第30話 スクラップホール選抜試験⑦(2022/01/26 改稿)
「兄貴、何かあったら、これで身を守ってください」
アインがそう言って何かを渡してきた。後ろ手に握らされたものが気になり、正面へ持ってきて観察する。それは、電気シェーバーに似た道具だった。
「スタンガンです」
当たり前の様に告げられた言葉に、ぎょっとする。
手渡された、その理由を察せないわけではない。けれども、戦っても見込みのない現状では、逃げた方が得策である。その事はアインも分かっているはずだ。だというのに、なぜ、戦闘に備える必要があると言うのか。
思わず振り返ろうした独古に対し、相手から目を逸らしてはいけないと、アインが𠮟咤する。独古は視線をノアとワイアットに戻しつつ、アインに問いかける。
「逃げるんでしょう? なのに、なんで攻撃の道具なんて……」
「不意を突いて逃げられる相手に見えるんですか?」
アインは独古の問いに問いを返した。独古は、敵の姿を改めて見る。
ノアはポケットに両手を入れたまま楽し気に立ち佇んでいる、余裕満々といった様子であった。ワイアットも同じように余裕のある雰囲気だ、サングラスの鼻当てを直しつつ、ノアの脇に控えている。だが、雰囲気とは反対に、ノアの鋭い瞳からは、逃さないという意思が滲み出ていた。思わず、心臓を掴まれた心地がして、背中がぶるりと震える。
隣でアインが拳を構える。
「兄貴、世の中には逃れられない戦いっていうのが二種類あります。一つは己の信念の為の戦いです。もう一つは、純粋に相手が圧倒的格上ゆえに逃れられない場合ですよ。今回は、後者の場合です」
ノアがゆっくりと一歩を踏み出した。それが戦闘開始の合図だった。
ノアが踏み出した足を下ろす。それと同時のタイミングで、独古の頭頂部を柔らかな空気が流れた。
「兄貴! アイン!」
「うえ!?」
ツヴァイがアインと自分に向かって突っ込んできた。独古は防御を取ろうとしていなかった為、トラウマによって速度が乗っている状態のツヴァイのタックルをもろに喰らい、床へ転がった。
思わずドライに対して文句が飛びかける。けれど先ほどまで立っていた床が派手にひび割れているのが見えて、喉から出かけた言葉は消えた。
直上から衝撃を与えられたのだろう。床は蜘蛛の巣上にひび割れている。もしツヴァイが突き飛ばさなければ、独古は確実に潰されていただろう。想像した光景に思わずゾッとする。
「早いな。兄さんが押し潰したと思ったんだが」
視界の端で牡丹紋様の着物がはためいた。咄嗟に顔をあげれば、目の前に左足を振り上げたワイアットが居た。
「なんの!」
独古を仕留めようと振り落とされた踵を、目の前に滑り込んできた警棒が押しとどめる。ツヴァイはバットを振りあげるように押し返し、勢いのままにワイアットに警棒を叩きつけた。
普通なら、ここで誰しも回避行動を試みる筈である。しかし、ワイアットは上半身で迫る警棒を受け止めた。
重たい打撲音が響く。
驚くことに、痛みにうめく声をあげたのはワイアットではなくツヴァイだった。ツヴァイが警棒を握っていた手を痛そうに震わせている。その隙を逃さないとばかりにワイアットが回し蹴りを仕掛ける。直撃したツヴァイの身体が宙へと浮いた。
独古は咄嗟に彼を受け止めた。受け止めた勢いを逸らしきれず、床に転ぶ。打ち付けられた箇所が鈍い痛みを放つ。独古は顔をしかめながら、己の上にいるツヴァイを出き起こした。腕の中にいるツヴァイは痛みを堪える様に顔を歪めている。
「ツヴァイさん、大丈夫ですか」
「痛い……、鉄筋を殴った感触だった。あいつの身体どうなっているんだ!?」
震える右手首を抑えるツヴァイの瞳は驚愕に揺れていた。彼は信じられないと首を振る。ゆったりとした足取りで独古の方へ近づくワイアットに、ダメージを負った様子は見られない。格闘に疎い独古ですら先ほどのツヴァイの攻撃は、良い一撃が入ったのは理解できていた。だからこそ、ダメージを感じさせない態度が納得がいかない。
からくりを解かない限り、好戦に転じる事はできないのだろう。
ワイアットを睨め付けつつ、独古は拳を握り直した。
**********************************
遠くから眺めていたノアは、着実に敵を追い詰めている弟の姿に思わず喜色の笑みを浮かべた。
弟を侮った独古たちの事を、ノアは鼻で笑った。弟を侮っているので実力差を理解していなさすぎだと言わんばかりであった。
「悠長に眺めている暇があるのね!?」
エリザベスが札パンチを仕掛ける。エリザベスは外見に反して、戦闘のセンスがある。そして、エリザベス自身もまた、自分に多少なりセンスがある事を自負していた。だからこそ、攻撃は一発は絶対に入れられると信じていた。
しかし、エリザベスがいくら攻撃を仕掛けてもノアは難なく避けていく。あろうことか、バク転で交わす姿まで披露して見せた。完全に遊ばれている状態だ。
ノアの武闘派集団に属している実力は伊達じゃないという事だった。
一撃も入らない現状への焦りから、エリザベスの額に汗が伝う。
「姉さん、ここは任せて下せえ!」
そこに、ドライが不意打ちを狙ってノアの死角から攻撃をしかけた。渾身の左ブローである。だが、ノアは己の死角から繰り出され攻撃すらいなしていく。
全ての攻撃が読まれ切っていた。エリザベスは彼の盤上で踊らされているよう気分になる。
「ムカつくぐらいに弄ばれているわね」
「姉さん、ここは連携していきましょう。攻撃の隙を詰めれば、姉さんの攻撃も一発は入るはずです」
ノアとエリザベスは互いに視線をかわして頷く。連続で攻撃を仕掛ける。
エリザベスが札パンチを繰り出し、その後ろからドライがトラウマで加速し、背後に回り込む。
「あはは! 息が合っているねえ、でも、打撃も何もかもテンポが遅い!!」
渾身の連撃を繰り出そうとしたその時、二人は透明な何かにぶつかり攻撃を阻まれる。ドライは体制を崩さなかったが、エリザベスはぶつかった衝撃で転んでしまった。
体制を崩されたエリザベスを助けるため、ドライが視線をエリザベスに向ける。それが、一瞬の隙を作った。
ドライが視線を一瞬反らして、そして正面に戻したとき、ノアは視界から消えていた。いったい何処へ行ったというのか。
「戦闘で仲間に気を取られ過ぎちゃ駄目だよ。一瞬の隙が命取りになるよ?」
ドライの登頂部に衝撃が走る。ドライが目を離した隙に空中へと跳躍したノアが頭部に向かって踵落としをおこなったのだ。
衝撃でドライの視界が眩む。その隙を見て、ノアがにやりと笑った。
「そのまま振りかぶってホームラーン!」
「がっ!?」
めり、と音がした。ドライの大柄な体が見えない何かの攻撃を食らって、宙へと飛んだ。
「ドライ!」
アインが彼を受け止めようと走った。振ってきた体の下に身体を潜り込ませる。上化からかかる重圧と痛みが体を襲うが、歯を食いしばって彼を支えきった。
「ドライ!?」
アインの姿を見て、エリザベスも二人のいる位置にまで下がった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます