2nd turn. 『クローダス・リフダー』

 よく晴れた日であった。


「いやあ、楽しみだなあ」

「ウチの大将がまさか騎士様相手に霊符決闘ヴァンキッシュだなんてね!」

「なあ、勝てると思うか?」

「勝つっしょ~!! なにせ親分は村一番の霊符決闘士ヴァンキッシャーだもんな!」

「……」

 その日、村の広場は村人たちでごった返していた。

 こんなに人が集まるのは、収穫祭のときくらいだろうか。去年の祭りのときに食べた山羊肉の焼いたやつ、美味しかったなあとノアは思い返しながら、既にイベント会場の様相を呈した決闘の場へと至った。


 小さな田舎の村のことである。2日前に約束されたノアと王国騎士クローダス・リフダー男爵の決闘の約束は瞬く間に村中の噂となり、元々行事や娯楽の少ない村人たちの大騒ぎの恰好の口実として駆け巡ったのである。

 霊符決闘ヴァンキッシュは、紛争の解決手段であると同時に競技化された戦闘概念でもある。人の集まる街であれば、競技スポーツとしての霊符決闘ヴァンキッシュを行う競技場や娯楽ショウビズとしての興行が開催される闘技場が建てられているのも珍しくはない。そして、それらに関わる霊符決闘士ヴァンキッシャーは、多くの人々に愛されているのだ。

 その中でも、武勇に優れ霊符決闘ヴァンキッシュの腕を磨いた王国騎士とは、いわば国内のトップランカーであり、花形選手であるとも言える。

 そのスター選手が試合まで行うというのだから――辺境の国境地帯の小さなこの村にとっては、それは滅多に起こり得ない大イベントであった。

「これは――まあ、随分」

 そのような大袈裟な騒ぎの会場となった村の広場を前にして、当のクローダス・リフダーは苦く笑った。

「どうされます?」

「約束を破るのは私の流儀に反するからね。やるさ――アッケル君! 道を開いてくれるよう皆に言ってくれ!」

「はっ。――聞いたな、皆! 決闘者の入場だ! 花道を作ってくれ!」

 クローダスの指示に沿い、騎士団の男が村人たちへと呼びかけた。古代神話に記される海割りの奇跡めいて、さっと人波が道を開ける。

「うん。ありがとう――皆さん、ご協力に感謝します」

 クローダスは観衆たちへと手を振りながら、開かれた花道を悠然と進んでゆく。

「きゃーっ! 騎士様ー!」

「がんばってー!」

「俺ァあんたに賭けてんだ! しっかり勝ってくれよぉ!」

 黄色い声をあげる村娘たちや観客の声援を浴びながら、クローダスは決闘の場へと立った。

「……よし!」

「頼んだぜ、大将!」

「勝ってよ、師匠!」

「もっちろん!」

 一方、ノアは彼女を慕う少年少女たちへと笑顔を向け、そしてまっすぐに視線を上げながら決闘の場へと向かう。

「……さて。思っていたより随分と大ごとになってしまったようだが」

「えっへへ。……それでは、えーっと。まず、クローダス様。この度は、わたくしの挑戦をお受け下さり、まことにありがとうございます……」

 かくして、2人は対峙した。

「こちらこそ。私も久方ぶりの霊符決闘ヴァンキッシュだからね。……実を言うと、私も少々気晴らしが欲しかったところさ」

「じゃあ、win-winってことですね!」

 ノアは満面の笑みで声をあげ、そして腰のベルトに下げたデッキケースへと触れる。

「まあ、そういうことにしておこう。……さて、約束の時間だ。皆を待たせるのも悪いからね――」

 応じるように、クローダスは同じく腰のベルトに下げたデッキケースへと触れた。

「では、始めよう。決闘領域フィールド展開オン!」

決闘領域フィールド展開オン!」

 クローダスとノアは叫んだ。

 これは霊符決闘ヴァンキッシュを開始する際に必要な儀式だ。

 霊符決闘ヴァンキッシュは、自らの魔力を霊符カードに込めることによって描かれたものを幻像化イマジナイズし、それを通じて互いの魔力を撃ち合う魔法戦闘である。しかし、霊符決闘ヴァンキッシュは無用な血を流すことなかれという理念を敷いた賢人ウィザードアーミティッジ師によって多くの安全装置がかけられているのだ。そのひとつが、この決闘領域フィールドの展開である。

