも世の中には存在するということ。でもそれはあくまで私には無縁な遠い世界での話だと思い込んでいた。少なくとも、私はその気持ちがわからない。私が好きなのは男で、現に彼氏が存在するから尚更。女が女を好きってどういうことなの?私が彼氏と手を繋ぐように、女同士のカップルもそういうことをするということなのかな。
そして、先輩は一体私のどこが好きなのか。
話したことも、会ったことすらなかった後輩の私に突然、好きって言うなんて…やっぱりどうかしてる。
話を聞くところによれば、白濱詠という人間は相当な優等生らしい。おまけにあの容姿だから人気もそこそこ。先輩の情報を集めるのは難しくなかった。でも私が聞いた話と、私が知る先輩とではまるっきり別人だった。クラスでもめったに声を聞かない大人しい人?授業の休み時間も、昼休みも、放課後も、学校にいるときはいつも一人で勉強している?先輩の笑う姿を見た人はいない?笑わせないで。まるっきり違いすぎるから。私に対してのあの態度は何というか…犬だ。そう、変な犬に懐かれた気分。
まあ、どうせそのうちすぐに飽きて去っていくだろう。私が相手しなければいいだけの話。
そう考えていたのも束の間、前の時間が体育だったクラスが一斉に体育館から出てきた。その中に私は見つけてしまった。今私が一番会いたくない人。
息を絞め殺して、必死に存在感を隠す。こっちを見るな…。そう念を込めながら友達の陰に隠れていると
「あー!」
何という不運。たまたま近くにいた男子たちがバカな事をして周りの目を一斉に集め、先輩から見たその視線の先に私がいてしまったようだ。
「瑠衣ちゃん、次体育なんだ!」
飼い主を見つけた犬のように一直線で駆けつけてきた。私にはブンブン振り回す尻尾が見えた。
「まぁ、はい…」
いつも通り冷たい返事をする。それでも会話を続ける先輩。
「制服姿も可愛いけど、ジャージ姿も可愛いね!」
周囲の人たちの不思議そうな視線が気になる。不思議なのも当たり前。あの高嶺の花が一個下のこんな後輩に絡んでいるのだから。
それから、先輩をなんとか巻いても次に面倒くさかったのは周囲の同級生たち。あの高嶺の花とどうして仲いいのか、要は皆それが聞きたいのだろう。面倒な質問攻撃は適当にごまかして、私からはたった一言。
「別に、仲良くないから」
そこだけはしっかり否定させていただいた。早く私の事諦めてください。そう願いながら次の時間を過ごした。
次に先輩の姿を見たのは、昼休みに職員室へ呼ばれた時。たまたま廊下の角から先輩は出現してきた。
「うわ。」
思わず心の声が漏れてしまう。
「あ、瑠衣ちゃん!うわ、とか言わない。今日二回も会えちゃうなんて嬉しいな~」
「私は全然嬉しくないです」
「あ、ねぇ、今日一緒に帰ろう?最近、私の事避けて帰る時間わざとずらしてるでしょ」
「それ気付いてるなら普通は誘わないと思いますけど」
「酷いなぁ」
「すみません、私先生に呼ばれてるので」
「あ、うん。ごめんね。呼び止めて。まあ、玄関で待ってるから!気が向いたら一緒に帰ろうね、ね?」
私は無視して職員室へ入っていった。
その日の放課後、先輩は本当に玄関で待っていた。
「あの。」
「あ、瑠衣ちゃんから話しかけてくれるなんて!」
「いや。そこ私の下駄箱なんで邪魔です。てかわざとでしょ」
「ばれた?こうしたら嫌でも逃げられな…って!」
私は先輩の話の途中だが気にすることなく靴を履き替えて玄関を後にした。どうせ、着いてくるんでしょ。そう思い後ろを見ると案の定、先輩は慌ててついてきていた。
「あ、んね、この前言ってた寄り道、今日はどうかな?」
「嫌です。」
「まだダメか~」
まだって…。どんだけ鋼のメンタルですか。
「私なんか誘わないで友達と行けばいいじゃないですか。その方が絶対確実ですよ。わたし、100%行かないので。」
「本当に100かなー?1%くらいは手応え感じてるから誘ってるんだけどな」
「なっ…バカじゃないの」
「あ、バカって言った!」
「いけませんか?後輩に付きまとう方がよっぽどいけないと思います」
「んーん?いけないなんて言ってないよ。嬉しいなぁって。」
「はぁ?」
「バカって、心開いてる人にしか言えなくない?私、そういうこと言える人いないもん…」
そういう先輩は今まで見たことのなかった寂しそうな表情をした。
「友達くらい…いるでしょ」
「いないよ?」
そんな冗談、笑えませんから。そう言おうとしたが、直前でやめた。あの噂はあながち間違いではなかったのだと今わかったから。
「…でも、別にいいの」
「…何が」
「別に仲良くない人と遊んで、無駄に時間もお金も使うより、話したい人と少しの時間でもいいから一緒に居られる方がよっぱど幸せ。」
初めてまともなことを言う先輩は、私の知らない先輩だった。
「その事に気づかせてくれたのは、瑠衣ちゃんだよ?」
「え?」
「…あ、もう駅着いちゃったね。瑠衣ちゃんと一緒だとあっという間だなぁ。じゃ、また明日ね!」
そう言って先輩は自分の乗る電車のホームへ向かって行った。今日は私が先輩の背中を見送っている。それがなぜだか不思議に感じた。
帰りの電車の中では、先輩との会話が頭から離れなかった。『話したい人と少ない時間でもいいから一緒に居られる方がよっぽど幸せ』そう言い放った先輩の顔が忘れられない。先輩はそう気づいたのは私のおかげだと言った。それがどういう意味なのかはよく分からない。それにあの言い方。
本当に先輩の周りには誰も…いないのだろうか。
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