エスカレートしていく彼女の要求に四苦八苦

 月曜の朝はいつも憂うつなのだが今日はいつも以上に気が重かった。

 駅から高校へ向かうボクの横を高飛車さんがふんぞり返って歩いている。


「本当に名案なんだろうね」

「大丈夫だって。あたしを信じなさい」


 昨日は散々な一日だった。高飛車さんを成仏させるには熊五郎にラブレターを渡せばいい。しかし数日間徹夜して書いた彼女のラブレターは棺に入れられ燃やされてしまっていた。


「新しいラブレターを用意する必要があるわね。鳥羽塵君、あたしの代わりにあなたが書きなさい」


 という命令に従ってファンシーションプでかわいいレターセットを購入。高飛車さんの言葉をせっせと書きつづるも片っ端からボツをくらった。


「字が下手すぎる……ああ、また間違えた……あ、今のなし、こっちの文句にする……ちょっと、どうしてそんな字しか書けないの……何その字、ミミズ? これ女子高生のラブレターなのよ。それらしい字で書いてよ」


 自慢じゃないが字は下手だ。それに女子高生っぽい字なんて書けるはずがない。


「ボクには無理だよ。ネットの字体変換サービスを使って、それをプリントアウトすればどうかな」

「あなたバカなの。ラブレターは手書きに決まっているでしょ」

「じゃあこの文章をボクの母さんに清書してもらうってのはどう?」

「あなたの母親って四十代でしょ。冗談じゃないわ。清書してもらうならあたしと同じ女子高生にして」


 残念ながら親類に女子高生はいない。となれば同じクラスの女子に頼むしかないが、

 ――熊五郎様、あなたのムキムキの上腕二頭筋に毎日惚れ惚れしています。その腕で締め技をかけられたら気を失ってしまいそうです、別の意味で。

 などという文章を見せられるはずがない。間違いなくその日から変態扱いされるだろう。


「それだけは勘弁してくれ」

「あーもう役立たずね。いいわ、別の手を考える」


 そう言うと高飛車さんは消えてしまった。猫みたいに気紛れなところも彼女の魅力のひとつである。


 そして一夜明けた今日、月曜日。高飛車さんがどんな別の手を考えたのか教えてもらえないまま校門に到着してしまった。


「おっ、バスが来たぞ」


 熊五郎はバス通学だ。バスの時刻に合わせて校門の前で待っていれば登校時と下校時は確実に会える。今日もいつもと同じようにこちらに向かって歩いて来る。


「よし、やるわよ」


 高飛車さんの声が聞こえたと思ったらいきなり体が金縛り状態になった。手も足も動かない。声も出ない。心臓と呼吸筋だけはなんとか動いているようだ。


(やったあ、大成功!)


 高飛車さんの声だ。いや声ではない。直接脳内に言葉が伝わって来る。ボクも脳内で言葉を叫ぶ。


(高飛車さん、これどういうこと。何が起こっているの)

(あなたの体を乗っ取ったのよ。今、この体を制御しているのはあたし。それそれ、ポカポカ)


 左手が勝手に動いて頭を叩いている。ボクの体は完全に支配されてしまったようだ。


(どうしてこんなことをするんだよ。ひどいじゃないか)

(なに言ってんのよ。あなたがきちんとラブレターを書かないからでしょ。手紙がダメなら直接言葉で告白するしかないじゃない)

(いや、ボクの体を乗っ取れるのなら、この状態で高飛車さんがラブレターを書けばよかったんじゃないか)

(あ、そうか)


 しばしの沈黙。抜け目ないようで抜けているのがいかにも高飛車さんだ。まあそれも魅力のひとつなのだが。


(どうしてもっと早く言ってくれなかったのよ。もう遅いわよ。とにかく今から告白するからね)


 高飛車さんが歩き出した。その歩き方もどことなく女っぽい。ボクはただ見守るしかなかった。


「熊五郎君、おはよう」

「あ、ああ、おはよう。何だか今日はいつもと違うな」


 それはそうだろう。喋っているのは女子高生の高飛車さんなのだから。


「実はね、大事なお話があるの」

「大事な話? 何だ」


 おい、ちょっと待ってくれ。まさか今ここで告白するのか。登校中の高校生がわんさかいる校門前で? え、嘘だろ。


「ずっと好きでした! お付き合いしてください!」

「なっ!」


 さすがの熊五郎も絶句している。ボクも頭を抱えたくなった。告白したのは高飛車さんだが、傍から見ればボクが告白しているようにしか見えない。


「そ、そうか。嬉しいよ」

「えっ、じゃあお付き合いしてくれるんですか」

「ああ。実はオレも前からおまえが好きだったんだ。鳥羽塵、まさかおまえがオレと同じ性癖の持ち主だったとはな。少し驚いた」

「ええーっ!」

(ええーっ!)