 これは霊符決闘ヴァンキッシュに望む2人の霊符決闘士ヴァンキッシャーが互いの魔力を放出しあい、霊符決闘ヴァンキッシュの中で生じる余剰魔力の波及を外部に漏らさぬための小規模結界を構築する儀式だ。この決闘領域フィールドは2人の霊符決闘士ヴァンキッシャーが揃わなければ構築することができないため、この小規模結界の完成をもって互いに合意したと解釈される。

 クローダスとノアの2人の魔力が溶けあい、そして広がってゆく。

「「闘杖ジャック・ケイン!」」

 続けて2人は声を揃えて叫んだ。

 闘杖ジャック・ケインとは、ダマヤフ大陸に旧くから伝わる簡易的な勝負形式である。

 それは旧戦役時代の英雄的魔術師ジャック・ケインの逸話である3本の術式戦闘杖に因む3すくみのルールである。魔力砲撃を放つ撃砲グウン、術式障壁を構築する剛鎧パルド、そして音速の剣を放つ斬閃ジョギ。この三つの魔杖によって多くの戦いを制したと言われるジャック・ケインの名を借り、この三つの魔杖を象ったハンド・サインを同時に繰り出すことで勝負を決めるのだ。

撃砲グウン!」

剛鎧パルド!」

 撃砲グウン剛鎧パルドを砕けないが、剛鎧パルド斬閃ジョギに貫かれ、斬閃ジョギ撃砲グウンを切り裂けない――。そのような関係で構成されている。

 ここでクローダスは撃砲グウンを出し、対するノアは剛鎧パルドで受けた。ノアの勝ちである。

「……なら、先攻はわたし!」

 そう。この闘杖ジャック・ケインは往々にして霊符決闘ヴァンキッシュの先手後手を決める際に用いられる。勝った方が先攻を取るのが公式的な決まりだ。

 そして、2人は互いに山札から6枚の霊符カードを引き、手札へと加えた。

 これで戦いの準備は整った。

 観衆たちが固唾を飲んで見守る中、先攻であるノアがその腕を掲げて宣言する。

準備完了ゲットレディ!」

「「戦闘開始ビギニング・ザ・ヴァンキッシュ!」」

 2人の声が唱和した

 かくして――2人の霊符決闘ヴァンキッシュが、幕を開けたのである!


「わたしの手番ターン! 先攻のため、リブートとドローはスキップ。リソースフェイズで手札から1枚リソースエリアへ赤のカードを加えてエンド!」

「では、こちらの手番ターン。ドローフェイズで1枚ドロー。リソースフェイズに銀のカードを置き、こちらもエンドだね」

 初回はともにリソースへカードを置くのみの動きで終える。霊符決闘ヴァンキッシュにおいて、1コストでできる動きはあまり多くはない。速攻型のデッキでない限りは動くことはないだろう。問題は2ターン目からだ。

「わたしの手番ターン! リブート、ドロー、リソース! そしてメイン。ここでわたしは手札からユニットを召喚!」

 続くノアの2ターン目。ここでノアはリソースエリアに2枚目のカードを加えると、赤を含む2コストを支払って手札から霊符カードを投げ放った。


『サンファイア・ドラゴンべビー』

 ユニット/属性:赤/コスト:2/パワー:1000/《煌竜》

【条件発動】自分が手札からコストを支払って《煌竜》を召喚するとき、このユニットをトラッシュに置くことで、2コスト分を支払える。


『ぎゅいっ!』

 投げられた霊符カードは注がれた魔力リソースによって幻像イメージを得る! 赤く炎を揺らめかせながら、燃ゆる小竜がフィールドへと立った。

「わたしはこれでターンエンド!」

「ほう……。手堅いね。展開補助のユニットを立ててきたか」

 クローダスは目を細めながらサンファイア・ドラゴンベビーの姿を見遣った。

(次の手番になれば彼女のリソースは3枚目に到達し、サンファイア・ドラゴンベビーの能力とあわせて5コストのユニットを展開することができる……。厄介だな)

