第34話 スクラップホール選抜試験⑨(2022/01/26 改稿)
ゴーレム達が追撃を仕掛ける。アインとツヴァイはそれぞれエリザベスから石像とかしたノアとワイアットを預かる。ゴーレムの踏みつぶし攻撃を避けるために四方へ散った。
攻撃の速度は避けきれる程度の遅さはある。だが、問題は追撃の量だ。踏みつぶそうと振ってくるゴーレムの足、避けた所を薙ぎ払おうとする腕、二十体のゴーレムが、次々に攻撃をかける。どれかを避けきれなかったら追撃が当たるのは目に見えていた。個体数を減らさなければ、出口に辿り着けそうにない。
振ってくる足を避けた独古に、隣に居た君影が指示を出す。
「エリザベスにもう一度五円玉を転がせて、ゴーレムの弱点を調べさせろ」
「五円玉で?」
「ああ。コンクリートで出来ているとはいえ、無敵じゃあない。そもそもコンクリートという物質は圧縮強度があるが、柔軟性に欠け、非常に引張力に弱い特徴を持つ。エリザベスが札パンチでティラノサウルスを割っただろう。あれはある種、地震と似ている。一定の箇所に連撃を加えた事が、荷重を加えて断裂に繋がったんだ」
「つまりどういうこと!?」
「あれだけ複雑な構造なんだ、絶対に引張力に弱い一点がある。そこを狙う事ができたのであれば、絶対にコンクリートを割る事が出来る。エリザベスに、その一点を探させるんだ」
説明に納得が言った。独古は相槌を打つとすぐそれを全員に伝える。
ツヴァイが手を挙げた。
「僕、姉さんが持っていた硬貨を持っています!」
「ナイスでしかないわ、ツヴァイ!」
追い風は独古たちの方向へ吹いている。
攻撃を避けながらツヴァイがエリザベスの方へ五円玉をはじいて渡す。エリザベスは確実にキャッチする。
「ドッコ!」
「分かっています!」
お互いに駆け寄り、右手を重ねた。
「「五円よ、五円。ゴーレムの弱点を僕(ドッコ)に教えてください、な!」」
弾き出された五円玉が、トラウマによって目の前にいるゴーレムめがけて飛んで行く。そして右腰のくびれあたりで金色に弾けた。
そこが、弱点だ。
「腰よ! 腰を狙うのよ!」
「分かっているさ。ツヴァイ!」
「あいよ!」
ドライの呼びかけにツヴァイが応じる。ツヴァイは腰のベルトに着けていた警棒を取り出すとドライの方角へと投げた。ドライはゴーレムの攻撃を避けつつ、警棒を受け取ると、己のトラウマを発動させる。
「いっくぜえ!!」
肉弾が発射される。警棒を構えた姿勢で目の前のゴーレムの脇腹へと突っ込む。衝撃を追った攻撃がゴーレムへと直撃した。衝撃を伴った攻撃に、ゴーレムの脇腹がピキリ、と音を立てる。
「まだまだああ!!」
Uターンを掛け、ドライは再度ゴーレムの脇腹に突っ込む。ゴーレムは攻撃を避けようと腕を振るが、その動作よりも風の様に駆け抜けるドライの攻撃の方が早い。
ひび割れは断裂へと変わり、全体へと広がってゆく。
「壊れろ!!」
強力なスイングが直撃した。それが決定打だった。
断裂が全体へと走り、目の前のゴーレムが大きく割れた。目の前のゴーレムをついに屠ったのだ。
「よくやったドライ!」
「おまえって奴は、本当にすげえよ!?」
ゴーレムの攻撃を避けつつ、ドライに駆け寄った全員がドライに称賛を投げかける。
「ぬか喜びするな。まだ、一体だ」
その言葉に全員が現実に引き戻された。そう、まだ一体だ。独古たちの周囲には十九体のゴーレムが残っている。
(でもドライさんは、もう、限界に近い)
横目に見たドライの顔色は悪い。ノア達との戦闘のダメージに、トラウマの連発が重なっているためだろう。
「…!! 独古、危ない!」
「え、う、うわあああ!!」
君影が慌てて独古に声を掛けるが遅かった。ドライの様子に気が取られていた独古は上から迫るゴーレムの影に気が付けなかった。
大きな手が独古を握り、宙へと掲げる。
(隙を見せては行けなかったのに!)
やられた、眉間に皺を寄せる。早く潰される前に逃げ出さなければならない。
身を捩るが、びくともしない。スタンガンは持っているが、岩には電撃が効かない以上意味は無い。
締め付けの力が強まっていく。このままでは独古の身体が押しつぶされるのは目に見えていた。
(でも、どうするっていうんだ!? ピンバッジも潰されている以上、僕にはリタイアの手段も残っていないんだぞ!?)
