【プロローグ】 私、リフレ嬢 その3
「てんちょー、いまの客NGにして!」
ビラを手に取って待機スペースから出ようとした浩子の耳に受付の方から騒々しい声が飛び込んできた。ヒメという名前の女の子だ。もちろん偽名、というか源氏名というべきか。他の女の子の本名など一人も知らない。同じお店で働く女の子同士でもあまり関わり合いにならないのが暗黙の了解になっている。
ヒメは指名ランキングで常に上位にいる人気嬢だが、指名とお金を裏オプで稼いでいるという噂が絶えない。
「マジで最悪なんだけど。乳首噛まれた!」
噛まれるためにはブラジャーは脱いでおく必要があるわけで。裏オプで稼いでいるというのは根も葉もない噂ではないらしい。
「しばらく休むからフリーのお客さん付けないで!」
受付の宮田に叫びながらヒメが待機スペースに入ってくる。
長い髪を金色に染め、濃い目の化粧に派手なネイルを付けていかにもギャルという感じの見た目。だが、鼻筋が通り、目もパッチリした正統派の美人である。胸元では制服を押し上げる2つの膨らみが存在を主張し、ミニスカートからはスラリとした長い脚が伸びている。幼い雰囲気を残した清楚な女の子が好まれるリフレ店では珍しく、華やかでセクシーな美女という印象だ。
「あ、ユズちゃん。うるさくてごめんね。」
浩子に気づいて素直に謝る。騒々しいが悪い人間ではないらしい。
「舐めていいよとは言ったけどさ。いきなり噛みやがって。ありえないよね。」
「痛そう。病院とか行かなくていいの?」
少し気圧され気味になりながらも気遣った浩子の言葉を聞くと、ヒメはいきなり浩子に抱きついて叫んだ。
「ちょー優しい!ユズちゃん大好き!!ちょっと休めば治るから大丈夫だよ。」
乳首ってそういうものだったかしら。柔らかい胸の膨らみと香水の匂いに顔を包まれながら浩子は人体の不思議に思いを馳せる。
「あ、ビラ行こうとしてたの?」
体を離し、浩子が手に持ったビラの束に気付いてヒメが言う。
ビラとはお店のチラシのこと。接客していないときは表通りにビラを持って立って客引きをするのだ。それをビラに行くと言う。たまに指名する女の子が決まっていない客が来ることもあるが、基本的にはビラに行って自力で客を捕まえないといけない。
「邪魔してごめんね。行ってらっしゃい。」
ヒメはビラに行く気はないらしい。一日に2回乳首を噛まれるリスクを犯してまで稼ぎたくはないのだろう。4畳ほどの広さの待機スペースの床に座ってスマホをいじり始めたヒメを尻目に浩子は待機スペースを後にした。
「ビラ行ってきます」
「はいよ、行ってらっしゃい」
だるそうな宮田の声に送られて浩子は店のドアを開けた。
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