第36話 終幕と門出(2022/01/26 改稿)


 夕暮れの陽射しが団地を朱色に染め上げている。露店の端には合格祝いの商品が並び、街のあちこちで商業権獲得者への祝福の言葉が飛んでいた。

祭りの後の穏やかな余韻が、街を満たしていた。

 独古は金鹿亭へ帰る為、街道を歩いていた。隣に並ぶエリザベスは、踊り出しそうな足取りで歩いている。合格した事がよほど嬉しいのだろう。


(そうだ、僕たちは合格したんだ)


 独古は己の右手を掲げた。

 右手の甲には、薄紅のタトゥーが彫り込まれている。ウエストダンプ露店団地を模したイラストは、まごう事無きスクラップホールの商業権獲得の証だ。


(獲得できるとは、思っていなかったな……)


 試験前、合格すると口にしたが、内心のでは己が勝ち残る可能性を信じきれていなかった。だからこそ今、獲得できた事実に感慨深い気持ちが沸き上がる。

 ボーッと手の甲を眺めていれば、突然、背中に重みが加わった。転ばないように、よろけた足で何とか踏ん張る。


「ボッサ髪ちゃ~ん!」


 被さる様に抱き着いてきたのはノアだ。肩越しに独古の顔を覗き込み、彼は頬を膨らましている。


「エイドリアンに怒られる俺たちを置いて帰るなんて酷いよ~! 裏切り者~!」

「兄さん、急に抱き着くのは人様に迷惑がかかると何度も言っているだろう」


 引っぺがされたノアがワイアットを非難する。当のワイアットはどこ吹く風と言わんばかりに涼しい表情だ。


「兄さんがすまなかったな。重たかっただろう」

「い、いえ!大丈夫ですよ」


 ワイアットが律義にも頭を下げてくる。あの猟奇的な一面を知っているからこそ、そのギャップに驚かざるを得ない。子供っぽい長男としっかり者の次男、何処にでもいそうな、ありふれた姿がそこにあった。


「それにしても、どうして追ってきたの? 試験が終わった以上、私たちに様なんてないでしょうに」


 そう言って、エリザベスが眉を顰めた。確かにそれは疑問だった。

 タトゥーの彫りこみの完了と共に、選抜試験は終了となった。紛れ込んでいた事を原因として、エイドリアンに非難を浴びせられていたノアとワイアットを除き、受験生たちはそこで解散となった。

 共に戦い抜いた、アイン、ツヴァイ、そしてドライともそこでお別れだ。惜しむように別れの言葉を告げ合い、抱きしめ、これまでの戦いぶりを健闘しあい、各々帰路についたのだった。

 エリザベスの疑問にノアが答える。


「お別れと再会を望む言葉を言えていなかったからさ」


 まさか、彼が別れを告げに来ると思っていなかった独古は目を丸くした。それを見てノアは真に遺憾だと言わんばかりに肩を竦めた。


「心外だなあ。そんなに薄情者に見える? 俺、これでも情に熱い方だよ?」

「自分が犯した所業を振り返りなさいよ」

「まあ、確かに言えてる」


 自分の行動を振り返ってたのか彼は少し笑い、改めて独古とエリザベスに向き合った。


「改めまして、今回は一緒に遊んでくれてありがとう。ボサ髪君たちに会えて良かったよ」

「お礼を言うのは僕たちの方です。ゴーレムの間で危機から救って頂いた事、頂上まで強力頂いた事、どれも感謝しています。貴方たちの力が無かったら、僕らは合格できなかった。……出会い頭に襲われた事は許していませんが」

「あはは! そこは嘘でも許したって言ってくれれば良いのに!」

「本音は本音ですから」

「そうよ、あんた達のせいで傷ついた人が大勢いるんだからね」


 腹を立てるエリザベスを見て、痛快だと言わんばかりにノアが笑う。


「あはは!でも、悪いとは一切思っていないよ。俺たちは戦う者。戦いの中の愉楽に心底魅了された者だから。それを味わえる為なら何だってするし、何にだって協力する。そう、君たちにもね!」

「僕たち?」

「そうさ! 拳闘士であると共に、俺たちは傭兵でもあるからね」


 ノアが左腕のタトゥーを見せつける。


「武力をお求めの際は威会の喧嘩屋兄弟までお求めを!お友達割引で、お安く相手を血祭りにあげてあげる!」


 ノアが駆け出し、その背をワイアットがゆったりとした足取りで追う。夕日を背にノアが自分たちへ大きく手を振った


「今回は楽しかったよ!また遊ぼうね、ボサ髪ちゃん、ツインテちゃん! それじゃあ、またね!」

「お前たちのゴールドラッシュの日々に幸運を。野垂れ死なない様に、せいぜい足掻くんだな」


 別れを告げ、彼らは去って行った。街道の景色に消えゆく彼らを見送る。

 出会いは散々であった、けれど、全てが悪い人物では無かった。

 彼らに助けられたのは事実だ。この先、また会える機会があるのかは分からない。けれど、その時は敵じゃなく味方として巡り会いたいものだった。


(そう、この先の事……)


