アオハル魂
沢田和早
ボクを振った彼女が成仏できずにさまよっている
頭上に広がる梅雨明けの青空とは裏腹にボクの心の中は土砂降りだった。
思っていた以上に気分が落ち込む。
生れて初めての告別式参列、しかも初恋の彼女の葬式なのだから落ち込み方も半端ない。
「
同級生の
葬儀場が高校から近いこともあって、三限目の授業を取りやめにして担任とクラス全員でこの寺へ来ている。
ちなみに熊五郎は名字だ。フルネームは
「あ、ああ平気だ。初めてなんで緊張しているだけだよ」
と答えはしたが気分は最悪だ。本堂から聞こえてくる読経の声が境内の空気をさらに重苦しくさせる。
ボクは青空を仰ぎ見ると一週間前の出来事を思い出した。
「
放課後、体育館裏での告白。勇気を出して差し出したラブレターは受け取ってさえもらえなかった。
「あら、ひょっとしてラブレター?」
「ひょっとしなくてもそうだよ」
「ごめんなさい。それは受け取れません」
「えっ、どうして」
「だってあたし好きな人がいるんだもの。悪いけど諦めてちょうだい」
「そ、そうなんだ。うん、わかった。潔く身を引くよ」
「じゃあね」
一年間思い続けた初恋は三十秒で終了してしまった。その数日後、高飛車さんが事故でこの世を去るなんて、その時のボクには予想だにできなかった。今でも信じられない気持ちでいっぱいだ。
「それでは焼香に移ります」
僧侶の読経が終わった。本堂にいる近親者の焼香が終わると境内の参列者が順番に本堂へ入って行く。クラス全員が焼香をあげると時間がかかるので校長、担任、学級委員の三人が代表して本堂へ入って行った。ボクらは階段を登り、本堂の外から祭壇に手を合わせる。
「えっ」
見間違えたのかと思った。幻かと思った。頭がどうかしたのかと思った。本堂の中にセーラー服姿の高飛車さんがいたのだ。
(まさか本人のはずがないし。もしかして双子? 姉妹? 従兄妹?)
血縁者なら似ていても不自然ではない。そして告別式に参列していても不自然ではない。しかしそのそっくりさんは明らかに不自然だった。じっとしていないのだ。本堂の中を平然と歩き回っている。
(どうして誰も注意しないんだ。行儀が悪すぎるだろう)
やがてそのそっくりさんの行儀はさらに悪くなった。焼香をあげている校長のツルツル頭をなでなでしたり、担任に蹴りやパンチをお見舞いしたり、学級委員に抱きついたりしている。
しかもそれらは全て不発に終わっていた。手も腕も足も相手の体に触れることなく素通りしてしまうのだ。それを見てボクは確信した。あれは高飛車さんの魂に違いないと。そしてボクだけにしか見えていないのだと。
「はっ!」
思わず声が出た。高飛車さんと目が合ってしまったのだ。射るような鋭い眼差しでこちらを睨みつけてくる。言い知れぬ威圧感に堪えられず目を逸らしてしまった。
「さあ、帰って四限目の授業を始めるぞ」
出棺まで見届ける校長を残してボクらは寺を出た。高校までの道をゾロゾロと歩く。
「んっ?」
不意に何かの気配を感じた。歩きながら振り向く。いた。高飛車さんがボクらの列と一緒に歩いている。そしてその視線はボクに向けられている。
(ど、どうして付いて来るんだ)
慌てて前を向く。何かが近づいて来る気配がする。高飛車さんがボクを追い越しこちらを向いた。右こぶしが高く上げられボク目掛けて振り下ろされた。
「うわっ!」
当たらないとわかっているのによけてしまった。両手で顔を覆って立ち止まったボクを見て、並んで歩いていた熊五郎も立ち止まった。
「おい、どうした。何かあったのか」
「あ、いや何でもない。蜂が飛んで来たものだから」
「そうか。泣きっ面に蜂ってやつだな」
その使い方おかしくないか、それに泣いてなんかいないぞ、と言い返す暇もなく別の声が聞こえてきた。
「やっぱりね。ねえ鳥羽塵君、あなた、あたしが見えているのでしょう」
