1st Turn.『ノア・バーシュダン』

 ノア・バーシュダンは、隣国との国境にほど近い王国南東の山岳地帯の村で、山羊飼いの次女として生まれついた少女である。

 日に灼けた浅い褐色の肌。癖毛混じりの赤毛。ぱちりとした緑の瞳。細身のしなやかな体付きは、どことなくネコ科の生き物を想起させる。

 そのあたりではよく見るような、ありふれた少女であった。

 ただ、その胸に宿した闘争心と霊符決闘ヴァンキッシュへの適性と執着だけが尋常ではなかった。


 物心ついた頃から、ノアは自らの胸の内にある衝動を理解していたと感じている。

 ふたつ違いの姉や、村で同時期に生まれた子供たちが木彫りの人形や棒切れで遊びだした頃、ノアは父の持つ霊符カードに強く惹かれていた。

 ふとしたはずみでそれをはじめて手にした瞬間、彼女は懐かしさとともに激しい鼓動を感じたのだ。

 知らないはずの決闘場フィールドに吹く渇いた風と、激突バトルするモンスターたちの姿。そして熱い戦いの中でのみ得られる胸の高鳴りを、そのとき彼女はたしかに“思い出した”のである。

「ちちうえ。ノア、これほしい」

「そうか」

 幼いノアは衝動的に父へと訴え、父はそれを承諾した。

 以来、ノアは霊符決闘ヴァンキッシュに没頭することになる。

 暇さえあれば霊符カードを並べ、仕事のいとまを目敏く見つけては父を質問攻めにした。

 ルールを覚えてからは、目の前の空間に対戦相手をイメージしながら戦術の組み立て方を考えた。

 村の学舎に通い、家に帰れば水汲みや家畜の世話といった雑事を言い付けられることも少なくはなく、いとまを見つけ出すのは容易いことではなかったが、それでもノアは時間を作り出し、霊符決闘ヴァンキッシュに没頭した。時には夕餉の麦粥を啜りながらカードを並べようとして母や姉に叱られたし、ある夜は山札の構築を考えているうちに一晩明けてしまったこともあった。どれもこれも今となっては思わずにやけてしまうような可愛らしい思い出だが、父の休日を自分との霊符決闘ヴァンキッシュにほとんど費やさせてしまったこととだけは、ほんの少し申し訳なく思っている。本当はのんびり過ごしたい休日もあっただろうし、姉だって父と遊びたいときがあっただろうに。

 その話はさておくとして――そうして、たちまちのうちにノアは霊符決闘ヴァンキッシュでの戦い方に習熟したのである。

 一年も経つ頃には、ノアは既に父どころか、村のほとんどの大人を相手に勝ち越せるだけの実力を手にしていた。


 ノアが齢12を数えた頃、ようやく村の同年代の子供たちが霊符カードに触り始めた。

 霊符決闘ヴァンキッシュは男女問わず多くのプレイヤーを抱える盤上遊戯だ。問われるのは札の構築と盤上での思考力でありフィジカル的な優劣がないことから、体力で劣る女子や子供でも戦いに参加できるとして女性でも霊符決闘士ヴァンキッシャーを志す者は多い。王国騎士の中には、女性の霊符決闘者ヴァンキッシャーも数多く列席していることもその証拠といえよう。しかし、だからと言ってこの世界においてもっとも名誉のある戦士である霊符決闘士ヴァンキッシャーに憧れる男たちも少ないわけではない。そもそも、こうした遊戯ゲームに熱を上げるのは男子の習性でもあるのだ。ノアの村の子供たちもそうした夢を見る年頃になるのと同時に、こぞって霊符決闘ヴァンキッシュに手を出し始めたのであった。

 ノアはこれを大いに喜び、そして片っ端から霊符決闘ヴァンキッシュを仕掛けた。

 それがどのような顛末を辿ったかは、語るまでもないだろう。

 ただ率直に結果だけを述べれば――村の子供たちの七割は、半年のうちに霊符決闘士ヴァンキッシャーの夢を手放し、残る三割はノアを師匠だとか親分だとか大将だとか、そうした大層な名前で呼ぶようになった、ということである。


