第35話 スクラップホール選抜試験⑩(2022/01/26 改稿)


 青い空が夕暮れへと移り変わろうとしている。

 迷宮と化したビルの頂上、そこにエイドリアンと部下の姿があった。

 椅子に座るエイドリアンは、映写機が宙に投影した映像を眺めている。


「五階層、地雷の間、受験生三名リタイアいたしました」

「八階層、クロスワードの間、四名リタイア」

「……」

 

 事務的に告げられる報告、それをエイドリアンは冷めた表情で聞いていた。終了時間まで残り七分、この時点で頂上に辿り着いた受験生は一人もいない。その事実が彼の熱を奪っていた。

 隣に控えていた柚木ゆずきがエイドリアンの内心を慮り、声をかける。


「首領、お気持ちは分かります。ですが、ここまで合格者が出ていないからと言って可能性が潰えたわけでは……」

「……ではお前は、仮に試験に参加していたとして、残り七分のこの状況で、時間内上がって来れるか?」

「それは……」

「考慮する可能性もない、実につまらない」


 迷宮は全二十階層だ。ピラミッド型をしたそれは、下層から上層に進むにつれ、受験生達が合流する様に作られている。

 何を考え、何を成すのか。行動にこそ、その人物の真価は表れる。頂上に辿り着く事は、合格に必要な最低ラインの要素でしかない。エイドリアンは、辿り着いた者の中でも、自分が認めた者だけに商業権を与えようと目論んでいた。 

 だが、実際はどうだ。リタイアをした者、その半数は、他者からの妨害を受けた者、あるいは、他者を蹴落とそうとして自滅した者が占めていた。


「何故、手を取り合わない。この試験が己のみで切り抜けられるほど生易しいものだと思ったのか。本当にそうであれば、自信の力量を見誤りすぎだ。本当に欲しいものがあるのなら、己のつまらない自尊心を捻じ曲げてでも可能性にしがみつくべきだろうよ」


 エイドリアンは眼鏡を外して眉間を揉む。

 唯一見込みを持てた人物たちもいたが、彼らは何故か階層を逆走していった。三十分前の出来事とは言え、あそこからこの残りの階層を、あの少数人数で突破するなど無理に等しい。

 エイドリアンは今回の試験で合格者が出る事をもう諦めていた。


(星の様な可能性に溢れた人間が見たい。……そんな欲を出すべきでは無かった。今回は俺の采配ミスが原因だったな)


 これ以上期待を裏切られたくない。今回の試験に諦めを付け、次回の試験の構想を巡らせようと思考を切り替える。映像を止めようとリモコンに手を伸ばした。

 

 その時であった。


「大変です!エイドリアン様!」


 つんざくような驚きの声が上がった。一体何に驚いたと言うのか、エイドリアンは眉根を上げて部下を見た。声を上げた部下は、映像の一つを見つめたまま口をわなわなと震わせている。信じられない光景を目の当たりしたと言わんばかりの驚きぶりだ。


「……一体どうした。昨年度の様に、受験生が迷宮を破壊したか?」

「違います! 見てください!」


 投げやりな回答をするエイドリアンに部下が見ろと言う。

 制限時間残り七分の時点で、一体、誰が何をしたというのか。

 エイドリアンは眼鏡をかけ直す。そして目にした映像に思わず目を剥いた。


「は?」


 部下の一人が指さしていたのは、第十七階層の映像であった。

 第十七階層”太陽の間”、砂漠の様に砂が敷かれ、高温を発する太陽を模した熱源がいくつも浮かんだ灼熱地獄の中で、出口へ辿り着く事をクリア条件とした部屋だ。

 誰かのトラウマを駆使するか、第十六階層の”海の間”の海水を利用するか、あるいは根性で走りきる事を想定した作りとしていた。その”太陽の間”で、受験生たちが人口太陽を破壊しながら爆走していた。

 グレネードランチャー、トラウマ、モーニングスター、お札、その他。彼らは嵐の様な攻撃を行いながら一心不乱に駆け抜けている。それも驚くべき事なのだが、もっと驚嘆すべきことはその人数だ。

 数えた数、五十名、一体どこに隠れていたというのか。


(いや待て、そもそもそんな大人数で動いていたなら何処かで気づくだろう。だとすれば、こいつらは俺たちも気づかなかった様な短時間で集結し、十七階層まで駆け抜けたとと言う事だ。それならば、見落としてしまったとしても不思議じゃない)


 ふとエイドリアンの目にある人物たちの姿が映り込む。

 先頭を走る冴えない青年と金髪の少女。それは、確か逆走していった受験生じゃないだろうか。


「あいつら!一致団結して、仕掛けをぶっ壊しながら屋上を目指してます!」


 部下が慌てふためいた様に告げる言葉に思い至る。


(あいつら、もしや、階下に降りたのはこの人数の協力者を搔き集める為か……!)


