第三章:電気の街に狼煙は上がる

第38話 青い鳥

 日向ぼっこでもしたくなるような、陽射しの美しい天気であった。

 昼時の金鹿亭、日に照らされる扉には珍しく“本日貸し切りのため休業”という貼り紙がされていた。


「さあさ!歌え、祝え、飲み明かせー!」


 店の中では、どんちゃん騒ぎが繰り広げられている。

 チキンダックや大盛りのシーザーサラダがテーブルに並び、何時もなら働いているメンバーが珍しく昼間から酒盛りをしていた。

 独古はその様子をカウンター席の方から眺めていた。

 男たちが肩を組んでグラスを交わし合い、エリザベスもまたその輪に入って豪快に飲み比べをしていた。


「ちびちび一人で飲んでないで、お前もあの輪に入ればいいのに。お前だって主役の片割れだろう?」


 隣でスツールに座る君影が、独古に対してため息をついた。己の交友関係を憂慮したが為のそれに、ごめんと謝る。


「親密になりたくないわけじゃないよ、ただ、流石にあの輪に入ったら酔い潰されるだろう? 流石に今日の主役が両方とも潰れるのはまずいじゃないか」

「後始末だの司会進行はそのポジションの奴に任せればいいんだ。主役になれる機会なんて滅多にないんだぞ? だからお前は生真面目すぎるんだ。ここは飲みの場なんだ、しかも祝いの席だ。今日ぐらい責任なんぞほっぽりだして、気楽に楽しめばいいのに」

「ははは、でもここでも十分に楽しいよ?」


 それは本心だ。酒の力もあってか、見ているだけで己もまた非常に楽しい気持ちに満たされていた。折り合いのつかない君影は、不満げな表情だ。それに謝罪をしながら己もまたホールの方へと目を向けた。

 今日は、選抜試験を通った己とエリザベスの合格、そして、己たちの何でも屋の開業を祝う、祝いの会であった。


「さささ! ここで、我らが金鹿亭のウェイターのビンカ君から祝辞のお言葉がございます!」


 司会進行役からの言葉に、やかましいぐらいの拍手を受けつつビンカが立ち上がる。

 涙ぐんで祝辞の紙を広げる彼もまた立派に酔っていた。

 

「ええー、僭越ながら祝辞の言葉をお送りさせていただきます。まず、エリザベスちゃん、合格おめでとう。君がこの店に来た頃から知る俺としては、君が商業権を得て、夢を叶える日を迎えたと言う事実に時の流れの早さを感じざるを得ません。……ぐすっ。君が立派に成長した姿が嬉しくてこの通りです。君が立派に育ってくれて良かった。これからも俺は、いや、俺たちは君の事を応援していくからいつでも頼ってほしい。これからの君の旅路に幸福が訪れますように。俺からの言葉は以上です」

「おいビンカ! エリザベスばっかりじゃねえか!? ドッコにも祝いの言葉はねえ」

「おめでとうどっこくん、よかったね。おわり」

「棒読みなんですが!? というかビンカさん、それは流石にあんまりなんですが!?」

「うるせえ! 野郎に祝いの言葉なんぞ送って何になるんだよ! ていうかドッコ、俺はお前がエリザベスちゃんとツーマンセルを組んだ事をまだ許してないからな! お前なんぞ、本当は捻り潰し、燃やし尽くし、灰にして此の世から消してしまいたいところなんだ! 祝いの席に座らせてやっただけでもありがたく思え!」

「「「ひどい! ひどい!」」」

「コールするな!」

 

 外野からの野次にビンカがくわっと怒りの表情を向ける。流石はエリザベス強火担である。彼は未だに嫉妬の火を燃やしているようであった。

 ママがわざとらしく咳をする。場を切り替えろという指示にビンカが渋々グラスを掲げる。


「ええー、では、改めまして。エリザベスちゃんとついでにドッコの合格、そして、何でも屋“青い鳥”の開業を祝しまして乾杯の音頭を取り仕切らせていただきます。……お前ら!今日は飲んで騒いで祝いまくってやれ! かんぱーい!!」

「「「かんぱーい!!」」」


 ジョッキがぶつかり合う音が響き渡る。店内がさらに騒がしくなった。

 ビールで口を濡らしながら、心地よい楽しさに浸る。


(そう言えば、こんな風に祝ってもらうのは初めてかもしれない)


 会社でも入社時に祝いの席を設けて貰った事はあったが、粛々と行われた印象が強い。ましてや、誕生日の席なども家族内で細々と行われた記憶しかない。こんな風に 祝われるのは初めてかもしれないと考えた。そう思うとなんだか気恥ずかしい心地になった。


「いえーいドッコ! お酒飲んでる~??」


 エリザベスが満面の笑みで輪を抜けて来た彼女は、君影が座っているスツールに遠慮なく座った。偶然にも出来上がった君影が女の子を膝に乗せる(正確には、透けているため膝を貫通しているのだが)光景に、ビールを吹きかける。

