異端児〜例えこの世界から排除されても〜

@omusawa

第1話 

  どんなに太陽が私を照らしても

  どんなに青い空がきれいでも

  どんなに星が輝いていても


  私は所詮、暗闇の中を生きていた


  そんな永遠と続くトンネルで

  光としてあなたは現れた

 

  あなたは私のすべてだった

  

  例えこの人間の世界から排除されたって

  あなたさえいれば他に何もいらない

  例え明日この命が消えようとも

  あなたを愛せたまま死ねるのなら後悔などない

  例え終わりのない暗い道でも

  あなたと歩く道こそが光だから


素直にそう言えたらこんなにもあなたを傷つけることはなかったのだろうか…





「大きくなったら、お父さんのようなお医者さんになるのよ」

そう言い聞かせられて私は育った。

医者である父のもとに生まれた以上は、一人娘である私は父の跡を継ぐことが使命だと思っていた。むしろそのためだけにこの世に生まれてきたとさえ感じていた。そうすることが一番、両親が喜ぶから。

だから、なんでもお母さんの言うとおりにした。毎日勉強をしたし、友達と遊ぶのを我慢して塾にも通った。お休みの時は皆は家族でどこかへお出かけをするのに、お父さんはいつも仕事。お盆やクリスマス、私の誕生日でさえも夜遅くに帰ってくる父は、「命を救っている」そう言うと私が何も言えないことを母は知っていた。

中学校も『お受験』というものをさせられて、友達も誰もいない学校に通った。

次第に親の押し付けとも呼べるそれは、私の中では当たり前になっていて、いつしか自分の意思はどこかへ消えていなくなっていた。

毎日毎日、ただ勉強だけをする生活。友達と遊ぶわけでもなく、習い事をするわけでもなく、ましてや誰かを好きになる気持ちなんか知らずに、ただただ時間だけが過ぎていった。高校もそれなりに有名な進学校へ入学し、一年が過ぎだ。両親が喜んでくれたからそれでいい。

こうして私は一六年間、恋の一つもせず、ただ生きていた。


高校二年の春。また新しい一年の始まり。

といっても、何も変わることはない。クラス替えだとか、担任の先生が誰だとか、そんなことで盛り上がる同級生たちを横目に私は新しい教室へ向かった。

担任は誰だっていい。

クラスメイトも誰だっていい。

勉強は孤独だから。誰の力もいらない…。


運命というものは不思議だ。

それを痛感したのは二年生になってすぐの事だった。

図書室での調べ物を済ませた時に、たまたま通りかかった担任の先生に呼び止められて荷物運びを手伝わされたある日の放課後。影の薄い私が担任に話しかけられる事もたまたまだったし、その後トイレがしたくなった時に丁度目の前にあった普段使わないトイレに入ったのもたまたま。そして、そこでその人と出会したのも、全てがたまたまだった。

その、『たまたま』というものが言い方を変えれば『運命』とも呼べることを私は、なんて素敵なんだと心で叫んだ。

「あ、あの…!」

自分が知ってる自分じゃなかった。突然話しかけられて驚く相手に負けないくらい、私も内心驚いていた。

でも、身体が勝手に動いていた。言葉が勝手に飛び出していた。

それくらい、彼女は美しかった。

「は、はい…?」

リボンの色からして、新一年生だということはすぐにわかった。きっと相手も同じように、私が一つ上の先輩であると気付いただろう。

目が合う。

あ、これからどうしよう…

何も考えずただ反射的に話しかけてしまったが故に、次の言葉が見つからない。

あまりにも沈黙が長かったせいか、名前も知らないその子は痺れを切らせて、

「なんですか?」

少しイライラしたようにそう言った。茶髪でウェーブのかかった髪、シャープな輪郭で綺麗な鼻筋にぱっちりとした目は目尻が少し上がっていて、凛々しい瞳は率直に綺麗だと思った。その容姿とは反対に上級生とわかった上でのその態度。初対面だろうが関係なく強気な姿勢を見せられて、私は一層その子に惚れた。

「…あの…すき、です」

たくさん考えたはずだった。初対面だからまずは、初めまして?私の名前を述べるべきかな、相手の名前も知りたいし。クラスはどこ?こんな時間に残って何していたの?

相応しい言葉はたくさんあったのに。一番相応しくない言葉が出てきてしまった。

正直、自分でもよくわかっていない。

ただ一つ確かなことは、その言葉に嘘も偽りもないということだけ。

「…は?」

しばらくの間をおいて、あまりにも意味不明な告白にその子は耳を疑ったのか、もう一度聞いてきた。

「だから…」

二度目はしっかりと自分の意思で言う。初めて。誰の押し付けでもない。私が言いたいからそう言うの。

「好きです。」

思うがまま言葉にした。彼女は先ほどの言葉が聞き間違いではなかったことを理解したのか、あるいはその言葉の意味そのものを理解したのか、どちらにしろ、私が近づいてはいけない危険人物だと認識だけして、何も言わずに去っていった。

その背中を私は少しだけ追いかけた。追いつくまで追いかける勇気はまだ持ち合わせていなかった。その変わりといっては何だが、その子のクラスだけは突き止めることに成功。

「明日は、名前を聞こう」

出逢って数分、たった今フラれたばかりなのに私は信じられないほどに笑顔だった。どこかで今日のこの日が来るのを待っていた気がする。やっと、私の、私だけの人生が始まったのだ。たった今。

それくらい、私の目に映る彼女は光り輝いていた。

私はその日初めて、勉強をしないで一日を終えた。ただベッドの上であの子のことを考える。それだけで幸せになるこの不思議な感情の正体を早くつきとめたい。

フラれて始まる人生。その行方が楽しみで仕方がなかった。

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