第3話
雷に打たれたような恋。小説などでよく聞く一節だが、私はそんなの嘘だと思っていた。だが昨日、それは本当に私の身に起きた。
彼女と出会った翌日、私は心を躍らせて学校へ登校した。もちろん、こんな日は人生で初めて。運動会も、学芸会も、修学旅行の日だってこんな気持ちになったことはない。ましてや道端に咲く花、キラキラと私たちを照らす太陽、どこまでも続く青い空…それがこんなにも綺麗だとは知らなかった。
いつもは周囲なんか気にもしないでただ真っ直ぐに教室へ向かうだけだけれど、今日は違う。今日からは。朝の登校ラッシュで生徒が溢れ返る玄関で、あの子を探すのは容易じゃなかった。でもそれが楽しかったりもして、昨日までとは見える世界がまるで違った。
赤リボンで背は私よりも低い。華奢な体型だけど、きっと気は強い。
あの短時間で得られた情報はこれっぽっち。でもあの美しい顔はこの目に焼き付いている。
可愛い人はたくさんいるが、私をこんな気持ちにさせてくれる人はあの子しかいない。
だから見つけられた時、思わず笑顔がこぼれたのが自分でもよく分かった。
「おはよう!」
私は迷わずその子に話しかける。まずは名前を知りたい。私の存在も知ってほしい。
「あっ…」
その子は一瞬驚いたような顔をしたけど、すぐに表情を取り戻し、そして私を無視してまた歩き始めた。
「あ、ちょっと!」
「…。」
「ねぇってば!」
自分がこんなにしつこい人間だったなんて、この時初めて知った。
なかなか追いかけるのを辞めない私に対し、先に諦めたのは彼女だった。
「…なんですか?昨日の人ですよね?私に何か用でも?」
昨日よりも迫力満点の視線。でも、それさえも美しいと感じる私はおかしいのだろうか。
「私は白濱詠(しらはまうた)。あなたは?」
「どうしてそんなこと答えなくちゃいけないんですか」
「私が知りたいから」
「私はあなたの事、知りたくなんてありません」
そう言い捨てると彼女は教室へ入ってしまった。気付けば一年生の階まで追いかけていたことに驚く。他の一年生に不思議な視線を向けられたので今回はしぶしぶ諦めることにした。
昼食を食べ終えて向かったのは一学年のクラスが並ぶ三階。朝よりも賑やかで廊下は人で溢れ返っていた。壁に寄りかかって話す人たち、次の移動教室に向けて何人かで移動する女子もいれば、その道を遮ってふざけて遊ぶ男子もいて。皆とは少し離れた隅っこには男女二人きりで静かに過ごしている人たちもいた。こんな光景を見たのは初めてだった。いや、私の同級生が静かなわけではない。私が今まで興味を示さず、一切何も見てこなかった、ただそれだけ。
ここに来たのは他でもない。あの子に会うため。朝のように拒絶されることはわかっていた。それでも会って話したかった。
その思い一心でその子がいるであろう教室を覗いた。
丁度その視線の先に彼女がいた。友達と楽しそうに話す姿。あぁ、あの子はあんな風に笑うのか、そう思った。それから、いつかその笑顔を自分の物にしたいとも、思った。
その時、教室から別のクラスメイトが出てきて、二年生の私がこんなところにいることに対する不思議そうな目をしていた。
「あ、あのさ、あの子…呼んでもらっても、いいかな?」
その子を指さすと、奇遇にも目が合った。その瞬間、その子の表情は笑顔から一変して、ものすごい視線を向けられる。
「あの…誰、呼べばいいんですか?」
「あ、いや、今気づいたみたいだから大丈夫、ありがとう!」
そう言うとその子を呼ぼうとしてくれた人はどこかへ去って行った。
私の目当てであるその子はいまだに私を睨んでいて、今すぐ帰れ、と痛いほどに伝わってきたが構わず手招きした。しばらくは身動きもとらなかったが、次第に別の子が私の存在に気付き、その子に言ってくれて嫌々教室から出てきてくれることに。
「朝も挨拶した…」
「白濱先輩、ですよね?」
食い気味に言われた。
「本当に、なんなんですか?教室まで来て。」