 序盤の立ち上がりとしては最善手に近いだろう。コスト5以上のユニットがこの序盤で展開されてしまえば、ものによっては試合の流れを完全に掴まれてしまう。

 彼女のデッキの内容は未だ未知数だが、場合によっては必殺級フィニッシャーユニットの登場まで警戒しなくてはなるまい。

「では、こちらも手を打つべきかな……私の手番ターン!」

 クローダスの2ターン目。クローダスはカードを引き、そして手札からリソースへとカードを加える。

「メインフェイズ。私は手札からマジック『星輝防壁スターリーウォール』を起動しよう」


星輝防壁スターリーウォール

 マジック/属性:銀/コスト:2

【カットイン】以下の2つからどちらかを選び、使用する。

 1.相手の場のコスト3以下のユニットを1体選び、相手の手札に戻す。

 2.アタックしている相手のユニットを1体選び、このマジックを使ったバトル中、そのユニットのアタックでは自分はダメージを受けない。


 ――星輝防壁スターリーウォール! 2つの効果をもつ強力なマジックだ。

 クローダスは当然ながら1つめの効果を起動し、ノアのサンファイア・ドラゴンベビーを手札へと返す。これで返す手番ターンでの大型ユニットの展開は止めたかたちだ。

 だが、そう長い時間は稼げないだろう。クローダスは自らの手に握った霊符カードに視線を落としながら、次なる手を思案していた。

「……さっすが!」

 一方、ノアはこの状況を愉しんでいた。

 サンファイア・ドラゴンベビーを立てることで早期から大型のユニットを展開する戦術は、彼女にとっての十八番のひとつだ。村の多くの霊符決闘士ヴァンキッシャーが、これによって強力なユニットを展開した彼女にテンポアドを奪われそのままゲームエンドへと持ち込まれるパターンが頻発している。

 それを躱されたという事実は、彼女にとってここから更に熱い駆け引きと血が滾るように燃える戦いを想像させた。

 返す手番ターン、ノアは再び盤面にサンファイア・ドラゴンベビーを展開してターンを終える。

 ――一方、クローダスの展開はというと。

「私の手番ターン! 私は銀を含む3コストを支払い、手札から『守護の星導騎士スターリーナイト・シルディア』を召喚!」


『守護の星導騎士スターリーナイト・シルディア』

 ユニット/属性:銀/コスト:3/パワー:4000/《星導》

【条件発動】[ターン1回]このユニットが相手の効果で破壊されたとき、このユニットを[行動済タップ]で場に残す。

【条件発動】このユニット以外の自分のコスト3以下の《星導》ユニットが相手の効果で破壊されたとき、このユニットを[行動済タップ]にすることで、そのユニットを[行動済タップ]で場に残す。


 守護の星導騎士スターリーナイト・シルディア! クローダスの手から放たれたカードがリソースによって銀髪の女騎士の幻像イメージを纏い、そして戦場に立つ!

 白銀に輝く鎧を纏ったその姿は、まさに堂々たる騎士の威容であった。

「私はシルディアを場に出してこのままターンエンドだ」

「破壊耐性……! なるほど、こっちのテはお見通しってわけだね!」

 返す手番でノアは焦れるように笑った。

「だけど、そうこなくっちゃ……そうでなくっちゃ、挑んだ甲斐がないっ! わたしの手番ターンっ!」

 ここでノアは手札から4枚目のカードをリソースへと加えた。

「そして……ッ! わたしはこのメインフェイズで、サンファイア・ドラゴンベビーの能力を起動するよ!」

「……出るか、切り札が!」

 ここで至ったメインフェイズで、ノアは遂にサンファイア・ドラゴンベビーの能力を起動する!