 ノアの人生に大きな転機が訪れたのは、彼女が14歳を迎えた年のことである。

「暫し、この村へ我々が滞在することをおゆるしいただきたい」

 王国騎士クローダス・リフダー男爵を中心とした王国騎士団が、国境付近の視察のために村を訪れたのだ。

 ――王国騎士。

 それは武勇に優れた一流の戦士であると同時に、この国においては同時に紛争解決手段である霊符決闘ヴァンキッシュを修めた凄腕の霊符決闘士ヴァンキッシャーである。

 無論、その実力は折り紙付きだ。村の少年たちなど歯牙にもかけぬどころか、この村でいちばん強い大人であっても容易く打ち負かされてしまうだろう。

 当然、ノアは目を輝かせた。

 ノアは霊符決闘ヴァンキッシュに打ち込むようになって以来、戦いに飢えていたのである。

 それも――ひりつくような緊張感の中で、相手と互いに喉元へ刃を突きつけ合うような、熱く鋭い死闘を欲していたのだ。

 既に村の人間のほとんどはノアの相手にならなかった。

 であれば、村の外から訪れた彼らはどれほどの霊符決闘士ヴァンキッシャーなのだろう。


 見てみたい。触れてみたい。感じてみたい。

 一流の騎士を相手にして行う、本物の霊符決闘ヴァンキッシュを!!


 ――焦がれるようなその衝動を自らの胸の奥に感じたとき。

 ノア・バーシュダンは既に行動へと移っていた。



 ―アイキャッチ―

(キメ顔でカードを掲げる幼少期のノアと、明らかに疲労困憊したノアの父のイラストが入る)


 ―CM―


「さあ! 熱いバトルのはじまりですわよ!」

(画面に映し出されるカードパックのパッケージイラスト)

(背景を流れてゆく収録カードのイラスト)

「王道を貫く硬派なゲームシステム! 美麗なカードイラスト! そしてこのわたくし、クラウディア・リフダーという絶世の美少女がカンバンを務める最強のTCGが、この夏遂に登場ですわッ!」

(派手なエフェクトとともに画面に映し出される『太陽神竜ソラリス』や『祝福セイクリッド騎士姫プリンセスナイトアルテミア』のカード)

「Box初回封入特典はなんと! このわたくしと……なんですって!? ノア・バーシュダンんんん~ッ!? 許せません!!許せませんわよ~ッ!?」

(第一弾発売記念キャンペーン! 特別プロモーションカード『クラウディア・リフダー』と『ノア・バーシュダン』を同時収録!)

「お、おのれノア・バーシュダンんんんん~ッ!!! こうなったら、わたくしのデッキで身の程を思い知らせてくれますわ!」

「TCG『Vanquish!』第一弾ブースターパック! 『太陽ソラリスの覚醒』! 好評発売中、ですわよっ!」

「ダブルスターターデッキ・『太陽アポロニアスアルテミア輪舞ロンド』もよろしくね~っ」

「ノア・バーシュダンんんん~~~っ!!!!」


 ―CM終了/Bパートへ続く―


 その晩、クローダス・リフダー男爵はこの国境地帯の視察任務についての報告書と、家族への手紙をしたためているところであった。

 元々クローダス卿に任された今回の視察は、数ヶ月前から隣国で不穏な動きが見られる、という諜報部からの情報を受けて命じられた任務である。隣国から派遣された諜報員がこの国境地帯に潜んでいる可能性はじゅうぶんに考えられる、というのが上層部の見解だ。

 しかし、今回の視察ではこの近辺の区域においてはそうと思しき存在は――現時点においては、確認できていない。これを『異常なし』と捉えるべきか、『成果なし』と捉えるべきか。クローダス卿は、眉根にしわを寄せながら短く唸った。

