第39話 初めての仕事/初めての喧嘩

 ミニマムゴーレムの箱詰め作業。

 中華料理店の鍋洗い。

 ペットの散歩。


 その三つがキャンディータフトから斡旋された仕事だった。


「サアサ、ドンドン箱詰メ、ドンドン出荷ヨー」


 ウエストダンプ露店団地の一角、朝方の雑踏する街角にその店はあった。

 本日一つ目の仕事場に到着した独古は思わず唖然と店を見渡した。

 厳ついスキンヘッドの男が店主という、ミニマムゴーレム専門店。店頭のラックに、壁際のショーケースに、いたる所に色とりどりの掌サイズのゴーレムが飾られている。

 店主はそれそれは幸福そうな表情のまま己の手を揉みつつ、己とエリザベスに状況を説明をした。


「コノ前ノ選抜試験ノ様子ガ全エリア放送サレタオカゲデ、今、“ゴーレム“ガ空前ノ大ブームヨー。財布はパンパン、懐ホクホク。君達ニハ感謝シカナイネー」

「……あれ、全エリアに中継されていたんですか」


 まさか見世物にされていたとは。聞けば、エイドリアンはラナンキュラステレビ局を通して選抜試験の様子をゴールドラッシュ中に配信していたのだと言う。しかも、放送の合間に自分のエリアの商店のCMも挟んでいたのだと言う。

 独古は思わず顔を引きつらせた。脳裏に、今回の大成功にほくそ笑むエイドリアンの姿が浮かぶ。

 流石は商人の街を率いるボスである。転んでもただでは起きぬ商人根性であった。

店主がニコニコと壁の一角を指す。そこには段ボールにギッシリと詰め込まれたミニマムゴーレムと壁の隅に置かれたギフト用のボックスを指し示す。


「君達ノ仕事ハコノ“ミニマムゴーレム”ノ箱詰メ作業ヨ。ゴーレムトハ言エ、ペット用ダカラ実ハ脆イノヨ。蝶ヨリモ花ヨリモ丁寧ニ扱ッテネー」


 そういうと店主は客引きの為、店の前へと戻っていった。

 その背を見送る。独古は商品を手にとって観察してみた。手乗り文鳥ならぬ、手乗りゴーレム。悪夢でしかないあのゴーレムがまさか愛玩商品として出回っているとは。じっと見つめていれば、手に乗っていたゴーレムがお辞儀をした。「あ、これはどうも」と独古もお辞儀を返す。

 ……一定の知能も搭載されている。

 試験を思い出す仕草に、ますます何とも言えない歯痒い気持ちに襲われる独古であった。

 

「これ地味ねー。キャンディータフトの事だから、もっと嫌味な仕事をぶつけてくるかと思ったわ」

「今の僕らじゃ話をいただけるだけありがたいですよ」

 

 独古は黙々と箱詰めを行いながら、口を尖らせるエリザベスに叱咤する。

知名度を上げる所から己たちは初めて行かねばならない、今は仕事があるだけでもありがたい状態であった。不満など零せる状況ではないのだ。

 ふとそこで、独古は脳裏に浮かんだ疑問をエリザベスに問いかけた。


「そう言えば、エリザベスさんって何でそんなにキャンディータフトさんに対して険悪な態度を取られているんですか?」


 そう、キャンディータフトとの関係についてであった。最初こそ聞かない方が良い理由があるのだろうと思い込み、質問を渋った。けれど、昨日のじゃれている様子を見ているとどうもそこまで深刻な溝があるわけには見えない。

 案の定、考えは当たっていた様で、エリザベスはあっさりと告白した。


「初めてあった時かしら? 私あいつに催眠術かけられてウエストダンプ露店団地の蜘蛛を取り扱う店に突撃させられたのよ。まじで今後も許してやらないんだから」

「え、トラウマ二つも持っているんですか?」

「違う、違う。素の才能よ。あいつ、自分の患者を洗脳させるために現実で催眠術を覚えたんですって」

「まじでヤブ医者じゃん」


 何をしているんだと、思わず額に手をついた。

 信じられない様な話だが、まあ、マインドコントロールと言う言葉が生まれるぐらいだから現実に催眠術があってもおかしくは無い。現実的に習得していてもあり得なくない話ではあった。


(あの人、現実でどんな生活をしていたんだ……)


 もしや闇社会に生きる人間なのではないか。脳裏にマフィアと手を組み高らかにあの笑い声をあげるキャンディータフトの姿が浮かんだ。何処か道化染みた彼だから、 あながちあり得そうなのが笑えない所だった。