 ノアはリソースの4枚を[行動済タップ]することで赤を含む4マナ・リソースを生成。更にサンファイア・ドラゴンベビーをトラッシュへと置くことで更にリソースを2点……あわせて6点分のリソースを得た!

「さあ、これで6コストっ! さあ皆々様とくとご覧あれ! 輝け太陽、迸れ炎! 天を照らすは煌めく竜! 広がる翼に恐れおののけぃ!」

 そして――ノアは手札から1枚の霊符カードを引き抜き、高く掲げてみせる!

 観衆へと見せつけるように高々と掲げたその霊符カードに描かれるのは――赤く揺らめく炎を纏う、雄々しき竜の姿である!

「出るぞっ! 師匠の切り札だ!」

「いけいけーっ!! そのままぶっぱなせー!!」

 パフォーマンスめいて見せつけられるノアの切り札に、観衆が沸き立った。

 ノアはにぃと口の端をつり上げ、そしてその手の中の霊符カードを放つ!

「いっけえ! 天照竜アポロニアスっ!」


『天照竜 アポロニアス』

 ユニット/属性:赤/コスト:6/パワー:8000/《煌竜》

【条件発動】[ターン1回]このユニットがアタックしたとき、相手の場のパワー5000以下のユニット1体か、ユニット以外のカード1枚を破壊する。破壊できなかったとき、このユニットを[未行動アンタップ]にする。

【条件発動】このユニットが相手にダメージを与えるとき、このターン中、相手の場のカードが1枚以上破壊されているなら、このユニットが相手に与えるダメージ+1


 霊符カードから幻像化イマジナイズした緋色の竜が、翼を広げながら激しく咆哮した。

 びりびりと空気を震わす号砲めいた声と戦場に立ち上がったその威容に、声援さえ送っていた観衆たちが静まり返る。

「なんと――これは」

 そこに現れた炎の竜は、その名の通り輝かんばかりの光を纏っていた。

 ――そのパワーと能力から、クローダスはアポロニアスの等級レアリティを類推する。

 最低でも特級スーパーレア。否、サンファイア・ドラゴンのようなサポートカードの存在まで加味して考えれば超特級スペリオルスーパーレアでもおかしくはない性能だ。これほどまでに強力なユニットを扱える霊符決闘士ヴァンキッシャーは、王都まで出向いて探してもそう多くはあるまい。

「えっへへ……どうかな、騎士様。これがわたしの切り札……アポロニアスだよ!」

 それほどまでの霊符カードを、娘と同じ年ごろであろう少女が操っている――。信じがたい光景であった。

「いや……驚いた。称賛しよう。掛け値なしに」

「光栄です」

「……だが、まだ君は切り札を出しただけだ。霊符決闘ヴァンキッシュで重要なのは、霊符カードを見せびらかすことではない」

「はい! だから……わたしは全霊で、挑戦します。この霊符カードをつかって!」

 ノアは続けざまにバトルフェイズを宣言する。

「いっけえ! 天照竜アポロニアスっ!」

 その号令に従って、フィールドに立つアポロニアスが飛び立った。

「アポロニアスのアタック時能力を発揮! パワー5000以下のユニット、シルディアを破壊!」

 宙を舞うアポロニアスは、眼下に捉えた女騎士の姿を一瞥するとその身体から光を放った。――熱線! 閃光がシルディアを襲う!

「くッ……だが、シルディアは自身の能力によって[行動済タップ]で場に残る!」

 しかし間一髪! 盾を構えたシルディアは、アポロニアスのブレスを防いでいたのだ。その代償は大きく、屈した膝を立てることこそできないが――彼女は、場に残っている!