 歓喜で胸が震えあがる。込みあげる期待をどうか裏切らないでくれと願わざるを得ない。思わず震える口元を手で隠しながら、彼はその映像を凝視した。


************************************


「走って、走って、走るのよ~!!」

「「「うおおおおおお!!!」」」


 エリザベスの声に野太い叫びが連なる。

 冷風のトラウマに守られながら障害を排除した受験生たちは、太陽の間の進軍を成功させた。更なる上階へ突入せんと、勢いよく階段を駆け抜けていく。

 その状況を、集団の先頭でノアがゲラゲラと笑っていた。


「ああはははは! ボサ髪君ウケる! あんな啖呵を切っておいてさ。良い作戦があるのかと思いきや、取った行動は片っ端から土下座で口説いて味方を増やす事なんて!」

「笑わないで下さい! 上手くいったからいいでしょ! 終わりよければ全て良しです!」

「独古、喋るよりもお前は前に集中しろ。さっきの階層みたいに転んだらどうする気だ。ここで置いて行かれたら元も子もないんだぞ?」

「君影、君も君でお母さんみたいな心配しないで! もうドジなんて踏まないから!」

「超ウケる」


 次の階層に突入した独古達を待ち受けていたのは暗い部屋の中を飛び交う、コンクリートでできた無数のコウモリであった。

 まるで石礫が吹き荒れているかの様な階層。面食らってしまいそうなその光景を、彼らはものともせず、持ち前の武器やトラウマで道を作る。恐れるものなど何もないと言わんばかりの様子で行軍する姿は、ある種狂気じみている。

 皆、一様にやる気でハイになっていた。


「でもすげえっすよ」


 独古と並走するアインが受験生から借りたバズーカを撃ちながら呟いた。


「何がですか?」

「この状況っすよ。なんでこんな事になるんすか。あり得ないっしょ」

「僕だって、誘った当初はこんなに士気が上がった状態で行軍する事になるとは思ってませんでしたよ」


 それは本音だった。この計画を企てた独古も、こんな風になるとは露程も想定していなかった。

 

 あの後、独古たちは仲間を得る為、階層を急いで逆走した。


「お願いします! どうか僕たちと一緒に迷宮を攻略してください!」


 治療を施され回復した受験生たちへ向かって、独古はお願いをした。土下座のしすぎで額が擦れて赤くなる程に、彼は手当たり次第に頭を下げた。

 だが、現況を作り出したノアがいる状況で良い顔をされるはずも無く、自分の考えに賛同を示すものはいなかった。気持ちは分かる。何故、自分を害した相手と協力をせねばならないのか。余程のお人よしでなければ、快諾など出来ない。


「それでもどうか! 僕たちと一緒に戦ってくれませんか?」


 だが状況を理解しているうえで独古は頭を下げ続けた。折れてくれと相手に請う。 


「この残り時間で頂上まで辿り着こうなんて正気の沙汰じゃない。何が出来るんだって話ですよ。加えて自分を害した相手と手を組めなんてあり得ない発言です。僕だってこんな状況じゃなかったら、提案される側だったら、相手の頭を疑います」

「ねえねえ、ボサ髪ちゃん、遠回しに俺たちの事非難してない? やっぱり俺たちの事許してなくない?」

「でも考えてみてください。この人たち凄く強いんです。障害を排したり、戦闘に関しては突き抜けた力を持っています。そこに居るアインさんは炎に関しては無敵です。ドライさんは風の様にフロアを走り抜ける事が出来ます。そう、出来るんです。

そうやって出来る人が手を取り合ったら、出来る事が増えれば、見える道も変わると思いませんか?」


 誰かの人生を羨んできた、そんな卑屈な日々を送ってきたからこそ、独古は知っている。自分には出来ない事がある事を、けれど、誰かならその出来ない事が出来る事を。出来る事が集まれば、誰かを救う事だって出来る事を。


「ここまで来たなら最後まで突っ走ってやりましょう! この迷宮を攻略してやりましょう、そんで胸を張って商業権を取ってやりましょう! 手を取り合えば出来ない事なんて無い。僕は人が持つ可能性を知っている」


 あの日、エリザベスが手を差し伸べてくれたからこそ、独古は生きている。

 彼女が手を取ってくれたから、独古は今の景色を見ている。誰かと縁が繋がる事で広がる未来を、誰かと繋がる事で紡がれる可能性を独古は知っている。


「未来を勝ち取ってやりましょうよ! 他ならない貴方の手で、僕たちの手で!」

 

 初めは両手の数にも満たなかった。けれど、合流した人数は最終的には五十人に至った。そこからは怒涛の勢いだった。


「残り一階層です!」


 受験者の一人が叫ぶ。告げられた事実に、受験者達を熱狂が渦巻いた。

 勢いのままに最後のフロアに突っ込む。そこには巨大な石像の悪魔が居た。天井から出てきた垂れ幕には”最終層 魔王の間”と書かれている。

 あの石像を倒す事がフロアの踏破条件なのだろう。石像が侵入者へ向かって臨戦体制へと移行する。バリバリと雷が辺りに迸る。

 だが、誰一人怯むものはいない。


「魔王だろうが何だろうがぶっ壊してやんよ!」

「お金の戻った私に敵など無いわ!」

「おっしゃいくぞおおお!」

「うおおおおおお!!!」


 各々が叫びながらトラウマを発動、あるいは攻撃を仕掛ける。


「「「トラウマ!!」」」


 部屋中に降り注いだ雷から、見えない掌が、お札の風が、何らかのバリアが受験者達を守る。その攻撃は勢いのままに一つに重なっていく。まるで光の奔流だ。迸る光の渦は石像を取り込み勢いよく出口へと向かっていく