そう、ノアの攻撃によってピンバッジは握り潰された。このままでは圧死してしまう。ギリギリと、体が握られる。骨も血管も破裂しそうな具合に、独古は痛みで呻いた。エリザベスの悲鳴が聞こえる。
(後悔しないって決めたのに、此処までなのか?)
諦めたくないとギュッと目を瞑る。
「トラウマ発動、”君を掴む掌”」
ゴキャン、と砕ける音がした。
ひび割れる音と共に独古は突如解放された。砕けたゴーレムの手の欠片と共に床へと落ちた。打ち付けられて痛みが走る。
「独古!」
「ドッコ!」
駆け寄ったエリザベスに独古は抱き起される。隣で君影が心配していた。一体何が起きたと言うのか、未だ把握しきれていない現状を理解しようと前を向き、独古は目を見開いた。
カツン、とブーツの音が鳴る。目の前で独古たちを庇う様に前に出た人物の羽織がたなびく。
「面白いなあ、お前ら。見ていて愉快でしかない。殺してやろうかとも思ったけど、それもやめた、やめた」
ノアとワイアットが並び立っていた。五分の硬直が解けたのだ。
そこで、独古はノアに助けられたのだと自覚した。
ノアは隣立つワイアットにニヤリとする。
「異論は無いな、ワイアット」
「決定権を持つのは兄さんだ。兄さんが殺さないというのなら、俺は従うまでだ」
「よ~し、決定だな!」
彼は懐から手首ほどの大きさの和傘を取り出した。彼が振ると、柄の部分が伸び、傘は物干し竿程の長さになる。
「トラウマ発動、”鋼鉄の誓い”」
彼の声と共に、傘がみるみる鋼色に染まっていく。ワイアットの能力は自分を鋼鉄化する能力だ。独古はその現象に目を見張る。
まさか、身に纏っている物に対しても効果を及ぼせるというのか。
カラカラと、ノアが痛快そうに笑う。
「まったく、腹がよじれる展開だ。ゴールドラッシュに来てからの出来事じゃあ、五本の指に入るあり得ない状況だぞ? ヒールがヒーローとは、俺たちのキャラじゃない」
「兄さん、そろそろ遊びも終わりにしろ」
「それもそうだな……。さあ、俺と弟を殺そうとした無機物共。俺たちを襲おうとした罪は重いぞ?」
「兄さんの言う通りだ。兄さんを傷つけようとするなんて、言語道断だ」
ノアとワイアットが猟奇的な笑みを浮かべた。
「「ぶっ壊してやるよ、雑魚共が」」
そこからは、無双の展開であった。
ノアはトラウマを発動させると、力の限りで目の前の敵を蹂躙していく。
捩じり、砕き、殴り、壊す。見えない拳でゴーレムたち次々に撃破していった。
それはワイアットもだ。持ち前の鋼鉄の身体を活かし、雨の様に降りかかる攻撃をもろともせずに突き進む。
あれほど強敵だったゴーレムが次々に木端微塵に粉砕されていく。その呆気なさに独古たちは開いた口が塞がらなかった。
「おいおい、強すぎだろ……」
「どれだけ加減されていたの、私たち」
遊んでいたという言葉は文字通りであった。この殺意が本当に向く前にエリザベスが無力化してくれていて良かったと思わざるを得ない。彼らの暴力の嵐に独古は口を引きつらせた。
そうして、ものの三分もかからない内にゴーレムは倒された。
ファンファーレが鳴り響く、目の前の敵は全てが無くなったのだ。
自分たちの焦りと苦労は一体なんだったのかと思ってしまう程の呆気なさであった。
「ツインテちゃん! ボサ髪君~!」
その仇名は、独古たちを指しているのであろうか。
全ての敵を踏破したノアが、くるりと振り返ったと思うと、手を広げて走ってくる。エリザベスと独古は思わず身構えた。
ノアはさっきと打って変わった雰囲気だ。花が飛んでいるとも例えれられそうなほど上機嫌なノアは、独古とエリザベスに抱き着いてきた。
(え、え、どういう状況?)