 独古はこの先の事を頭に思い浮かべる。

 昨日ママに問われた時は、これから何をしたら良いのか、自分のやりたい事など思い浮かべる事は出来なかった。

 しかし、選別試験を終えて、独古の中にはやりたい事が一つ芽生えた。それは、エリザベスとでなければ出来ない事だ。

 横目にエリザベスの様子を伺い見る。彼女は上機嫌であった。今でなら、話を切り出しても大丈夫そうだ。

 呼吸を整え、勢いよく顔を上げる。


「あの、エリザべスさん!」

「ねえ、ドッコ!」


 話しかけるタイミングが偶然にも重なった。


「先に話して良いわよドッコ」

「いやいや、エリザベスさんからどうぞ」

「レディーが良いって言っているんだからあんたから話しなさいよ」


 互いに順番を譲り合う。やがて押し負けた独古が先になった。

 緊張に跳ねる心臓を抑える様に呼吸を吐く。今からする話に彼女はどのような顔を見せるだろうか。喜ぶだろうか、迷惑な顔をするだろうか。

 喜んでくれればとても嬉しい。

 決心をして、独古は己の願いを告げた。


「どうか、貴方の人助けの仕事を一緒にさせていただけませんか!」


 この試験を越えて、独古の心には彼女と働きたいという願いが育っていた。

 独古は誰かに助けられてばかりの人生を送ってきた。選別試験では受験生の人々に、夢の世界に来たときはエリザベスに、そして、現実世界では三越と君影に、助けられてきた。

 誰かを妬んで羨んで失敗ばかりの自分だけれど。

 忘れっぽくて、ミスばっかりの駄目な奴だけど。

 差し伸べられた暖かさを忘れた事は決してない。


「僕は基本、ミスばっかりで、自分本位の弱い男です。誰かに助けられてばかりの情けない男です。でも、だからこそ、差し伸べられた掌を、救いの手の暖かさを知っている。僕はこの恩を返したい。今度は僕が誰かの些細な力になりたい」


 エリザベスを、金鹿亭の人々を、そして、これから出会う人々の力になりたい。

 今度は独古が誰かを助ける番だ。


「一緒に誰かを助ける仕事をさせていただけませんか?」


緊張で頬が好調している。

 彼女はどう思っているのだろうか。断られる可能性を想い描いてしまうと思わず、苦しくなる。独古はそっと、伺う様にエリザベスの方を見た。

 だが、独古の心配は杞憂であった。そこに居た彼女は、嬉しそうに微笑んでいる。それでいて、込みあげる感情に耐え切れないと言わんげに、瞳に涙を滲ませていた。

彼女は違うと首を横に振る。


「私を信じて隣に居てくれた事がどれだけ嬉しかったか。こんな自分勝手な私を、貴方は優しい人だと言ってくれた。信じてくれた、助けに来てくれた。嬉しかった。ドッコ、助けられたのは私の方なの。救われたのは私の方なのよ」


 目尻の涙を掬い、彼女は真っ直ぐに視線を独古に向ける。キラキラと彼女の瞳は輝いていた。希望に満ち溢れていた。


「貴方と一緒に仕事をしたい。私は貴方と一緒に働きたいわ!ええ、やりましょう!二人で、人助けの仕事!」

「エリザベスさん……!」


 彼女に認められ、嬉しさで胸が張り裂けそうだった。

 嬉しさで破顔すれば、それを見たエリザベスが楽しそうに笑った。つられて独古も笑う。街道の往来で、二人で馬鹿みたいに笑った。嬉しさでどうにかなりそうだった。


「さあ、そうと決まったら早く金鹿亭の皆に報告しなくちゃ!」


 彼女が浮かんだ涙を掬いながらそう言う。独古はその提案に頷いた。


「こうしちゃいられないわ! 早く帰るわよ、ドッコ!」

「ええ、そうですね。帰りましょう、金鹿亭へ!」


 独古に向かって腕が差し伸べられる。独古はその手を取り握り返す。

 あの初日の様に、二人で街を走る。


 この先何が待ち受けているのだろう。

 けれど不思議と不安は無かった。

 二人一緒なら、きっと何処までも行ける。何だってきっとやれる気がした。

 夕暮れの街道を、輝かしい未来を目指し、二人は金鹿亭へと駆け抜けていった。


第1章 終

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