「だけど、これでアポロニアスの攻撃を止められるブロッカーはいない!」

 勝ち誇るようにノアが叫ぶ。――そう。この戦いのルールにおいては、相手のユニットによる攻撃を止めるためには自分の場に[未行動アンタップ]のユニットがいなければならないのだ。シルディアは場に残りこそしたが、その能力を用いた代償として[行動済タップ]になっている。

 すなわち――アポロニアスの攻撃を止められるユニットは、クローダスの盤面にはいないのだ!

「【カットイン】はありますか、騎士様!」

 ここでノアはクローダスへと確認した。

 【カットイン】とは、ユニットがアタック宣言を行い、アタック時能力の処理を終えたところで発生する【カットインタイミング】で使用できる能力のことである。

 この【カットインタイミング】で、先にクローダスが使っていた星輝防壁スターリーウォールのような【カットイン】の記述を持つ霊符カードと、それを使用するためのリソースがあれば攻撃の処理に割り込んで手を打つことができるのだ。

 なお、この【カットイン】は非ターンプレイヤーに優先権があり、今の状況であればクローダスが【カットイン】を行う権利をもつ。ここでクローダスが【カットイン】を行った場合、その効果処理後に【カットイン】の権利はノアへと移り、ノアもまた【カットイン】を使用することができるのだ。

 そして、お互いに【カットイン】の使用宣言をしないことを確認したら、攻撃の処理は次のステップへと進んでゆく。

「……【カットイン】はない! ライフダメージをもらおう!」

「わかりましたっ! では――いっけえ!」

 ライフダメージ宣言! これにより、アポロニアスのアタックはプレイヤーへの直接攻撃ダイレクトアタックとなることが確定した。

 アポロニアスは先じてシルディアを破壊していたことにより2つ目の能力が発揮されている。――すなわち、このアタックがクローダスへと与えるダメージは、2点!

「むうう――っ!!」

 ライフを砕かれる衝撃に、クローダスが苦悶した。――そして、山札の上から2枚のカードがダメージエリアへと裏向きで置かれる。

 この霊符決闘ヴァンキッシュのルールだ。ダイレクトアタックによって生じたダメージはダメージエリアに置かれるカードによって表現され、このダメージカードが5枚に達したときが敗北となる。

「これで、わたしはターンエンド!」

「ならば……私の手番ターン!」

 ノアの宣言によって、手番はクローダスへと返る。

 ――今の一撃は強烈だった。カードを引きながら、クローダスはダメージエリアに置かれた2枚のカードを見遣る。

 まるで鉛の塊を剛腕魔獣に叩き込まれたかのような鈍い痛みとともに置かれたそのダメージは、ゲームエンドにはまだ遠いと言えど体感としてはひどく深刻な痛みのようにも感じられた。

 だが、このダメージエリアに置かれた霊符カードはプレイヤーに刻まれた傷であると同時に、反撃のための武器にもなる。クローダスは荒く息を吐き出しながら態勢を立て直し、そしてリソースフェイズを挟んでメインフェイズへと至った。

「なかなかやるじゃないか、ノア君。正直……驚いたよ」

「お褒めにあずかり光栄ですよ、騎士様」

「すっげえ! さすが親分だ。騎士様を押してるぜ!」

「このままならひょっとして勝っちゃうんじゃないか!?」

「騎士様ーっ! がんばってー!」

 戦況を見守りながら、観衆は口々に囃し立てる。

「……だが、私も王国騎士だ。このまま無様に負けを晒すことはできない。……君も望むところではないだろう? せっかく待ち侘びた霊符決闘士ヴァンキッシャーが、この程度ではがっかりしてしまうはずだ」

