第31話 スクラップホール選抜試験⑧(2022/01/26 改稿)

「ドライ!」


 ワイアット相手に防戦を繰り広げていた独古とツヴァイは、悲鳴が聞こえた方角に視線を向けた。そこには、横に伏せるドライの姿があった。その隣に彼を心配するアインとエリザベスの姿がある。


(ドライさんがダウンしている!?)


 遠目に見える横ツヴァイは、正面側の肌が赤く色づいている。真正面から攻撃を受けたのだ。


「このちくしょう!!」


 ツヴァイが警棒を振り回す。ワイアットがそれを回避する為にバックステップを取る。

 ワイアットと独古たちの間にある程度の距離が生まれる。後退するチャンスであった。

 独古とツヴァイは身を翻し、アイン達の元に駆け寄る。独古は走りながらワイアットが追ってくるかもしれないと思い、背後を盗み見る。だが、ワイアットが自分たちを追ってくる様子は無かった。彼は己たちを見送り、ノアの元へと踵を返した。

 背中を取れる機会をみすみすなぜ逃したのか分からないが、彼の気紛れに今は感謝するしかない。


「大丈夫ですか!?」


 ドライに駆け寄る。彼は近づく気配に、よろよろと瞼を開けた。


「……このくらいで動けなくなるんじゃ、ゴールドラッシュで生きていけねえよ」


 ドライはアインの手を借りて立ち上がると、独古たちに向かって笑って見せた。だが、誰が見てもやせ我慢であるのは目に見えた。

 エリザベスがトラウマを使用しようと前に出る。


「治療を!」

「俺に回すくらいだったら、あいつに一撃を食らわすために使ってくれ。所持金にも限りがあるんだろう? 姉さんのトラウマはあいつらの有効打になるんだ。俺に割くぐらいなら、少しでもあいつらの攻撃に回してくれ」


 エリザベスの申し出をドライは断る。エリザベスはその言葉に食ってかかろうとしたが、ドライの指摘通りだったのだろう。意見に迷ったようだったが、最終的には渋々といった様子で彼に従った。


「でも、このままじゃあ埒が明かないわよ。あいつらのトラウマって何なのよ」


 エリザベスが彼らを苦々しい表情で見つめる。彼女の疑問は、独古たち全員の疑問でもあった。

 ダメージを色濃く見せる独古たちと反対に、立ち並ぶノアとワイアットに傷は見られない。

 片や、透明な何かを操る能力。片や、ダメージを追わない程の身体強化を図る能力。その実態を暴かない限り、二人に決定的な攻撃を与える事は出来ない。

 だが、どうすれば攻略できるというのか。

 追い詰められる独古たちを救ったのは、意外にもノア達の提案だった。


「これ以上は可哀想だから、ネタ晴らしでもしようか」

「ネタ晴らし?」


 怪訝そうなエリザベスに、ノアが肯定する。


「そうさ、力量に差があり過ぎるのも、フェアじゃなくて面白くないだろう? だから俺たちのトラウマの内容を教えようかと思って」


 独古たちは驚いた。自分たちを貶める考えでも抱いているのではないか、ノアとワイアットへの疑惑が拭えない。

 独古は真偽を探るべく、ノアを見つめた。だが、彼は屈託のない笑みを浮かべるばかり。その表情からは企んでいる様な考えは読み取れない。

 エリザベスが怪訝そうな表情で問いかける。


「……一体全体、どういう風の吹き回し?」

「だから、単純に差を埋めたいだけなんだって。裏も何もないよ!」


 信じてくれ、とノアは大袈裟な態度で誇張する。


「俺、自分が都合の悪くなる展開は嫌い。でも、同じくらいに敵が弱すぎるのも嫌いなんだ」


 ノアはからりと笑うと、床が二か所ひび割れた。彼はすっと両手をポケットから引き抜くと、両手でそれぞれのクレーターを指さす。


「これは右の拳、で、こっちが左の拳」


 彼はそう説明すると、掌を掲げ主張する。


「俺のトラウマ、"君を掴む掌"は、虚空に透明な第三、第四の手を作り出す事が出来だけの異能力だ。第三の手、第四の手は、俺の身体とは接続しておらず、宙に浮いている。自由自在に動かせる事ができて、俺の視認できる範囲が動かせる最大の距離となる。そしてお前らも知っての通り、コンクリートブロックにひびを入れられる程度の打撃力を持つ」


 そして、左側に並び立つ弟を指さす。


「対して、”鋼鉄の誓い”という異能力が俺の弟のトラウマだ。自分の守護対象を一名決定し、その守護対象の為の戦闘を行う場合にのみ、自分を鋼鉄化することが出来る。鋼鉄化している間は、打撃は通らず、また刃物で傷も与える事は出来ない。物理ダメージはほぼ通らない状態となる。どうだ? 俺の弟の能力は凄いだろう?」

「……兄さん、ダメージが入らないって分かっているからって殴らないでくれ。衝撃はあるんだ」


 ノアが嬉しそうにワイアットの肩を拳で殴っている。

 不可視な手と、鋼鉄の身体。

 それが彼らの能力であった。

 自分たちの攻撃が阻害されていた理由に独古は納得する。


(でも、分かった所でどうやって攻撃するって言うんだ?)