「名前、覚えてくれてたんだね。」
「そんなんじゃありません。それよりも、どうしてこんなに私はあなたに追いかけまわされたりしなきゃいけないんですか」
「嬉しいなぁ一度言っただけなのに私の名前を憶えてくれて。あなたの名前は?」
「私の質問に答えてください」
「んー。あなたに興味があるから。あなたのことが知りたいから。それじゃだめ?」も
「…」
「ほら、あなたの名前教えてよ」
「…真田です。」
「さなだ、何ちゃん?」
「瑠衣。」
「さなだ、るいちゃん、か…」
嫌々教えてくれたようだったけど、私はこれで満足。
「瑠衣ちゃん、これからよろしくね?」
そう言うと私は教室へ戻ろうとした。本当はもっと話したいけど、残念、もうすぐ昼が終わってしまうから。それにこれ以上長居するとまた怒られそうだったし。
「ち、ちょっと!」
「ん?」
背後から呼び止められて振り返る。
「それだけのためにここまでしたんですか?」
「まぁ、うん」
「はぁ?」
呆れたような表情をしたので私は言った。
「今日は、だけどね?また明日ね、瑠衣ちゃん」
そう言い捨ててまた歩みを進めた。瑠衣ちゃんは今頃どんな顔をしているだろう。やっぱり、怒っているかな?想像しただけで私の頬が緩む。名前を知れた、直接話せた。それだけでこんなに嬉しいなんて。
この日から、私にとっての学校はただの勉強をするだけの場所ではなくなった。
翌日は、朝に瑠衣ちゃんを見つけられず、なんだかんだ一日中忙しくて会いに行けたのは下校時だった。
「ねぇ、今日は居残らないで帰るの?」
「…」
「あれ、一人?」
「…」
「ちょっとぉ、無視しないでよ」
「はぁ…。」
大きなため息をついた後、彼女は歩く足を止め、こちらを振り向いた。
「あの日、放課後に残ってたのは部活動の見学でたまたまです。友達は皆その部活に入部しました。…これでいいですか」
「なるほど…」
私の返事を聞くとまた速いスピードで歩き始めたので私は同じように追いかける。
「瑠衣ちゃんは部活に入らないの?」
「私は勉強があるから」
「へぇ意外!まさか、優等生?」
「白濱先輩には負けますけどね」
「なに?私の事少しは知っててくれてるんだ?」
「否定しないんですね。白濱先輩が校内では頭一つ抜けてる学力だということは新入生でさえもみんな知ってますよ」
「そうなんだ…」
言葉は相変わらず刺々しいが、それでも会話が続くことが嬉しかった。もっといろんなことが知りたいと思ったし、私のことも知ってほしいと思った。
「ねぇ、これからどこか寄り道しない?ほら、あそこの喫茶店とか」
思い切って誘ってみる。
「お断りします。」
ここまでスパッと断られると逆に清々しい。OKがもらえるまで何度でもチャレンジしたくなった。
「そっか、じゃあ一緒に帰るのは?」
「嫌です。」
「駅まで!」
「嫌です。」
「あ、電車通なんだ!私もだよ」
「っ…卑怯ですよ」
「フフフ」
確かに卑怯な手だけど、どこかで彼女のお許しをもらえた気がしたので構わず一緒に歩き続けた。駅までの道のりは、一人の時とはまるで違ってあっという間だった。思い返せば、誰かと一緒に帰るなんてもう何年もしていなかったことにいまさらながら気が付く。
「もう駅に着いちゃったね。一緒に歩いてくれてありがとう」
「先輩が勝手についてきただけじゃないですか」
「ホームはどっち?私はこっち」
自分がいつも利用する方を指さすと、彼女はフッと少し口角を上げた。
「残念ですね。私は逆です。それじゃあ、さようなら」
さっさと歩いていく背中に向かって私は人目も憚らず叫んだ。
「また明日ね!気をつけて帰るんだよ、瑠衣ちゃん!」
一瞬だけこちらを見た時に見えた彼女は、心なしか少しだけ微笑んで見えて、それだけで今日の自分が救われたような気がしたから不思議だった。
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