高飛車さんが喋っている。どう返答すればいいのかわからないので答えずに歩き始める。高飛車さんはボクの横から離れない。
「なによ、無視するつもり。声だって聞こえているのでしょう。答えるまでつきまとってやる」
仕方ないので無言でうなずく。「ふふっ」と笑う声が聞こえる。
「今日の放課後、体育館の裏に来て。話したいことがあるから」
そして高飛車さんの姿は消えた。悪い夢を見ているような気がした。
放課後、体育館の裏へ行った。人生最大の敗北感を味わった場所。まさか一週間後にもう一度同じ場所に立つことになろうとは、運命の神様は本当に意地が悪い。
「遅い」
高飛車さんは腰に手を当ててこちらを睨みつけている。上から目線な態度は生前と少しも変わらない。この尊大さが彼女の魅力でもある。
「申し訳ない。掃除当番だったんですぐに来れなかったんだ。それで何の用?」
「責任取ってちょうだい」
いきなり意味不明な言葉である。彼女に対してどのような責任があると言うのだろうか。
「悪い、話が飲み込めないんだけど」
「だから、あたしがあの世へ行けずに、こうしてこの世をさまよっているのはあなたのせいだって言っているのよ」
さらに話がわからなくなった。相手の状況を一切考慮せずに話を進める強引さもまた彼女の魅力である。
「えっと、高飛車さんは通学途中の事故で亡くなったんだよね。ボクには関係ないと思うんだけど」
「大有りよ。どんな事故だったか聞いてないの」
「事故としか聞いてないので、詳しくは」
「ちっ、やっぱり本当のことを話してないのね」
高飛車さんは眉間に皺を寄せると早口で話し始めた。
「一週間前、あなた、あたしに告白したでしょ。で、その時に思ったの。あたしも好きな人に告白しちゃおうって。ラブレターってなかなかうまく書けなくて徹夜の日々が続いたけれど、それでもなんとか完成させて、さあ、今日が勝負の日と家を出た瞬間、寝不足のせいでめまいを起こし思いっきり転倒。玄関に置いてあった狸の置物に頭をぶつけてそのまま帰らぬ人になってしまったってわけ」
「そうだったのか」
なるほど。詳しく教えてくれなかった理由がようやく飲み込めた。こんな死に方、あまりにも恥ずかしすぎる。
「ねっ、わかったでしょ。つまりあなたがあたしに告白しなければあたしはラブレターを書こうとしなかったはずだし、徹夜もしなかったはずだし、寝不足で転倒することもなかったのよ。つまりあたしが死んだのは全てあなたのせいなの」
「そ、それはあまりにも理不尽な言い掛かりなのでは」
「うるさいわね。言い掛かりかどうかなんてどうでもいいの。いい、今のところあたしが見えるのはあなただけ。それはつまりあたしを成仏させられるのはあなたしかいないってことなのよ。だったら協力するのは当然でしょう。それとも何、このままあたしにこの世をさまよい続けろって言うの。告白するくらい大好きだった女の子が困っているのに手も貸してくれないって言うの」
「いや、そんなことはないけど」
ようやく高飛車さんの胸中が理解できた。素直に頼みごとができないからこんな回りくどい言い掛かりを吹っ掛けてきているのだ。頭を下げるのが大嫌いな高飛車さんらしいな。まあそれも魅力のひとつなんだけど。
「ボクの責任かどうかはともかく、君が成仏できるよう力を貸すことに異存はないよ。それでどうすればあの世へ行けるんだい」
「簡単よ。あたしは好きな人にラブレターを渡せずに死んでしまった。だからラブレターを渡せれば成仏できるはず」
「ふむ。確かにそれでいけそうな気がする。で、高飛車さんの好きな人って誰なんだい」
「熊五郎熊雄君。あのゴツイ体に一目惚れなの」
ああ、そうだったのか。ちょっとだけ気分が落ち込んだ。
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