【赤と白の寸劇】「障害は個性」という言説について

低くて小さなステージは薄暗く、客席から見えるのは二人掛けの黒いベンチのみ。

出囃子も特殊効果もなく、上手、下手から一名ずつ男性が登場。ひとりは白い髪、もうひとりは赤い髪、衣装は双方タイトな黒いスーツ。観客席から申し訳程度の拍手。


赤髪「なんかさ、最近思うんだけど」

白髪「ん、何を?」

赤髪「たまにさ、『障害は個性だ!』的なさ、あんじゃん」

白髪「ああ、確かに見るな」

赤髪「あれな、俺はさ、『障害にも個性がある』的にな、書き換えたいの」

白髪「障害は個性本体じゃないのか」

赤髪「そりゃまあ、障害の種類とかさ、病み度が高い低いとかさ、そういうの次第だと思うんだけど、なんかね」

白髪「何だよ」

赤髪「俺みたいにメンタルの方だと、言われてカチンと来る時もあんの。正直。俺がさ、パニクったり死にたくなったり実際死のうとする時にさ、『あーこれが俺の個性だー! 個性様々だー!』とかさ、思うわけねーじゃん」

白髪「まあ、そりゃ道理だわな」

赤髪「だって、要するに個性に殺されるわけだろ?」

白髪「ものは言い様だよ」

赤髪「おまえだって、身体それじゃん? 『イェーイ俺の手足こんなんだぜー!』とか、やんねーじゃん」

白髪「俺は別に、なぁ。生まれつきだし、俺の場合」

赤髪「ああ、そういう違いもあるよな」

白髪「だけどおまえ、『障害は個性』っていう言説がなくなったらさ、昔みたいに酷く扱われるんじゃないの? まあ、昔っていうか、ちょっと前までだけど。隔離されたり、差別されたり」

赤髪「それな」

白髪「まあ、じゃあ俺そろそろ行くわ」

赤髪「気をつけて帰れよ」

白髪「おまえがな」


暗転。しばしの沈黙。


ベンチが撤去されたステージに、ピンライト。

赤髪の男が俯いて立っている。


赤髪「名前ってさ、いや、すんません、命名するっていうこと、カテゴリーにぶち込むこと、言い方は何でもいいんだけど、しかも障害に限らずなんだけどさ、なんで人間ってそういうの、好きなんでしょうね。社会のシステムのためっていうのは聞いたことがある。あります。俺の古い友人で、俺なんかよりずっと大変な障害を抱えていた奴がいて、でも、そいつは超辛いのに、障害基礎年金がもらえなかった。そいつの病名が、年金の対象じゃなかったから。なんすか、それ」


上手から、白い車が登場。

赤い髪の男は、気づかないまま話し続ける。


赤髪「さっきの奴は、見た目で分かるから、他の人は寛大なんです。いや、別にそれを羨んだり妬んだり、騒ぎを起こすつもりは、多分ない。です。ただ、俺は見た目はなんともないから、その」


白い車が赤い髪の男を背後から轢く。

客席に落ちる寸前で、頭から赤い液体を流しながら立っている。


赤髪「俺の個性は俺が自分で決めるもんなんだよ」


暗転。

救急車のサイレン音が近づいて、遠のく。


館内は真っ暗なまま、男の声が響く。


白髪「惜しかったな」

赤髪「まあな。一瞬、片腕なくなったら分かりやすいかなって思ったんだけど、いやそれぜってー不便だって思って」

白髪「そりゃそうだ」

赤髪「で、この茶番劇はいつ終わるの?」


                        幕

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