 高飛車さんとボクは同時に驚愕の叫び声を上げた。もっともボクの場合は脳内での言葉だったが。


「ちょっと待って。告白したのは鳥羽塵君じゃなくてあたし、高飛車なの。女子高生なの。勘違いしないで」

「ん、照れ隠しか。別に恥ずかしがる必要はないぞ。今は多様性の時代だからな。男が男を好きになっても少しも変じゃない」

「そうですよ鳥羽塵君。私も応援しますよ」


 横から口を挟んできたのは口の軽さで評判の学級委員だ。まずいヤツに見られてしまった。この出来事はあっという間にクラス中に知れ渡るだろう。


「だから違うの。あたし成仏できてないの。高飛車なの」

「わかった、わかった。話は昼休みにでも聞くよ。それよりも早く教室に入ろう。遅刻してしまう」


 熊五郎が歩き出すとふっと体が軽くなり手も足も自由に動かせるようになった。目の前に高飛車さんが立っている。やっと体から抜けてくれたようだ。


「……」


 先ほどの勢いはどこへ行ったのだろう。完全に茫然自失の状態だ。


「あの、高飛車さん、大丈夫?」

「大丈夫なわけないでしょう。なによ、この泥棒猫。あたしの熊五郎君を返して」

「いや、ボクは熊五郎なんか何とも思ってないから。それよりも告白したのにどうしてまだここにいるんだよ。成仏できてないじゃないか」

「あれ、ホントね。おかしいな」


 二人で首を傾げていると予鈴のチャイムが鳴った。慌てて校門をくぐって校舎へ駆け出した。



「今度こそうまくいけばいいんだけど」


 校門前での告白成仏作戦が失敗してから六日後の日曜日、ボクは遊園地の前に立っていた。高飛車さんの要望に応えてのことだ。


「あたしに足りないのはアオハルだと思う、って言うかそれしか考えられない」


 一度失敗したくらいでは簡単に諦めないのが高飛車の長所のひとつだ。直ちに次の作戦を提案してきた。


「あなたのラブレターを別にすれば生まれてから今日までアオハルと呼べる経験は皆無だった。きっと告白程度のアオハルでは足りないのよ。もっとアオハルを極めなくては成仏できないんだわ」

「具体的にはどうするんだい」

「告白の次にやることと言えばデートに決まっているでしょ。今週末から夏休みだしちょうどいいわ。次の日曜日、熊五郎君とデートする。そうすれば成仏できるはず」


 ということで本日ボクは遊園地の入場ゲート前に立つことになったのだ。


「やっと今日で解放されるのか」


 この数日間は地獄だった。クラスのみんなにはからかわれ、熊五郎からは常時怪しい目付きで見つめられ、噂を耳にした母親からは「恋愛は自由だけど孫の顔も見たいし、そのためには男子ではなく女子を選ばないとね」などと言われ続けた。


「あたしは英気を養うために休息するからよろしく」


 唯一の救いは高飛車さんが姿を消していてくれたことだ。人の体を乗っ取るには相当な力を使うらしい。一日乗っ取り続けるだけの力を溜めるためにずっと消滅していてくれたのだ。


「おーい、鳥羽塵、待たせたなあ」


 熊五郎が手を振ってこちらに歩いてくる。すでに姿を現してベンチに寝そべっていた高飛車さんが立ち上がった。


「来た。じゃあ乗っ取るわよ」

「ああ。お手柔らかに頼むよ」


 高飛車さんの姿がボクに重なって溶け込む。完全に奪われる体の自由。できるのは脳内でつぶやくことだけ。

 ボクの体を乗っ取った高飛車さんは女の子走りで熊五郎に駆け寄ると両手を握った。


「熊五郎君、今日は楽しみましょうね、うふ」

「おいおい、デートだからって女の振りをする必要はないぞ。いつも通りで構わないから」

「だからあ、今のあたしは鳥羽塵君じゃなくて高飛車なの。熊五郎君もそのつもりで接してね」

「わかったよ、鳥羽塵」

「違う、高飛車だってば。今日一日はそう呼んで」

「やれやれ。じゃあ高飛車さん、まずはどこへ行く」

「お化け屋敷!」


 こうしてボクと熊五郎と高飛車さんのデートが始まった。全然楽しくなかった。熊五郎とイチャイチャする自分が気持ち悪かったのはもちろんだが、初恋の女子が別の男子と仲良くする光景を間近で見続けなくてはならないのだ。燃え盛る嫉妬の炎で胸の中は丸焼け状態だ。


(ああ早く終わってくれ。早く成仏してくれ)


 脳内で繰り返されるボクの願いも空しく高飛車さんは一向に昇天しようとしない。アトラクションで遊びまくり、ハンバーガーを食べさせあい、男子便所で並んで小便を済ませ、夜の花火を見上げるころになってもまだボクの体を乗っ取ったままだ。さすがに我慢が限界に達した。


(高飛車さん、悪いけどいったん体から出てくれないかな。話したいことがあるんだ)

(なによ。しょうがないわね)

「ごめん、ちょっとここで待ってて」


 熊五郎をベンチに座らせて人目に付かない場所へ来ると、高飛車さんはボクの体から離れた。ようやく自由になった口を動かして詰問する。


「デートを始めて十時間が経過した。それなのに君が成仏する気配はまったくない。どういうことなんだい」

「そんなこと、あたしに言われたってわからないわよ」

「わからないじゃ困るよ。この作戦を立案したのは君なんだよ」

「うるさいわね。要するにデートでもアオハルが足りないってことじゃないの」

「じゃあ、デートよりもさらに深くアオハルを味わうにはどうすればいいんだよ」

「そうねえ~」


 眉間に皺を寄せて考える高飛車さん。その顔が次第に緩み始めた。そしてニヤニヤ笑い始めた。嫌な予感しかしない。


「デートの次に来るアオハルと言えばお別れのキスしかないわ。熊五郎君とキスしましょう。そうすれば成仏できるはず」

「えええーっ!」


 マジか。あの野武士みたいな熊五郎と接吻だと。冗談じゃないぞ。

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