「アリガトネー、君達ノオカゲ様デ全部終ワッタネ」


 そうこう雑談をしている内に作業は完了を迎えていた。

 箱が出荷されていく様子をホクホクとした様子で見送った店主は、独古とエリザベスに茶封筒を差し出した。


「コレ、少ナイケド今日ノ報酬ネ」

「わああ!」

 

 喜びを嚙み締める様に、手の中の封筒を思わず握り占める。

 ゴールドラッシュに来て初めての報酬。初日は明日生きている姿も思い浮かべられなかった自分が遂に賃金を得る所まで来た。思わず口元が綻んだ。

 その時であった、隣からエリザベスが茶封筒を抜き取った。


(ああ、いけない。このお金はエリザベスさんの物でもあるんだから)


 うっかり自分一人で喜んでしまっていたが、これは二人の達成物だった。一人で先に喜んでしまうなんて、彼女に悪い事をしてしまった。

 謝ろうと口を開く。だが、それよりも早く、エリザベスが驚くような行動をした。


「お金なんて要らないわ。これ、返すわ」

「は?」

「オウ! ナンテ事ヨ!」


 彼女は店主に茶封筒を付き返したのだ。彼女は柔らかな笑みを浮かべ、店主の手に茶封筒を握らせる。その行動に、独古は疑問符が浮かぶばかり。


「え、エリザベスさん??何してるの??」

「何って、私たちの活動は人助け、慈善活動・・・・なんだからお金は返すに決まっているでしょ? もう、ドッコたら何を言っているのよ」

「はい!?」

「オーウ! ボランティアダッタネー!」


 聞いていない話である。

 突然の話に独古が目を白黒させている内にも、エリザベスは話をとんとん拍子に進めさせていく。あまりの勢いの早さに考えが追い付かない。


「店主さん、私たち青い鳥は困っている人の味方よ。慈善事業でお金なんて取らないわ。だから、このお金は貴方の大切な事の為に使ってちょうだい」

「オーウ、デモ、申シ訳ナイネ」

「いいのよ、そもそもこっちの人助けをしたいっていうエゴでやっている活動よ? むしろ、そこを疑わずにいてくれただけでもありがたいんだから。私たちだって万能じゃないし、出来る事は限られる、けれど、貴方が必要としてくれるなら、できうる限りのベストを尽くすわ。何かあったら、今度は金鹿亭まで頼りを頂戴、私たちまた絶対に来るから」

「ナンテ高潔ナ思想ネ、感動シタヨ! ソウ言ウノナラ、コノオ金ハ返却サセテ貰ウネ! 君モアリガトネー! 絶対ニ、マタ頼ムヨ!」

「え、あ、はい」


 感銘を受けた店主に手を握られて振られる。曖昧に頷いたが、未だに疑問符が頭上を飛び交っている。今もなお、独古は事態を飲み込めていないのだ。

 そうこうしているうちに、エリザベスが晴れ晴れとした表情で店を出ていくものだから、独古も頭を下げて彼女の後を追いかけて行った。


「ちょ、エリザベスさん。今のどういう事ですか!」

「何って、人助けなんだから無償に決まっているじゃない? もう、そんな怖い顔してどうしたのよ」

「無償なんて、そんな話、一言もしなかったじゃないですか!」

「ええ~? ちょっと、何か話が嚙み合ってなくない?」


 独古は戸惑いに揺れていた。そんな自分とは対照的に彼女は怪訝な顔をしてこちらを振り向く。

 

「ドッコ?」


 疑念が、論点が、ずれている。

 そう、嚙み合っていない

 雑踏の中、数歩先でエリザベスが振り向いた。周囲の人が彼女を避けて往来するため、なぜか、彼女のいる場所だけが時がゆっくり進んでいるように見えた。否、そこまで感情に波風を立てていない風に見えるから、その事が現実をこの様に見せているのだろう。


「ママさんに払う家賃はどうするんですか、そもそも、エリザベスさんの能力を安定させる為にもお金は必要でしょう?」


 自分の疑問に対して、彼女が眉間に皺を刻んだ。


「何を言っているのよ? だって、“人助け”でしょう? 人を助ける事に対価を貰うなんて冗談じゃないわ」


 さらりと呟かれた言葉通りであった。

 そもそも、共に仕事をしようと発起したが、自分はエリザベスと青い鳥の仕事をどうやっていくのか決め切っていない。

 認識の相違など生まれて当たり前だ。

 無償の奉仕活動とギブアンドテイク、己と彼女の奏で、見据えている”仕事の姿”が違うのだから。


「ドッコ、ちょっと、本当に放心してどうしたのよ」

「どうやって稼ぐつもりなんですか」


 お金を抱かないというならば、彼女は自分自身と己をこれからどうやって守っていくつもりだったのだろうか。

 何を当たり前の事を、とでも言わんばかりに彼女が顔を顰める。


「何って、誰か人助けに協力してくれる人から貰えばいいじゃない。こんだけ広い世の中よ?スポンサーの一人や二人、簡単に見つかるわよ! な~に辛気臭い顔してんのよ。怖いわよ、ドッコ」


