リフレで働く普通の女子大生。そんなの普通じゃない?普通の女の子を馬鹿にしないでよね

沙瞠

【プロローグ】私、リフレ嬢 第1話

「失礼します 」

 

 そう言いながらそっとカーテンを開ける。一畳ほどの狭い個室の中に、眼鏡をかけた神経質そうな男が座っている。


 40代かな?こういう真面目そうな人が意外と危険なんだよな。内心そんなことを考えながら、品定めするような視線を向けてくる男に向かって微笑んで浩子は言った。


「ユズです。よろしくお願いします。」


 秋葉原の小さな雑居ビルの中。安普請の壁で仕切られ床にマットレスが置かれただけのドアすら付いていない1畳ほどの狭い個室がネットカフェのようにフロアを埋め尽くしている。そんな個室の1つで浩子は男と向き合ってマットレスの上に座って口を開いた。


「このままお喋りするだけだったらさっき受付で払ってもらった30分4000円だけで済むよ。でも、それ以外にオプションも色々あるから、興味があるものがあったら教えてください。」


 そう言いながらオプションが書かれた紙を客に手渡す。そこには「膝枕」「ハグ」「ビンタ」など様々なオプションが書かれている。


「たとえば膝枕だったら30秒で1000円。だけど、それじゃお金いっぱいかかっちゃうでしょ?だから、ここに書かれているオプション全部やり放題で30分5000円っていうのもやってるの。でもオプションはやりたかったらでいいからね。私、お喋りするのも好きだから。」

 

 本当はオプションを入れてくれないと困る。ただお喋りするだけでは女の子は30分あたり500円しかもらえないからだ。そのかわり客が払ったオプション代は丸ごと女の子に渡される。客にオプションを入れさせるとそれが自分の稼ぎになる仕組み。


 ただし、物欲しげなそぶりを見せると客は逃げてしまう。積極的にオプションを要求する女の子は、お金をくれくれうるさいという意味で「クレクレ」と言われ敬遠されるのだ。客はインターネットの掲示板などで情報交換をしているので、「クレクレ」のレッテルを貼られると一気に人気がなくなってしまう。あくまでも謙虚に。純朴な少女を演じることが結果として稼ぎにつながる。


 オプションやり放題で30分5000円というのも、お得感を出してオプション代を払ってもらうために生まれたパッケージである。30秒1000円で膝枕していたら5分で1万円もかかってしまうが、5000円払えば30分ずっと膝枕されて過ごすことも可能になる。30分あたり5000円もらえるなら女の子の稼ぎとしても悪くはない。需要と供給の絶妙なバランスの上に誕生した相場なのだ。


 浩子が働いているのは秋葉原にある「リフレ」と言われる店の一つ。メイドやアイドルのような衣装を着た女の子と個室で会話をしたり簡単なマッサージを受けて楽しむお店である。オプションとしてお金を払えば女の子に膝枕をしてもらったり、一緒に写真を撮ったりもできる。以前は「JKリフレ」と言って制服を着た女子高生を相手に同じような遊び方ができて大人気だったそうだが、法律が厳しくなって高校生は働けなくなり、18歳以上が女子高生の格好をして接客することもできなくなってしまった。


 大学2年の浩子はもうすぐ20歳になるが、お店では18歳ということになっている。客は基本的に若い女の子を求めて来店するらしく、高校を卒業したばかりの18歳ということにしたのだ。


 嘘をつくのは気が引けると言って躊躇していた浩子に店長の宮田は言った。


「本名なんか客に教えないし、大学の話とかだって適当に嘘つくでしょ?年だけ嘘ついちゃダメってことはないよ。君が18歳に見えなきゃ客が付かなくて辞めることになるだけだし。それに客だって『かわいいね』って思ってなくてもとりあえず言うんだから大丈夫だって。」


 何がどう大丈夫かさっぱり分からなかったが、宮田の勢いに押され18歳ということになってしまったのだ。


「このオプション表に書いてないことはやってないの?」


 渡されたオプション表には目もくれず、客の男は尋ねてきた。


「うーん、そういうのは店長から怒られちゃうから…」 


「バレないから大丈夫だよ。ユズちゃん可愛いからお小遣いあげたいんだけどなあ…」


「でも…お店のルール守らないと怒られちゃうから…」


 さっそく裏オプ客かよ。小首をかしげてぶりっ子して見せながら、浩子は内心で毒づく。


 オプション表に書かれていない性的なサービスを裏オプション、略して裏オプといい、裏オプを要求してくる客のことを裏オプ客という。リフレは風俗店としての営業許可は取っていないため性的なサービスを提供することはできない…ということになっているが、個室に入ってしまえば中で何をしているかは分からない。実際は裏オプで荒稼ぎしている女の子もいるし、それを目当てに店にやってくる客も少なくないのだ。


 男は普通のサラリーマンという感じのスーツ姿だ。一見真面目そうに見えるが、人は見た目では分からないものらしい。


「ユズちゃんが嫌なことはしなくていいよ!」


 少し身を乗り出すようにして男が言った。


「エッチさせてくれとか、抜いてくれとか言うつもりはないんだ。」


 男が言葉を重ねる。


 じゃあ何よ。逆に怖いよ、こういうこと言う人。内心で警戒度をさらに高めながら浩子は答える。


「じゃあどんなことがしたいの?お兄さん優しそうだし、私にできることなら… 」


 あまり突き放し過ぎてもいけない。うまく転がして自分ができる範囲のサービスでオプション代を取らないと稼ぎにならないのだから。


「できないことはできないけどね。でも一緒に楽しい時間を過ごしたいから…」


 そう言いながら浩子はそれまでの正座を崩し、体育座りに姿勢を変える。スカートの中が男から少し見えるよう計算しながら。見せ過ぎてもいけないのだ。恥じらいもなく丸見えにしていると興醒めしてしまう客もいる。


「も、もちろん。変なことはしなくていいよ。」


 男の視線はスカートの奥に釘付けだ。鼻の穴を膨らませながら、男はついに本題に入った。


「そんな難しいことじゃないんだ。ただ、僕の顔を踏んでいて欲しいんだ。」

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