「おっしゃるとおりです、騎士様」

「では」

 クローダスは4枚目のリソースを加える。

 そして。

「ダメージリソースを合わせ6コスト。私もまた、切り札を切ろう」

 クローダスは手札から霊符カードを放った。

「御旗のもとに今こそ集え、星導騎士団スターリーナイツの勇士たちよ! 『戦旗の担い手ダルク』、召喚!」


『戦旗の担い手・ダルク』

 ユニット/属性:銀/コスト:6/パワー:5000/《星導》

【条件発動】このユニットがコストを払って手札から登場したとき、自分は山札から2枚引き、手札から1枚捨てる。その後、手札からコスト4以下の《星導》ユニットを2体までコストを支払わず召喚する。

【常時発動】自分の《星導》ユニットのパワー+1000


 戦場に、旗が翻った! そこに描かれた騎士の紋章が、ここへ更なる星の勇士を導く!


「……展開補助ユニット!」

「ダルクの能力により、私は2枚ドローし手札から1枚を破棄する。そして、更に手札からユニットをノーコストで召喚!」


 続け様にクローダスが霊符カードを放つ! そして新たに戦場へと降りた2枚が、注がれたマナ・リソースによって幻像化イマジナイズした。


『城塞の星導騎士スターリーナイト・ヴェガ』

 ユニット/属性:銀/コスト:4/パワー:5000/《星導》

【常時発動】このユニットは[行動済タップ]でもブロックできる


『舞剣の星導騎士スターリーナイト・ケーニヒ』

 ユニット/属性:銀/コスト:4/パワー:6000/《星導》

【条件発動】このユニットがアタック/ブロックしたとき、相手のコスト6以下のユニットを1体選び、そのユニットを[行動済タップ]にする


「……!」

「す、すっげえ! 一気に3体もユニットを出したぞ!!」

「見ろ、しかもあの旗持ちの能力で騎士様の場のユニットはぜんぶパワーが上がってる! 出てきたやつはどれもアポロニアスで破壊できなくなってるんだ!」

 再び観衆がざわめいた。劣勢に見えていたクローダスの側が、突然に盤面を切り返したのだ。これでクローダスの場にはシルディア・ダルク・ヴェガ・ケーニヒの4体のユニットが立つことになる。

「……すっごい!」

 ノアは目を輝かせ、快哉を叫んだ。

「ご期待には添えたかな?」

「とっても! さすがは騎士様です」

「それは重畳。……では、私はこれでターンエンド」

 そして、クローダスは手番を終える。

「なんだ? 場を整えたのにアタックしないのか?」

「多分、騎士様はまだ警戒してるのさ。場のユニットは4体だから、ぜんぶのアタックが通っても決着ゲームエンドには持ち込めない。それどころか、半端な攻撃じゃダメージリソースを増やすだけで次のターンに逆襲されかねない」

「ああ。今の騎士様は実質的に2点分のリソースアドバンテージを得てる状態だからな。先に展開を完璧にしてから畳みかけるつもりなんだろうぜ」

「……」

 聞こえる野次馬たちの声に、ノアは内心で頷いていた。

(だけど)

 まだ、ノアには勝算があった。

 『太陽竜プロミネンス』。……コスト7。パワー10000。パワー8000以下の相手ユニットを2体破壊することで[未行動アンタップ]になる強力な能力を備えた、ノアのもうひとつの切り札。

 この霊符カードは、既に彼女の手の中にある。

(いまの騎士様の盤面なら……プロミネンスで切り崩せる!)

 それさえ展開できれば、流れは再びノアのものだ。

「わたしの手番ターン!」

 ノアはもたらされた手番で更にリソースを増やす。これで5枚目。……プロミネンスの召喚まで、あと2ターン。

 しかし、そんな悠長なことは言っていられない。恐らく相手は続く手番ターンで更にユニットを展開してくるだろう。見るに、クローダスのデッキは防御面に秀でたカードを揃えた持久戦を得意とする型だ。時間をかければかける程不利になっていくであろうことは容易に想像がついた。

