第二話 大脱走
「自分が触れたことのある物を創造する」
それが、俺に与えられた能力であった。
勿論、無限に作り出せるわけでもない。数や性能、大きさにも限度がある。
もう一つのポイントは、自分が触れたことのない物を複製できないことだ。
まだ不可思議なことがある。
俺は右利きのはずなのだが、左手でしか複製することができない。頭の中で出てきた能力に関してはあくまで「複製するだけであり」左手という制限はかけられていなかった。
「俺の能力が分かったのはいいんだが...まさかこれだけしかできないなんてことねえよな?」
複製した銃に視線を落としながら、疑問を浮かべる。
そもそも異世界の連中に科学の力が通用するのか?
何年か前に読んだ小説には銃という文化が発展しえなかった。火薬の力で弾丸を射出すること は、魔法に比べ遅く、威力も弱いらしい。
そもそも、銃弾より早く動ける奴にどう戦えばいいんだ?
それとも...
「なあ、火を出すとか、水を操るとか、こう基本魔術?と言われてるのってないのか?さっきから個人の能力の話ばかりされてる気がするのだが?」
俺は、この牢屋の同居人である獣人の少女、カイネに声をかける。
「何を言ってるんだお前は? ああ、そういえば記憶を失っているのだったな。」
いいだろう...そう言いながらカイネは詳しい説明を始めてくれるようだ。
言葉遣いはガサツで、時々乱雑な所もあるが、根は悪い奴ではないのだろう。
「そもそも、能力とは、全ての知性ある生物が生まれながらにして持っているものなのだ。」
「知性ある生物?カイネみたいな獣人と人類ってことか?てことは、知性を持たない動物や虫は能力を有さないってことか。」
「その通り。魔族と言っても獣人だけではないがな。今でこそ存在しているのかは不明だが、鬼族や妖精族と呼ばれる種族が魔族の中に入る。この区分も人間が勝手に作ったものだがな。」
存在不明の種族...魔族のカテゴリね...
「能力を有せるのは各個人一つまでだ。どんなに魔力量が高い種族でもこれだけは絶対なんだ。」
「絶対?」
「ぜーったいだ。そういえば、歴史上に一人だけその常識から離れたものもいたらしいが。」
「ほーん。何かしらの抜け道があるのかもなー。因みにどんな奴なんだ?やっぱり強かったのか?」
「強いなんてものじゃない。そもそもそのこじn......静かに...」
カイネは急に話をやめ、怪訝な顔を見せる。
カツカツカツ...
どこからともなく足音が聞こえてきた。
すげえな、全然聞こえなかったぞ。
やっぱり獣人だからか?五感が人間より発達しているのかもしれない。
一人の男が俺たちの牢屋を通り過ぎる。
いや、男というには少年といった方が良いのかもしれない。
俺を捕まえた男と比べて、背も低く、弱そうだ。カイネと同じくらいか?
「なあ、あいつが次の看守か?」
「三日間、私はここにいるのだが。まあそうだな。ここら一帯は基本一人の看守が監視している。戦争による人員不足の影響が出てるのかもな。」
なるほど...看守は一人...俺を捕まえたあの男には今の俺では勝てないだろうな...だがここで看守が変わったのは好機だ。それに合わせてあの気弱な目。利用しない手はねえよな。
ニヤリ...
「なあ。すごく悪そうな顔をしてるぞ。お前もしかして信用しちゃダメな人間か?」
まずいまずい。
ここでカイネの信用が廃れちゃ、この後の展開が...いや...杞憂だったな。
「お前の方こそ悪い顔してるぜ。もしかしてお前、全ての黒幕だったりしてな。」
ニヤリ...まるで鏡を見ているかのような気分だ。
全く、あの看守には同情してしまう。
ここには性格の悪い奴が二人もいるんだからな。
パンッ!
乾いた音が空気中に響き渡る。
しかし、その音は看守室に伝わる程度の音。
近くに人がいないことはカイネの耳で確認済みだ。
「な、何ですか!?今の音は!?何かあったんですか!?」
看守が音の主を探ろうとこちらに飛んでくる。
「紋章の不具合で、獣人の奴が暴走したんだ!このままじゃ現場監督の責任取られるぞ!早く牢屋を開けて、治療しろ!」
「あ、えと、その、はい!」
人間というのはこういった緊迫とした自体に本性が表れると言ってのいい。
こういったあまり優秀じゃない奴ほど自分のミスを上司に報告せず、何とかしようとする。
さらには、ここの看守自体ミスすることを極端に恐れていた。
ミスしたら、殺されるとかなんとか。ブラックすぎるだろ。
まあ、そういう奴らだからこそ責任という言葉には弱い。
だからあっという間に...
