第2話
幼い頃からの夢を抱き、死に物狂いで勉強して、晴れてこの高校に入学することが出来た。親にも、友達にも、私には無理だと反対されたがそう簡単に諦められるような夢じゃない。その夢への第一歩として進学校と呼ばれる高校に合格。幼い頃からの友達や、付き合って一年以上が経つ彼氏と別々の高校に通うことは正直寂しい。けれど私は期待で胸がいっぱいだった。
友達に困ったことはこれまでに一度もないからその心配はしていない。彼氏とも今のところは順調。勉強も結局は私の頑張り次第だし。私は他の誰よりも輝き、充実した日々を送っているつもりだった。
ある日、友達になったばかりの子達数人と部活動の見学で放課後の校内に残っていた。部活に入る気はないけど、興味がないわけではないし、それに付き合いとして参加したのが本音。こういうのはあまり本意ではないが、最初だから仕方がない。
入学してまだそれほど日数の立っていないこの学校の校舎は、中学とは比べ物にならないくらい広くて、新入生である私にとっては未知だった。学年ごとに階も違うから他学年との接点もほぼない。
だから、たまたま一人でトイレへ行ったときに出逢ったその人は明らかに初めて会う人だった。
用を済ませて、手を洗い、鏡で軽く身だしなみを確認しているときにその人と目が合った。ただでさえ放課後で人が少ないから驚いたけど、もっと驚いたことはその人が突然話しかけてきたこと。
リボンの色が違うところを見れば、先輩であることは間違いない。赤が一年生で、確か緑は二年生だったはず。
しかしこの人、自分から話しかけておいてその後の言葉は一切なし。
え?何この沈黙。もしかして、後輩が先輩に挨拶しなくてはいけないルールとかあったっけ?高校なら聞かない話ではない。いや、でもそんな雰囲気でもないんだよな…
よく見るとその人は目を疑うほどの美人だった。それなのによく見ないとそれに気が付けないのは、その人があまりにも自信なさげにそこに存在するからだろう。背が高くて、黒髪のロングヘアが似合っていて、モデルのようなスタイル。目尻は下がり、並行眉が妙にその人の雰囲気を柔らかくしていた。でもきっと、あまりモテないのだろうな、と思ってしまうほど独特なオーラが漂う。
こんなどうでもいいことを考えてもなお、一向に会話が進まないから私はイライラしてきてしまって、つい言ってしまった。
「なんですか?」
私の性格上、言葉を丸くするなどといったことはしない。先輩だろうが誰だろうがそれは関係のないこと。それに今は完全に相手が悪い。自分から話しかけておいて会話を進めないのだから。イライラを思いっきり表面に出してその人の言葉を待っていると、その人は突然こう言った。
「…すき、です」
え?なに?私の聞き間違い?
あまりにも不自然なその言葉は、私の耳には届かなかった。
そうだ、聞き間違いに決まっている。初対面でいきなり、好きだなんて言うわけがない。
だから、聞き取れませんでした、の意味を込めて
「…は?」
そう言うと、今度はさっきとは違って自信たっぷりに
「だから、好きです」
そう言ってきた。さすがに二度目は私の耳に届いてきた。だが、耳には届くが心には届かない。何言ってるの、この人。
その言葉の意味を理解するのに数秒かかったが、この人がやばい人だということは一瞬で理解した。きっと、関わったらいけない人。私は何も言わず、その場から立ち去った。
一瞬だけ背後に足音を感じたが、すぐに消えたから大丈夫だろう。
今のは何だったのか。現実で起きたこととは到底思えないほんの数分の出来事だった。
教室へ戻ると、友達たちが待っていた。
「そろそろ帰ろっか」
「あ、うん、お待たせ」
私らしくもなく、動揺していた。でも、そんな事を敏感に感じ取れるほど、私たちの関係はそこまでじゃなかったから逆に助かった。こんなこと、誰にも言えない。さっきのことはなかったことにしよう。先輩だし、普段はこの階にいるはずがないからよっぽどのことがない限り再会することはないだろう。
それにしても、「好き」って…。冗談やめてよ。私、彼氏いるし。その前に女だし。
この日のことは忘れもしない。まさかこんな出逢いが私の運命を大きく変えようとは、この時は思いもしなかった。
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