「……わたしは手札から『サンファイア・ドラゴンベビー』を召喚してターンエンド」

 だが、ここでノアは冷静さを失うことなく慎重に棋譜を進める。

 恐らく、ここでアポロニアスがアタックすればクローダスはそれを素通しして更にダメージを稼ぐだろう。だが、ノアの現在の手札では残る4体のブロッカーを突破してとどめを刺せるだけの手がない。この手番ターンでの決着は不可能だろう。そうなれば、次のターンで相手のリソースはダメージ込みで9にまで達する。じゅうぶんゲームエンドに持ち込めるリソース量だ。

 ここでノアがアタックしなかったのは、その展開を避けたが故である。

「慎重だね。……猪のような子だとばかり思っていたが、実に聡い。王都の霊符決闘士ヴァンキッシャーと比べても決して引けをとらないだろう」

 一方。手番を得たクローダスはカードを引きながらノアへと微笑みかける。

「実を言えば、私は君を侮っていた。……自分の実力を過信し、思い上がった田舎娘だとね」

「えーっ!? 騎士様といえどそれはさすがにひどいです!」

「ははは。すまない。……ならば、非礼を詫びよう」

 クローダスは一度ゆっくりと頭を下げる。

 そして、再び顔を上げながら、手札の霊符カードを引き抜き、掲げた。

「君には私の切り札を見せるだけの実力がある。……さあ、覚悟はいいね。見せてあげよう。ここからが、私の本気だ!」

 クローダスは獣のように獰猛に笑い、手にしたカードを投げ放つ!

「来たれ! 煌めく星の化身! 輝ける星空の王! 神星竜イルミナルセイバー……召喚ッ!」


『神星竜イルミナルセイバー』

 ユニット/属性:銀/コスト:10/パワー:9000/《星導》

[手札]このユニットを召喚するためのコストは、自分の場の《星導》1枚につき1減る。

【常時発動】このユニット以外の自分の《星導》のユニットすべてにパワー+3000

【常時発動】自分の《星導》のユニット1体につき、このユニットのパワー+1000し、このユニットのパワーが13000以上なら、このユニットのアタックが相手に与えるダメージ+1


 爆発的なエネルギー! 収束するマナ・リソースが、翼を広げた竜の姿を形作る!

 戦場に降臨せしその姿は――神星竜イルミナルセイバー! 星導騎士団スターリーナイツの守護神竜であり、その等級は『伝説レジェンドレア』に相当する!

 白銀めいて輝く竜鱗は瞬く星の光に似る。満天の星空がそのまま降り立ったかのように光る星の神竜は、静かにノアを見下ろした。

「お、おお……ッ!」

「こ、コスト10だって!?」

「パワー9000……いや、違う! あのカード、常時発動能力でパワー上昇パンプしてる!」

「場に他の《星導》は4体……パワーは4000上がって13000!」

「いや、待て! 旗持ちのパワー上昇パンプも受けて14000だ!」

「ダメージ加算能力の起動条件まで満たしてるってことか……とんでもねえぞ、こいつは!」

 叫ぶ観衆! 戦況を見守る村の人々が口々に言い合い、登場した伝説級レジェンドレアユニットの脅威に慄いた。

「……い、っひ!!」

 しかし、その中で――口の端を吊り上げ嗤ったのは、ノアである。

(ヤバい――ヤバい! ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい!)