「かと言って、楽観もできないだろうね」

 ここで敵の姿を確認できなかったからと言って気を緩めてしまえば、油断したところに横合いから鬼札を切られかねないだろう。場合によっては、隣国からの侵略霊符決闘ヴァンキッシュに備えて騎士団から霊符決闘士ヴァンキッシャーを常駐させておく必要さえあるかもしれない。

「……しかし、反発も出るだろうな」

 ――だが、人を置くにしてもそれなりの手間がかかる。配置する者の選定、上層部への予算の申請。それに伴う書類作成業務と各所への伝達と――。いずれも厄介な仕事だ。特に今回は『異常なし』と報告せざるを得ない以上、上層部は予算と人員を割くことを渋るだろう。

 クローダス卿は既に頭痛がする思いであった。

 深い溜息と共に身体を伸ばし、首周りをかるく回して簡素なストレッチをする――そうしたとき、机の端に広げていたままだった、妻と娘への手紙が書きかけだったことを思い出した。

 そうだ。早くこちらを片付けて手紙を書いてやらなくては。

 少しばかり悩んだ末に、『引き続き定期的な視察と調査が必要と思われる』と報告書を結び、クローダス卿はペンを置いた。


「たのもう!」


 ――夜の静寂を裂いて、飛び切り威勢のいい声が騎士団の滞在する宿に飛び込んできたのは、まさにそのときである。

「なんですか、お嬢さん」

「はい! わたしはノアです。ノア・バーシュダンです!」

 そう――ノア・バーシュダンである。

 ノアは強い霊符決闘士ヴァンキッシャーである騎士たちとの戦いを求めて、家族が寝静まった頃を見計らって家を抜け出してきたのだ。

「ええと……どんな御用です? 我々の手が必要な事件ですか?」

 突然の闖入者に、守衛役を担当していた騎士が困惑する――が、彼は職務に忠実であった。ひょっとして、何か重大な事件が起こり、助けを求めてこんな夜中にたった一人で騎士団を頼って訪れたのかもしれない。

 民を守るのは騎士の務めだ。そのように事態を捉え納得を得た騎士の青年は、努めてやわらかい物腰でノアへと尋ねる。

「事件ではありませんが……騎士のみなさまの手は必要です!」

 胸を張って返すノア。その様子に、騎士の青年が再び尋ねる。

「では、そういった用事で――」

「はい! 私は騎士の皆様に挑戦するためにきました!! この霊符カードで!」

「えっ」

 予想を大きく外したノアの回答に、青年は更に困惑を深めた。

「どうした?」

「……子供じゃないか。迷子か?」

 このあたりで、騒ぎを聞きつけた他の騎士たちが集まり始めた。

 ノアの姿を見た騎士団の男たちは、口々に帰宅を促す。

「すぐに帰りなさい。家はどちらですか? 送りましょう」

「お父さんやお母さんが心配してますよ」

「いいえ、帰りません!! 

 しかし、ノアは意気軒高に声を張り上げながら騎士たちに主張した。

 わたしは、この機会を逃すわけにはいかないのだ。この村で暮らし続ける以上、つよい霊符決闘士ヴァンキッシャーと戦える機会はきわめて希少なのである!

 ――騎士たちからすれば一笑に付すような子供じみた願いであったが、本人にとってはこれ以上ない深刻な問題であった。

「とにかく! 騎士団のかたがわたしと霊符決闘ヴァンキッシュしてくださるまで、わたしはここを退くつもりはありませんよっ!」

 ノアは既に意地になっていた。

 そして騎士たちはほとほと困り果てていた。

 民を護ることが勤めである騎士たちにとって、辺境の村娘のたかが一人であっても護るべき民の一人であり、手荒な真似をするわけにもいかない。かと言って、この様子では説得は難しい。