 攻略法が見つかったわけでは無いのだ。状況は何も改善していない。むしろ、彼らのトラウマが理解できた事で、攻略難易度が如何に高いのか思い知らされただけとも言えた。

 攻略の糸口を求めて君影を見るが、首を振られるだけだった。

 立ちはだかる壁の高さに絶望すら浮かびかける、そんな独古にエリザベスの呟きが聞こえた。

「なんだ、良かった。別に攻撃がキャンセルされるというわけでは無いのね。……なら、勝機はある」


 まるで活路を見出したかのような呟きであった。独古はエリザベスの方を見る。彼女の瞳に一筋の光が浮かんでいた。エリザベスが独古達を見据える。


「お願いがあるの、一瞬でいい、二人の動きを止められる?」

「姉さん、何を言い出すんだ」

「本当に一瞬で良いの。二人に私のトラウマが確実に当たる瞬間を作ってほしい。そうすれば、必ず私が絶対に逃げるチャンスを作り出すから」


 怪訝そうに問いかけるアインに、エリザベスは自信を持って答える。その瞳は決意に満ちている。絶対に、状況を打破できるという意思が其処に見えた。

 エリザベス以外の全員が、どうするんだと互いに相談の視線を向ける。

 エリザベスが何をするのか分からない以上、動きを止めるだけとはいえ、彼らに無暗に突っ込むのはリスキーだった。だが、時間も無い以上、賭けに出るしかないのも事実である。

 ドライが決意するように大きく息を吐く。それが合図となった。

 四人は互いに頷き、二人を確保する為に向かって走りだした。

 ノアは、闘志を燃やして己たちに立ち向かってきた事で、爛々と猛獣の様に笑う。


「いいじゃん、いいじゃん! そういうのを待っていたんだよ!」


 独古はアインはノアへと、ツヴァイとドライはワイアットへと向かっていった。

 アインは己の持っていたナイフで攻撃をしかけた。独古もアインに続くようにスタンガンを振り下ろす。


「そんな簡単な攻撃が通じるとでも!?」


 だが、ノアはエリザベスとツヴァイの連撃の時と同様に、独古とアインの攻撃を軽々と避ける。


「トラウマ、”君に伸ばす掌”!」


 独古の身体が不可視の手に拘束され、そのまま宙へと浮かぶ。ぎちぎちと、掴み上げる力が体を襲う。手から逃れようともがくが、その手から逃れられる気配はしない。脳裏に集合場所で見た、彼らの被害者の姿が浮かぶ。自分も彼らと同じように血達磨になるのだろうか。それは、どうにかして避けなければならない。


「独古、スタンガンだ! スタンガンを手に流せ!」


 君影が独古に指示を出す。

 その言葉に従い、独古はスタンガンを不可視の手に押し付けた。最大電圧の攻撃が走り、バリバリと火花が光る。その瞬間、独古は拘束から逃れて床へと落ちた。一体どういうことなのだと、ノアを見れば、彼は自分の右手を開いた状態で押さえている。


「トラウマで生み出した手と感覚は共有しているようだな」


 君影は、独古の傍に並び立つと考察を口にした。

 ノアは何が起こったのか分からないという表情であったが、攻撃を加えられた事実を飲み込むと、独古の方へギョロリと恨みがましい視線を向けた。


「調子に乗るなよ、雑魚が」


 彼が右手の中指をクイっと、上げる。瞬間、独古体を真下から衝撃が襲った。


「グフッ!?」


 不可視の手による攻撃だ。腹部を殴られ、独古の身体が床を転がる。鋭い痛みで呼吸が上手く吸えない。


「兄貴!?」

「てめえもだよ、雑魚」


 アインを不可視の手が襲う。アインもまた、察する事のできない攻撃をくらい、床を転がっていった。独古同様にもろにくらったはずであるが、アインは痛みに対する耐性が独古と比べてある程度あるようですぐに体制を整え直す。

 ノアは、独古とアインを比較して、アインの方が危険が高いと判断したのだろう。アインを仕留めるべく、独古に背を向けた。


「大丈夫か!?独古!?」

「……大丈夫」


 独古は再び、彼を足止めするべく痛む身体を起こす。だが、独古はそこで悩んだ。ノアを足止めするのは自分たちの実力では苦難の技だ。せいぜい止める事が出来たとしてもエリザベスが要求した通りの時間分くらいしか起こせない。