 ちなみに余談だが、堅物である君影に恋人の影があった事は無い。

 この為、独古は彼が女の子を膝に乗せる(正確には、透けているため膝を貫通しているのだが)光景を見たのは始めてであった。

 この君影は自分にしか見えない存在だから彼女の行動は仕方のない事なのだが、それでも、己の親友の滅多に見ない光景だった。驚きが次第に面白さに代わり、馬鹿みたいに笑ってしまうくらいに珍妙な光景であった。

 状況が面白くない君影は、スツールから下り、己にヘッドロックをかけてくる。まあそれも、彼は透けている為、意味が無いのだが。


「あはははは! ひー、お腹痛い!」

「独古お前、現実に戻ったら覚えとけよ?? 絶対に現実の俺にその話しろよ?? しばき倒してやるから」

「しょうがないじゃないか、だって滅多に見ない光景なんだもん。笑うに決まっているよ」

「ドッコ、ドッコ、何一人で笑ってるのよー! 面白くないー!」

「ご、ごめんエリザベスさん!」

「ひっひっひー、エリザベスの言う通りだよ、少年。せっかく君を祝う席なんだから、一人で楽しんでないでみんなで楽しむべきだ。例えば、君のその体験を周りに話したりしてね」

「す、すみません。以後気を付けます」


 今日が何の会だったかを思い出す。気が回っていなかった。二人に申し訳なさが募り、頭を下げた。


(んん?? 二人?)


 はたと今の声は誰のものだと頭を捻る。このカウンターには己とエリザベスと君影しかいなかったはずであるが。疑問の解消のために隣を見て、そこに居た人物に驚く。


「キャ、キャンディータフトさん!?」

「なんだい少年。せっかく祝いに来てやったというのにそういう顔をされると悲しいぞ?」


 そこにはジョッキを片手にスツールに座っているキャンディータフトが居た。

 その姿に気付いたエリザベスが「げえ」と忌々しそうな言葉を吐く。だがキャンディータフトは慣れているのか受け流す。彼は優雅に足を組むと、真実の館で見せた胡散臭い笑みをこちらに向けた。


「やあ少年、そしてエリザベス。この僕がお祝いに来てやったぞ?」

「帰れ帰れ! お呼びでないわ!」

「酷いなあエリザベス」

「び、びっくりしました。いったい何処で今日の事を知ったんですか」


 衝撃から戻り、キャンディータフトに疑問を投げかける。今日の祝いの席は内々の物だったからだ。


「ひっひっひー、ビンカ君経由だよ」

「ビンカさん?」

「そうさ、君たちにぜひとも祝いの品を贈りたいと言ってきてねえ」


 彼の口から出てきた人物に驚けば、彼は肯定して懐から三枚の紙を取り出した。


「君たちに向けに依頼を持ってきたよ。仕事、まだ何も舞い込んでないんだろう?」


 予想にしていなかった祝いの品に驚く。思わず、エリザベスと二人、目を見開いた。

 選抜試験に合格したのが五日前。

 エイドリアンの元へ開業申請を出したのが四日前。

 そして開業許可の通知が届いたのが昨日の事だった。

 人助けという目的のため、エリザベスと決めた生業が便利屋サービスであった。

 何でも屋“青い鳥”それが店の名前だった。


「確かに、そうです」


 キャンディータフトの言葉に頷く。

 金鹿亭を間借りする形で開業はしたものの、出来立てほやほやのサービスに信頼も実績もあるはずも無く、彼の言う通り依頼は一つも持っていない状況に合った。

 受け取った依頼の紙をエリザベスと見つめてしまう。始めての依頼。感慨深くて胸が一杯になる。

 二人して胸を打たれている様子に、キャンディータフトが楽しそうに酒を煽った。


「ひっひっひー。僕はただ斡旋しただけさ、お礼なら僕に依頼を持ちかけたビンカに言いなよ?」

「当然に決まってるわ! ビンカ、最高のプレゼントだわ! 大好きー!!」

「エエエエ、エリザベスちゃあん!?」


 嬉しさを伝えるためにエリザベスが給仕をしているビンカに対して依頼書を振りながら叫ぶ。言われた当の本人は、エリザベスの名を叫びながら固まった。好意を寄せる女性からの唐突な大好きと言う言葉に、顔を真っ赤にして困惑している。

 言った本人は酔っていて状況が理解しきれていない様だった。

 これには流石にビンカに対して同情せざるを得ない。


「そうと決まればこうしちゃあ入れないわ!」


 ジョッキの中身を飲み干したグラスをカウンターに叩きつけ、エリザベスが自分の腕を取って立ち上がる。


「エ、エリザベスさん??」

「行くわよドッコ、依頼者たちが私たちを待っているわ!」

「ちょ、依頼内容もまだちゃんと確認していないし、値段設定とか依頼主と話してないし、そもそもこれ、明日の依頼」

「ぶつくさうるさーい! 善は急げ! レッツゴー、ゴー、ゴーなのだわー!!」

「話を聞いてよ!?」


 酔っ払っているエリザベスには、もう依頼の事しか見えていない。制止も振り切り、彼女は自分を引っ張って店の外へ行こうとする。

 悲しいかな、それを笑う外野はいれど、止める外野はいなかった。

 そこには未来への希望が満ち満ちていた。

 こうして、ささやかながら二人の夢は始まったのだった。



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