ガチャン
手に落ちる。
牢屋が開き、気弱な看守が牢屋に入る。
「怪我人を見せろ!とりあえず、外に出して...な!?」
看守がカイネの体に触れようとした瞬間
看守の右手に白い手が伸びる。
いきなりの出来事に戸惑いを隠せない看守に身を寄せ、投げた。
見事な一本背負いだった。
いやいや速度が違う。前世の時テレビで見た柔道家の動きとはかけ離れていた。
これで制限されているのか...
おっと、カイネがこっちを見ている。次は俺の番か。
一本が決まったとはいえ、看守にどんな能力があるか分かったものじゃないからな。
動きを縛る必要がある。
パンッ
「おっと動くなよ。もし能力でも使うもんなら、お前の命は消える。でも応援は呼びたくねえよなー。ばれたら殺されるもんなー。だから黙って言うこと聞いた方が賢明だぜ。」
俺はなるべく看守にストレスをかけるようにして話す。
人の知性や判断力とストレスは密接に関わっている。だから、高圧的にして相手の判断力や冷静さを奪うのだ。
って、ウィッシュじゃないdaigoが言ってた気がする。
「まずはお前の能力を聞こうか。嘘ついたらすぐばれるからな。なんせこの獣人は嘘を見破る能力を持っているからな。」
勿論、はったりだ。
しかし、カイネの一本背負いと俺の銃、その両方を見てしまったら紋章の効果が解けてしまっていると感じてしまうだろう。
「え、えとの、能力ですすか?果物に触れるだだけでジュースが作れま..す...すいません...」
...なんか可哀そうになってきた。
てかなんでこんな仕事してんだよ...
田舎で農園でもやってろよ。
でも、表情から見るに嘘はついてないんだよな。
うん...なんか...こっちこそごめん...
「えっと...この城の地図は持ってるか?地下からの脱出経路でもいいんだが。」
「それは、奥の看守室にあります。大まかなものだけですが...」
ふむ...地図はあまり期待していなかったが、大きな収穫だ。別の看守が来てから俺たちに気付くまでの時間勝負になるからな。簡単な経路だけでも把握しときたい。
「よし...最後の命令だ。服を脱げ。」
「「え?」」
さっきまで黙っていたカイネまでもが、ひょうきんな声を上げる。
ん?なんだ?
「え、えっと~...服を脱げというのは全部脱げということでしょうか?」
「まあ、全部に越したことはないだろうな。」
「も、もしかして、お兄さんってそっち側の人なのでしょうか?」
ごくり...
なぜかカイネが生唾を飲む。よく見ると尻尾を滅茶苦茶振り回している。
なんだこいつ何を焦ってるんだ。
それよりも、そっち側?...ああ、獣人側に付いているということか。
カイネの説明の節々から感じてはいたが、この世界の人類と魔族の仲は悪いらしい。
「まあ、お前たちには珍しいことかもしれないが、そっち側と言えるのかもな。」
ガシャン!
遂に牢屋の柵に尻尾が当たった。
かなりの音がしたな。
獣人の尻尾は強靭なのだろうか。
いやダメだった。痛そうにしてる。蹲って涙目になってる。
「お母さん...ごめんなさい...僕は綺麗なまま故郷に帰れそうにありません。それも男性の方に汚されてしまうようです。」
こっちはこっちでとんでもない誤解をしている。
「ちょ、ちょ待てよ!なんか誤解してない?俺はただ服を脱げといっただけで襲うとか、犯すとか言ってないからね?なあ、カイネそうだよね?お前もあの時悪い顔してたよな?」
俺はカイネに助けを求める。
なんだ、その顔は。
「私は人の文化というものはあずかり知らぬのでな。どんな趣味だろうと、個人の自由だし、尊重すべきものだと母が言ってたし。うん。ここはお前に任せて地図でも取りにいくか。うん。誰がなにが好きかは自由だしな。うん...」
やたらと早口で、早足で、カイネは立ち去った。
「ちょ、違うから。お前に合いそうな服を用意しようとしただけだから。だから、変な誤解するんじゃねーーーーーーーーーー!」
今日一番の叫び声が空間全体に響き渡った。
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