 ツヴァイとドライと息を合わせないと、両名を同じタイミングで止められない。

 しかし、独古の悩みと反し、チャンスはすぐに訪れた。


「うおおおおお!」


 ツヴァイがワイアットの気を引いた瞬間を逃さなかったドライが、ワイアットに背後からトラウマを使用した状態のタックルを当てたのだ。いくら鋼鉄の肉体の持ち主と言えど、トラックに跳ねられる事と同等の攻撃から逃れる事は難しかったらしい。彼はドライに床に縫い付けられる。


 チャンスは今しかない。


 痛む身体に鞭打って、独古は走り出した。彼を捉えるべく彼に近づく。

 ノアは勿論、独古の気配に近づいた。アインのナイフをさばくと、背後にいる独古を仕留めるべく回し蹴りをする。

 確保を目的とした独古にその攻撃は都合が良かった。独古はその攻撃をもろに受ける。痛みが脇腹を襲った。だが、歯を食いしばって耐えて、その足に全身でしがみついた。ノアもまさか、足にしがみつかれると思ってはいなかったのだろう。重さに耐えきれず、床に一瞬倒れ込む。

 

二人の動きが縫い止められた一瞬が出来上がった。


「エリザベスさん!!」

「分かっているわ! 準備万端よ!」


 独古の叫びに、エリザベスが答える。

 彼女はがコートは懐から取り出した幾束もの札束を宙へとばら撒く。


「トラウマ”マネーイズライフ”、”百万円コース”発動!!」


 その宣言と共に、宙へと舞っていたお札が黄金色に輝きだす。エリザベスの意思が乗っているのだろうか、宙に浮かんだ全てのお札が、ノアとワイアットへと一直線に飛んで行く。ノアがエリザベスの攻撃を止めるべく不可視の手でお札を薙ぎ払う。だが、お札は不可視の手に当たった瞬間に光の粒子となり、妨げをかいくぐって、ノアとワイアットに襲い掛かる。

 彼らの身にエリザベスの命令が下される。


「私に従え! お前ら、五分間固まれ!」


 それは独古たちにとっての勝利宣言であった。


 黄金の波が引いた瞬間、ノアとワイアットは固まっていた。瞬きすらできないようで、驚愕の表情のまま、独古たちに確保された体制で止まっている。

 エリザベスがノアとワイアットに向かって説明する。


「私のトラウマは、掛けた金額に比例して能力の効能も上昇する。五円なら少し運を味方する程度だけれど、一万円なら五秒間、百万円なら五分は確実に相手に私の望む行動を強要できる。私のトラウマは一撃必殺、当たれば、絶対に逃れられない」


 遠くから改めて二人の様子を見るが、彼らは完全に固まっていた。その様子にノアから離れた独古はほっと一息ついた。味方ながらにそら恐ろしいほどの強力なトラウマだ。

 一二三兄弟は勝利を喜んでいる、だが、それとは反対に、エリザベスは勝利を祝えないようで葛藤するような表情を浮かべている。その表情の意味を理解できる独古は、エリザベスに声をかける。


「エリザベスさん」

「分かっているわ、ドッコ。必要な行動だった……でも、できるなら使いたくなかったわ」


 悔し気に呟かれた言葉が痛々しい。だが、今は感傷に浸って言う場合ではない。ツヴァイとアインが、暗い表情を浮かべるエリザベスに逃亡を促す。


「姉さん、何を呆けているんですか、とにかく逃げましょう」

「そうっす! 今を逃したらあいつらから逃れられない!」


 その声にエリザベスははっとする。今は逃げる事が最優先だと気が付いたのだろう。考えを払う様に首を振った彼女は、ツヴァイとアインに頷いて出口へと視線を向けた。

 そう、絶好の機会だ。今ここで逃げ切ればいけない。全員が希望を見出して上階を目指して走り出す。

 だが、独古達は忘れてはいけない事を、ノア達との戦闘により頭から抜けてしまっていた事に気が付いていなかった。

 

独古たちはまだ、誰一人、このフロアの仕掛けを解いていない。

 それは言い換えれば、フロアの仕掛けは何時でも作動するという事であった。


 アインの足元から何かの音がした。タイル一マス分のブロックが床下に沈み込んでいる。何が起きたかなど、想像に容易かった。

 独古は思わず口元を引きつらせる。


「……このタイミングで冗談きついですよ」


 だが、いくら願ったとて仕掛けは止まらない。

 災難は畳みかける様に独古たちを襲うのだった。



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