 怖い、そういう顔をしているのだろう。けれど、そうかもしれないとも思った。


(軽すぎるだろう……)


 その答えを聞いて、己の胸に湧いたのは、悲しみと怒りだった。

 あまりにも物事を軽く考えていなさ過ぎると感じざるを得なかった。

 己が深く考えすぎなのだろうか。でも、自分たちがこれから始めるのは“事業”なのだ。

 でも、独古はそれをエリザベスに口に出せる立場では無い。


(思いつくべきだった……)


 独古は自分に対して悲しい気持ちに襲われた。年上と言う立場ゆえに、不出来な己への考えの至らなさと、その頭の悪さゆえに。己は紛れもなく、商業権を手に入れて完全に浮かれきっていたと言わざるを得ないだろう。


(始めるのであれば、もっと計画性を練って、下地を整えてから始めるべきじゃないか。なんでそんな単純な事も思いつかないんだよ。危機感が無さ過ぎるとかいうレベルじゃないだろう?)


 自分に対して吐き気がした。一人で責任を感じているなんて、おこがましい事だろう。でも、そう考えざるを得ない。だって、独古はそれを想像できる、社会人という経験があったのだから。年上で、大人だ。

 みっともなくても自分よがりでも、社会の厳しさを知っている以上、稼ぐことに対する相違を話さなければいけない立場であったのだから。


「ド、ドッコ……??」

 

 エリザベスの不安そうな声にはっとする。こんな所で自己否定の渦に囚われているわけにはいかない。

 負の感情を追い出す様に頭を振る。気分を入れ替え、独古は顔を上げた。


「エリザベスさん、これは勘違いしていた僕も悪かったです。だから、無償事業でやっていきたいという考えを否定した事を謝ります。そして、それをしたいというエリザベスの気持ちも汲み取ります。でも、今日の所は対価を受け取りましょう」

「な、なんでよ!?」

「今後の事を何も決めていないからです。事業をする以前に、僕らは生きて行かねばなりません。生きる為には労働をしなければなりません、働かねばお金は貰えません。誰かを助ける以前に、僕らは明日の僕らの生活を守るためにお金を手に入れなければならないんです」

「いやよ! 誰かを助ける事にお金を貰いたくない!」

「エリザベスさん」


 エリザベスが不満と傷ついた表情をする。

 彼女の過去を知っているからこそ、お金の話など出したくなかった。でも、致し方無いのだ。お腹を満たす為には金が要る。住居を借りるには金が要る。誰かに恩を変えそうと思ったら金が要る。自分を守れないものに、他人など守れない。ならば、やはり、金を稼ぐ手段はいるのだ。

 全身で拒否するエリザベス。なるべく刺激しないように声のトーンを抑えながら話を続ける。エリザベスは話を聞きたくないという様に首を横に振っている。


「何も全部に対してと言っていません。今日だけの話です」

「嫌よ! 一回限りでも絶対に嫌!」

「エリザベスさん生きるって、そんなに簡単な事じゃないんです」

「人を助ける為にお金を貰うくらいなら、餓死した方がマシよ! 明日の生活なんて要らないわ!」

「エリザベスさん、簡単な話じゃないんです……」

「馬鹿ドッコ! 嫌って言っているじゃない!」

「エリザベスさん!!」


 感情の高ぶりに引きずられ思わず怒鳴ってしまえばエリザベスがびくりと肩を跳ねさせた。独古はやってしまったと思った。だが、後悔しても遅い。

 往来を行きかっていた人々が二人の殺伐とした様子に関心を寄せ始める。

 エリザベスは独古に怒鳴られると思っていなかったのか、先程までの怒りの火が消えていた。目尻に涙を浮かべ、怯える様に肩を震わせている。


「……何よ、私、間違った事を言った? それとも、私の思っている事って、間違っているっているの……?」

「違います、エリザベスさん、そういうわけじゃないんです」

「……分かんない、分かんない、分かんない!! ……ばか、ばか、ばか、ドッコの馬鹿!!」

「エリザベスさん!」

 

 癇癪を爆発させた彼女はそう言うと走りだす。独古も焦って彼女を追いかけた。

 やらかした。

 そう思っても、後の祭りだった。

 

 

 

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