勢いのままに独古に頬ずりもしてくるノアに目を白黒させる。エリザベスも思わず固まっていた。だが、ノアはそんな二人をお構いなしに抱きしめる力を強める。
「”例え己が傷ついたとして、誇りだけは何者にも明け渡すな”、それが我らがボスが常々言っている教え」
言葉の意図が読み取れず首を傾げる。
ノアの笑みは憑き物取れた様な笑みだった。
「友達<おもちゃ>にしてあげる」
耳を疑った。思い出すのは戦闘前に彼が言った満足させてくれたら友達にしてあげる《・・・・・・・・・・・・・・・・・》という発言。戯言だと思っていたが、もしかして、本当の事を言っていたと言うのか。
信じられない。
目を見開けば、彼は独古が目をまん丸に驚くものだから、その様子をお猿みたいと馬鹿にした。その雰囲気が年相応の青年のものだから、緊張の糸が切れた。
肩の荷が下りた状態で、ああ、これは本当の事かもしれないと漠然に感じる。
ケラケラ、ケラケラ、ノアだけが楽しそうに笑っていた。
「俺~、お前らの事殺そうとも思ったけどやめた! 俺、意識するよりも前に体が動いちゃうような、破天荒な奴が大好きなんだよね~。好み、好み、どストライク!」
「え、え~と、僕らは貴方のお眼鏡に叶ったという事ですか?」
「仰々しいなあ、ノアで良いよ」
腕を離すとノアは二人に向かって人懐っこい笑みを浮かべる。
その言葉が肯定の意であった。
「ほ、本当に!?」
「本当さ! 焦る所も可愛いな~」
頭を撫でる様子は愛玩動物に対するそれだが、独古は抗議しているどころではなかった。思わず頬が緩む。
その宣言は、事実上、全ての危機が独古たちの前から取り除かれたという事を意味するのだった。
「じゃ、じゃあ、この先こいつらに追われずに上階に上がれるのか!?」
「よっしゃあああ!!」
独古たちは歓喜に湧き上がった。
これで、後は頂上まで一気に駆け上がるだけだ。肩を組みあい踊り出しそうな気配すら独古たち。そこに鼻で笑う音が聞こえた。笑ったのはワイアットだった。
彼はトントンと、手首を指でたたいて指し示す。
「能天気なものだな。自分たちが置かれている状況を適切に把握しているのか?」
一体何を言おうとしているのだろう。
眉を顰めた独古の隣で、ツヴァイはあっと何かを思い出したように己の腕時計を見た。そこで、独古たちは試験に時間制限があった事を思い出した。
全員の視線がツヴァイの腕時計に向けられる。
試験が立ってから二時間半が経過していた。タイムリミットは、残り三十分を切っていた。
「あと何階層登ると思っているんだ。俺と兄さんは選別試験の合否なぞ、欠片たりとも気にする必要は無いが。お前たちは勝ち上がる必要があるんだろ?」
その言葉の通りだった。時間差は差し迫っている。一刻の猶予も、独古たちには残されていない。
「こうしちゃいられねえ! すぐにでも動かないと!」
「で、でも、本当に辿り着けるの? もしかすると、待ち受けている階層は指で数える程度じゃないかもしれないのよ? もし、長時間かかる試験が一つでもあったら」
エリザベスの言葉にアインとツヴァイが顔を青ざめさせる。
エリザベスの能力はほぼ使えず、ドライもダメージを負っている為、最大限の力を発揮する事はできない。トラウマの事だけでなく、全員が予想以上の体力を消耗している。この状況で確実に、待ち受ける試練を突破できると言うのだろうか。
「……、いいえ、まだ、方法はあります」
頂上に辿り着けると断言できない状況に仲間たちが顔を蒼白にさせる中、独古は希望を見出していた。一つ、方法が思い浮かんだのだ。
独古はノアの方を向いた。
「ノアさん」
「なあに、ボサ髪ちゃん」
「ノアさん方がこれまでに通ってきたフロアで、他の参加者と遊ばれたのですか?」
「うん、遊んできたよ」
「その人たちは、リタイアされましたか?」
「いーや、気を失って伸びている奴らもいる」
「……全所持金をもらう事って可能ですか」
「あはは! 面白い事に使うならいいよ!」
「おい兄貴、何をしようとしているんだよ」
ノアの言葉にできると判断する。
怪訝そうなアイン達に顔を向け、独古は己の提案を口にした。
「ノアさん方が通ってきたフロアに逆走して、仲間を増やして戻ってくるのはどうでしょう」
「「「「「はあ!?」」」」
独古の提案に、エリザベス達は疑う様な声を上げ、ノアに至ってはさらに爆笑している。だが、独古は真剣であった。
今、問題なのは、己たちだけでは時間内にこの迷宮を踏破できそうにない事だ。でも、己たちだけでクリアできそうにないからといって諦める必要は無い。自分たちだけで出来ないのであれば、他の力を借りればよいのだ。
