【プロローグ】 私、リフレ嬢 その2

「店長、お客様帰りました。」


 客を見送り、ドアを閉めながら浩子は店長の宮田に声をかけた。


「はい、お疲れ様。このあと予約ないから行けたらビラ行って。」


結局、さっきの男はずっと顔を踏まれて満足して帰っていった。鼻をクンクン鳴らして靴下の匂いを嗅ぎ、目ではスカートの中を凝視しながらうっとりとした表情で寝転がっていた。浩子は仰向けに寝転がった男を見下ろしながら顔に足を乗せていただけ。いくら取ればいいか分からなかったので、オプションし放題と同じ30分5000円だけもらうことに。


「本当に5000円でいいの?そしたらユズちゃん指名で通っちゃおうかな。」


 男の想定より安かったらしい。他の女の子だったらいくら取るのだろうか。


「どうした?」


 無言で立っている浩子に宮田が怪訝そうな視線を送る。普段ならそのまま待機スペースに戻るのだ。


「今の客、NGにする?」


 宮田が尋ねてくる。嫌な客は指名を拒否することもできる。


「いえ、大丈夫です。」


NGにするほど嫌ではない。むしろ、顔を踏んでいるだけで5000円もらえるなら楽な部類だ。 気を使って会話をする必要もないし、裏オプを望む客と熾烈な攻防戦を繰り広げる必要もない。


「これ、オプション代。30分5000円。」


 そう言いながら千円札5枚を宮田に手渡す。オプション代は丸ごと女の子の取り分だが、一度店長に渡し、一日の終わりに時給や指名料と一緒に給料として受け取る仕組みなのだ。


「はいよ。し放題?」


 手元に金額をメモしながら宮田がきく。裏オプして高額なオプション料を受け取っているような女の子は正直に申告しない。オプションの内容も金額も女の子の自己申告を信じるしかないのだが、一応確認はしておきたいそうだ。何かあったら逮捕されるの俺だからさ…ま、それも給料のうちなんだけどね。入店初日、確認する意味があるのか尋ねた浩子に、達観したような目で宮田は答えた。


「ずっと顔踏んでた。」


 思い切って浩子は宮田に打ち明けた。普段は自分の接客内容を宮田に話すことなどないが、オプション料としていくらぐらい受け取るべきか教えてくれるかもしれない。


「あ、そう。お疲れ。」


 あっさり答える宮田。拍子抜けして浩子は言葉を重ねる。


「私は初めてだったんだけど、そういう人って結構多いの?」


「まあ、驚きはしないかな。」


 珍しいことではないらしい。大丈夫か、この国。


「そうなんだ。30分5000円なら安いからまた指名したいって言われたんだ。どれぐらいがオプション代の相場?」


「踏むの5000円、靴下の匂い嗅ぐの5000円、パンチラ代5000円で15000円って言ってやればよかったのに。客はそれでも喜んで払うと思うよ。」


「そっか、次からそうしようかな。」

 

 私は次も5000円って言うだろうな。そう思いながら浩子は返事をする。おじさんの顔を踏んで30分で15000円稼げたら真っ当な社会人になれなさそうだ。5000円なら許容範囲内と思っている時点でもうおかしくなっているのかもしれないけれど。


「店長ありがとう。それじゃあビラ行ってきます。」


 若いうちに稼いでおくのも手かもしれないけどね。そんなことを考えながら浩子はビラを取りに待機スペースに向かった。

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