【プロローグ】 私、リフレ嬢 その4

「あ、ユズちゃん。お疲れ様です。」


「お疲れ様です。」


 先にビラに立っていた同じお店の女の子と並んで通りに立った浩子は、街行く人々に視線を送る。暗黙の了解で店ごとに立つ場所が決まっているのだ。あまりしつこく通行人を追いかけたりすると警察に注意されるので、興味を持った男性が近づいてきてくれるのを待つ。リフレだけでなくメイドカフェやガールズバーの女の子たちがそれぞれのお店の制服に身を包んで通りに並ぶ様は、さすが秋葉原と思わされる。


 浩子が働いているお店は「霞坂46」という。何を連想させたいかは言うまでもないだろう。制服も某アイドルグループを彷彿とさせる清楚な感じのものになっている。他のお店よりも制服が可愛かったのも浩子がこのお店で働こうと思った理由である。


 名前はもうちょっとどうした方がいいと思うけどね。アイドル並みに可愛い子がいると思って来るお客さんがいたら悪いし。そんなことを思いながら立っていた浩子の前で一人の男が足を止めた。


「おお、姉ちゃん。頑張ってるな。」


 親しげに声をかけてきたのは知らないおじさん。一回でも接客したことがあれば見覚えぐらいはある。まったく覚えがないということは客として来てくれたことはないはずだ。


「ありがとうございます。」


 内心でそんなことを考えながらもにっこり笑って返事をした浩子におじさんは親しげに続ける。


「前から頑張ってると思って見てたんだよ。たまに前通るの気付いてなかった?可愛い子が頑張ってるから応援したいと思ってさ。」


「嬉しい!ありがとうございます!時間があるときでいいからお店にも遊びに来てくださいね。可愛い子いっぱいいるから私がいないときに来てくれても全然いいよ。」


 おそらくこの男は店には来ない。ビラに立っている女の子と立ち話をすればタダで話せると思うせこいタイプの男がよくいるのだ。だからといってあまり無愛想な態度も取れないので、当たり障りのない返事をして早めに会話を終わらせる方向に誘導する。


「そんなこと言われたら他の子にも会いに行ってみたくなっちゃうけど、俺は本当に君が可愛いと思ってるんだよ。」


「ほんとですかぁ?信じちゃいますよ?」


 疑わしそうな表情を作ってみせる浩子に慌てたようにおじさんは続ける。


「本当だって。今日は無理だけど本当に近いうちお店に行くから。俺タカダって言うんだよ!覚えておいて!」


「タカダさん!じゃあ信じて待ってますから!いつか会いに来てくださいね!」


 表情を変えて満面の笑みを浮かべながら浩子はタカダを見送った。名前はどうせ偽名だろうし、あんな風に言っていても実際にお店に来てくれることの方が少ないが、それでもできる限りの営業努力はしておく。たくさんの女の子が立っている中で誰かと親しげに話しているだけでも一瞬は通行人の目を引けるし、別の誰かが自分に興味を持ってくれるかもしれない。

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リフレで働く普通の女子大生。そんなの普通じゃない?普通の女の子を馬鹿にしないでよね 沙瞠 @suna_miharu

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