 そのこめかみにじわりと汗が浮かぶ。

 ノアの盤面に立つユニットは、アポロニアスとサンファイア・ドラゴンベビーの2体。

 対して、クローダスの盤面には切り札であるイルミナルセイバーを含め5体のユニットが並ぶ。

 ――この手番ターン総攻撃フルアタックを仕掛けられれば、ノアはゲームエンドとなる5点のダメージを一気に与えられてしまうだろう。

 ならば――ノアにできることは。

「……いいよ。来てみなよ、騎士様。……わたし、まだ負けるつもりはありませんからッ!」

 欺瞞ブラフ!――否、ブラフどころでない“強がり”だ。

 だが、それで少しでもクローダスの手を鈍らせることができれば、次のターンへと希望が繋がるだろう。


 しかし。


「バトルフェイズだ」

 酷薄に。無慈悲に。冷徹に。クローダス・リフダーは告げた。

 跳ねる心臓。早鐘を撃つ自らの心音が、ノアの鼓膜を揺さぶる。

「ケーニヒでアタック」

 クローダスは指揮官めいて敵陣を指し、攻撃を宣言した。――応じて、舞剣の星導騎士スターリーナイト・ケーニヒが戦場を翔ける。

「ケーニヒのアタック時能力を発揮する! 対象としてそちらの場のアポロニアスを指定!」

「……あっは!」

 そして、ケーニヒのアタック時能力が起動した。その効果によって、アポロニアスが[行動済タップ]する! 前述のとおり、この戦いのルールにおいては[未行動アンタップ]でなければ相手のユニットのアタックを止めに入ることはできないのだ。この能力によって、ノアは攻撃を防ぐ手段をひとつ失ったことになる!

「【カットイン】は」

「……ないよ! ライフダメージだ!」

 ざ、ッ――! 舞うようにはしったケーニヒの剣閃が、ノアに直接攻撃ダイレクトアタックを叩き込む!

「ぐあ……っ!!」

 1点目! ノアの山札のカードがまず1枚、ダメージエリアへと落とされる!

「続けてヴェガでアタックだ!」

「く、っ……これも、【カットイン】はないよ! ライフダメージ!」

 盾撃シールドバッシュ! ノアの陣へと突っ込んだヴェガが、突進の勢いのままに続けて直接攻撃ダイレクトアタック! ノアはこれも受けた。2枚目のダメージカードがノアの盤面に加わる!

「ならばこれはどうだッ! シルディア、アタック!」

「く、ッ、そ……! 【か、ッ、ト、イン】、ッッッ!」

 続く3度目のアタック――! しかし、ここでノアは【カットイン】を宣言した!

「マジック……『ファイアウォール』、ッ!」


『ファイアウォール』

 マジック/属性:赤/コスト:4

【カットイン】このターンの間、相手のパワー6000以下のユニットのアタックでは、自分のライフは減らない。


 ――それは、事実上の敗北宣言であった。

 いまアタックを宣言しているシルディアは、パワー3000。しかし、シルディアのパワーはダルクとイルミナルセイバーの能力によって、合計4000の上昇パンプ値を得ている。

 即ち実質的なパワーは7000――。ファイアウォールで無効化できない数値だ。結果、そのアタックはノアへとダメージを叩き込む。

「がフッ」

 ダメージの衝撃にノアは吐血した。――しかし、クローダスはそれを一瞥すらせず、バトルフェイズを進行する。

 残るユニットは旗手ダルク。これもイルミナルセイバーの能力によってパワーが上昇し、ファイアウォールの効果では止められないパワー8000へと強化されている。

「これで決着ゲームエンドだ。――イルミナルセイバー。アタック」

 クローダスの声に応じて、盤上の神星竜イルミナルセイバーが吼える。広げた翼で宙を舞い、そして――流星雨めいて、光を降らせた。

「あ――……あ、ッ、は」

 降りる光の雨を、ノアは仰ぎ見る。

「カットイン、は……ない、です」

「……ならば!」

 ――直撃、ッ!

 イルミナルセイバーの直接攻撃ダイレクトアタックが、ノアにとどめとなる2点のダメージを加えた!

 最後のダメージに耐え切れず、ノアの身体が衝撃に宙を舞って地面へと転げる!

「い、ひ……ひひ!」

 ダメージ5――これでこの霊符決闘ヴァンキッシュの決着はついた。


 勝者、クローダス・リフダー。

「――制圧ヴァンキッシュ!」

 クローダスは拳を掲げ、そして勝利を叫ぶ。

「……ありがとう。いい戦いだった」

「あ、ありがとう、ございます……い、いい、バトル、でした」


 かくして――ここにひとつの戦いが結末を迎えたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Vanquish! けにい @kennykennyky

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