「この先のフロアの仕掛けは僕たちに適正が無いかもしれません。でも、だからといって諦める必要はない。”パネルの間”でアインさんのトラウマが合致した様に、僕ら参加者の中に最短で仕掛けを解除できる人がいるかもしれません。下の階層に行くだけだったら、仕掛けも分かっているからそれほどのロスもかからない。エリザベスさんだったら治療をしてもらって、その人たちの力を借りるんです」
「でも、それって大博打よ!? 時間がない以上、堅実に進む以外の方法を取らなきゃいけないのは目に見えてはいるけれども!?」
「希望はあります」
そう、希望はあった。それは、これまでのフロアを通して感じた事だった。
「僕らが進んできた仕掛けは誰もが頑張れが解ける仕様に思えます。そして、どれも、一人では時間がかかるけれども全員で協力すれば時間が短縮できるものばかりだった」
そうだった。”けんけんぱの間”、”ティラノサウルスの間”、そして”ゴーレムの間”。どれも知恵を出し合い、そして、力を出し合って戦えば攻略する事が出来た。
「オーナーエイドリアンは、最初から僕らが勝ち上がってくる事を望んでいる。あの人は諦めない事を望んでいる。この迷宮は社会と同じだ、誰かと手を組んででも勝ち残る、諦めない意志がある者が頂上に辿り着ける様に設計されていると思うんです。だから、全員が協力すれば、きっと間に合う」
独古は信じている。
自分たちはまだ間に合う、だって、もう終わりだと思ったこのゴーレムの間だって突破できたのだ。出来ない事など無いのだ。信じて走りぬける決意を持つ限り、まだ希望は残っている。
(だから、最初にすべき事がある)
独古は後ろを振り向いた。
「……おい、その全員に、俺たちもその中にいれてるんじゃないだろうな」
「頭数にいれてます」
独古の発言にワイアットが口を引きつらせる。ノアは独古の行動にまたも笑っている。独古が何をしたいのか、薄々気づいたアインは口を引きつらせた。
「あはは、頭逝ってるって! 俺たちさっきまで戦っていたんだよ、それを助っ人扱いしようとか正気の沙汰じゃないって。俺たちが頷かなかったらどうするわけさ」
「勿論、こうするだけです!」
独古は膝を床につけた。
そう、それは、謝ることしかできない自分が培ってきた技。独古が持っている、醜い、けれど、胸を張って誇れる技。
「土下座だあああ! お願いしまあああす!」
指を床について、独古は思い切り頭を下げた。
そう、心の底からお願いする事、それこそ独古が、胸を張って誇れる技だった。
ひとしきり笑ったノアが独古の行動に、ばかばかしそうに首を振る。
「何をするかと思えば頭下げる事?」
「そうです! 頭を下げてます! 真剣です!」
何時だって誰かの手を借りてきた。ゆえに、誰かに力を借りた時の、発揮される力の強さを誰よりも知っている、信じている。
「日本には、上下一心という言葉があります! どんな難局でもみんなで心を一つにすればどんな困難も乗り越えられるという言葉です。俺たちじゃ、この先太刀打ちできない困難にあたるでしょう。でもあなた方が居ればきっと、変わるはずなんです!」
身も蓋も無いお願いなんて百も承知だ。
これはエゴだ、それを分かりきってなお、独古は貫き通す。だって、独古は知っている。二人は自分たちには無い良さを持っている。それを貸してくれるならば、きっと、この先乗り越えて行けるはずだと言うのを分かっていたから。
「貴方方にしかそれはできない事なんです! 僕らには、今貴方がたのお力が必要なんです! 僕らは、勝ち残りたい! 頂上に辿り着きたい!!」
だから頭を下げる。
「お願いしまあああああす!!!」
心の底からの声がフロアに響き渡った。フロアが静まり返る。
独古は頭を下げ続けた。願う事しか、頼む事しかできないからこそ必死に頭を床に擦り着ける。
「ははは! ほんと、最高だね。ボサ髪ちゃん」
足音が近づく。彼は独古の前で立ち止まると、しゃがみ込み、顎を掴んで顔を上げさせた。そこに居るノアは柔らかな笑みを携えている。
独古は彼の表情の意味が解らなくて一瞬呆ける。けれども、段々と理解して思わず破顔した。
視界の遠くで、ワイアットが兄の様子を見て額に手を当てて首を振った。エリザベス達は独古の成し遂げた事に嬉しそうにしていた。
「俺たちを使うからには、此処から出る算段、つけてるんだよね?」
これから悪戯でも仕掛けに行く子供の様な、楽しそうな瞳が独古を見下ろした。
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