「誰か、この子の家まで行ってご両親を呼んでこれませんか?」

「たしか山羊飼いがそんな名前でしたね」

「あっ!! 父と母には! 父と母にはご内密に!! ご内密に!!」

「内密にと言われても」

「そういうわけにはいかないでしょう」

「ねえ……」

「……何事かな?」

 ここでようやく、クローダス・リフダー男爵が現場へと顔を出した。

「クローダス卿。実は少々困ったことになっていまして……」

「あっ! 貴方様がいちばんえらい騎士の方ですね!!」

 現れた上位騎士の姿に騎士たちが畏まり、その様子を目敏く察知したノアは訴えの矛先を変えることにした。

「状況を説明してくれるかな」

「はい、彼女が――」

「ノア・バーシュダンと申します、騎士様。このような夜分に申し訳ございません」

 説明しようと口を開いた騎士の言葉を遮り、ノアはぐいと前に出た。

「騎士のみなさまに、わたしからの挑戦を受けていただきたく伺いました。霊符決闘ヴァンキッシュで!」

霊符決闘ヴァンキッシュで」

 クローダスは目を瞬かせた。

「はい! 実は何を隠そう、わたしはこの村でいちばんつよい霊符決闘士ヴァンキッシャーなのです。大人も子供も、はっきり言ってわたしに勝てる霊符決闘士ヴァンキッシャーはいないでしょう」

「なるほどわかった。村の人間ではもう相手にならないから、我々に目をつけたということだね」

「そういうことになります」

 神妙な顔でノアは頷いた。

「いいでしょう。君が満足するというなら、相手をしてあげます」

「なんと!?」

「……よいのですか、クローダス卿」

 思いがけない承諾の返答に、騎士たちが一様にぎょっとして声をあげる。

「ほんとですか!! やったーー!」

 その一方、ノアは快哉を叫んだ。

「しかし、条件があります」

 だが、ここでクローダスはノアを制して口を閉じさせる。

「今日はもう遅いので帰ること。帰ったらご両親にちゃんと叱ってもらうこと。それから、もう二度とご両親のゆるしなく夜中に出歩いたりしないと約束すること。それができるなら、明後日の正午にまたここに来なさい。このクローダス・リフダーが君の対戦相手になりましょう」

「うっ……! わ、わかりました……。そ、そうしたら本当に戦ってくれるんですね!?」

「誇りにかけて」

 クローダスはノアへと微笑みかけた。

「……では、今日はこれで帰りなさい。オークリー、たしか手が空いていたね。彼女を家まで送って差し上げて」

「承知しました。……さ、行きましょう」

 クローダスの指示を受けて進み出た騎士の一人が、ノアへと移動を促す。

「はい、わかりました! ……ありがとうございます、リフダーさん! たのしみにしていますね!」

 促されたノアは今日一番のにこにこ笑顔で騎士たちへと手を振り、騎士オークリーに送られながら家路についたのであった。

「よかったんですか、クローダス様」

「ああでも言わないと帰らないよ、あのテの子は。うちの娘もそうでね」

「実際、勝負はされるおつもりですか? 方便ではなく」

「誇りにかけてと言ってしまった以上、反故にするわけにもいくまい。……それに、私も少々気晴らしが欲しかったからね」

「……あれが隣国の、なんてことはありませんよね」

「それはないだろう。素直すぎる」

 かくして。

 ここに王国騎士クローダス・リフダーと村の娘ノア・バーシュダンの霊符決闘ヴァンキッシュの約束が交わされたのであった。


 余談であるが――帰宅後、送りの騎士と共に両親へと顛末を説明したノアは、おおいに絞られたのだという。



〜次回予告〜


「では、始めよう。決闘領域フィールド展開オン!」

決闘領域フィールド展開オン!」


 念願であった凄腕プロ霊符決闘士ヴァンキッシャーとの戦いの時を迎えたノア、その胸に滾る熱情をクローダスへと叩きつける。


「いっけえ! 天照竜アポロニアスっ!」

「ほう……なかなかやるじゃないか!」


 翔けるノアの切り札は必殺の天照竜アポロニアス!

 ノアの激しい猛攻が王国騎士クローダスに襲いかかる!


「……ならば、非礼を詫びよう。そしてここからが、私の本気だ!」


 戦いの最中、クローダスは遂に真の切り札を放つ!

 果たして、戦いはどのような決着を迎えるのか。


 次回、『クローダス・リフダー』


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