「「「吹っ飛べえええ!」」」


 石像ごと壁が吹き飛び、扉が破壊される。突き抜けた嵐の後には、青い空が広がった。その壁の向こう側はビルの外側、ゴール地点だ。

 ある者は歓声を上げて、ある者は涙を目に浮かべて出口の向こう側へと飛び出した。


「噓だろう……」


 試験官の一人が思わず呟きを零す。手元のストップウォッチに映っている残存制限時間は十秒。

 ……それは奇跡にも等しい。そこには可能性を示した者たちの姿があった。


「やったぞおお!! 俺は、俺は合格したんだ!!」

「ざまあみろエイドリアン! 俺たちはやり遂げたぞ!!」


 勝ち残った事に皆が歓喜に湧いていた。ある者は肩を抱き合いその喜びを分ちあっている。それは独古とエリザベスもであった。


「やったわよドッコ!!」

「わわ、エリザベスさん!」


 跳ねるように飛びついてきた彼女を受けとめる。彼女は顔を上げた。そこには喜びの色に溢れていた。


「貴方、本当に凄いことを成し遂げたのよ! アメージング! もう、喜びで心臓が口から飛び出そうだわ!」

「エリザベスさん、僕は何もしていません。此処までこれたのはエリザベスさんのトラウマや皆さんのお力があったからです。僕は何一つ出来ていない」

「馬鹿を言うのも大概にしなさいな!」


 ぴしゃりとエリザベスから叱咤が飛ぶ。


「此処にいる五十名全員、貴方が巻き込まなければ誰一人辿り着けなかった。貴方が信じてくれたから、私たちは辿り着くことが出来たのよ」

「エリザベスさん……」

「もっと自分を信じてやりなさいな。あんたは、成し遂げたのよ」


 エリザベスが自分事の様に、独古の事を嬉しんでいる。その事実が照れくさい。胸が熱い何かが込みあげる。独古は訳の分からない涙が零れそうになり、隠すために思わず顔を隠した。


「ははははは、そうさ、未知への挑戦に挑もうとする奴らは、そういった不屈の可能性を持っているもんなんだよ!」


 屋上に笑い声が響いた。受験生たちはその方向を見る。屋上の中央部で、エイドリアンが顔に手を当てのけぞるように笑っていた。


「あはははは!なんだ、がっかりして損をした。今年は馬鹿が豊作じゃあないか! 気に入った! 実に俺好みの展開だ!」


 彼はひとしきり笑うと、受験生たちを見た。爛々とした瞳がしきりに誰かを探している。


「扇動した奴、誰だ?」


 その問いに全員が独古を指さした。指を指されて独古は思わず声を上げる。唐突な展開に込み上げた涙も引っ込む。


「え!? 僕!?」

「何知らん顔しようとしてるのよ、提案したのも煽ったのドッコじゃない」


 エイドリアンが腰を上げる。質の良い革靴の靴音が響き、その音はやがて、独古の目の前で止まった。彼の視線をゆっくりと独古に向けられる。

 その視線に、独古はまるで蛇に睨まれている様だと感じた。舐める様に観察され、どぎまぎしながら彼の反応を待つ。

 ひとしきり観察し終わったエイドリアンはひとり合点が行ったように頷いた。彼は眼鏡の奥で興味深そうに見つめている。


「自分の願いだけは、何にかえても曲げたくない。お前の瞳は、そういった自分を信念を貫き通す奴の目だ。……平凡そうなくせに、ラナンキュラスと似たような目をするんだな」

「え?」


 ラナンキュラス、それは確か、エリザベスが話した中央区のオーナーの名前ではないだろうか。独古は見出された共通点に戸惑う。自分自身ではエイドリアンが呟いたほどのエゴイズムがあるとは思えない。一体彼は、自分の瞳の奥に何をみたのだろうか。

 エイドリアンは満足したのか、独古から離れると部下に指示を出す。


「柚木、全員に商業権をくれてやれ」

「と、頭領!? 何をおっしゃるんです!? この人数は流石に!」

「俺の命令だ」


 羽振りの良さに、屋上にどよめきが走る。

 受験者達のその驚きすら心地良いのだろう。彼は実に楽しげだ。


「誇るが良い! お前ら全員合格だ、これからは俺の傘下を名乗るが良いさ。このゴールドラッシュでどんな仕事でもしろ、何かあったら俺を頼れ! 俺がお前たちの前に立ちふさがる壁をぶっ壊してやる!」


 悦楽に浸った表情の彼は、両手を広げて受験生たちを歓迎した。


「ようこそ諸君。愛と夢に満ちた無限の可能性の世界、ゴールドラッシュへ! 改めて歓迎するぜ!」


 降り注ぐ日光が受験生たちを祝福している。晴天の空の下、此処に選抜は成されたのだ。独古とエリザベスは遂に試験に合格したのだ。

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