第29話 スクラップホール選抜試験⑥(2022/01/26 改稿)

 アインが動けるまでに回復をした事で、エリザベスを加えた一行は、迷宮の脱出に戻る。全員で空いた出口の前に並び立つ。


「しっかし、これ、どっちがなんですかね」 


 アインが目の前の出口を見て呟いた。

 全員の目の前には選択肢が二つある。時間があまり無い以上、攻略に時間のかかるトラップは避けていきたかった。


(どっちの方が攻略難易度が低いんだろう……)


 親友ならどちらか選べないだろうか。独古は君影に視線を投げかけた。

 だが、頭の切れる親友とはいえ、全ての事柄に対して万能なわけでない。分かるわけないだろうと彼が肩を竦めるのを見て、独古は期待した心を萎ませた。

 独古は一二三兄弟と首を傾げて唸る。


「この際、いったん進んでみて、難しい仕掛けだったら戻ってもう一方の道を選ぶか?」

「それが良いんですかね?」

「そんな悠長なこと言っていられないでしょう。時間も無いですし」

「でも、仕掛けに時間を取られている方が勿体なくないか?」


 ああだ、こうだと意見を言い合うが、踏ん切りがつかない。運任せで行くしかないのだろうか。

 独古が覚悟を決めようかと思いかけた時だった。独古はふと、エリザベスが会話に参加してこない事に疑問を抱いた。エリザベスの様子を伺い見れば、彼女は座り込んでいた。右手に五円玉が摘ままれている。

 この状況で一体何をしようとしているのか。


「エリザベスさん、何をしようとしているんです?」

「何って、秘密兵器を取り出してるのよ」


 その一言で、彼女が会場に着く前に五円玉の事を秘密兵器だと言っていた事を思い出す。

 けれど、それの使い道が分からない。一体全体今度は何をするつもりだと言うのか。首を捻る独古に対し、エリザベスはニヤリと笑う。エリザベスは独古の隣に立つと、己が持っていた五円玉を摘まませる。


「え、何をするんですかエリザベス」

「いいから、このまま私のすると通りに動かして」


 己の右手を掴むと、己の右手を大きく振りかぶらせる。


「五円よ、五円、ゴールまで独古を連れていってください、な!」


 振られた衝撃で、独古の手から五円玉がすっぱ抜ける。宙へと飛んだ五円玉は、床に当たると、跳ねる様に転がっていく。ころころと事がったそれは右の出口へとぶつかると回転を止めて床に落ちた。


「よし! 右ね!」

「いやいや、エリザベスさん待って待って! ダウジングみたいな事されても、仕組みをいって下さらないと納得できませんって!?」


 独古は意気揚々に動こうとするエリザベスの腕を掴んで待ったをかける。出鼻をくじかれた彼女は不満げだ。


「見た通りよ、ダウジング機能」

「もっとちゃんと説明してください!」


 よく分かっていない一二三兄弟も同意する様に頷く。彼女はその様子に大きく溜息を吐いた。しょうがないわねと呟くと五円玉を回収し、説明を始める。


「ドッコ、私の能力は分かっているわね」

「かけたお金の金額によって、相手を意のままに動かす事が出来るんですよね」

「その通り、対象を他人に限定し、使用した金額に伴い相手を意のままに操る事が出来る能力。でも、私が他人に対して指定できる指示は、相手を意図して動かす事だけに限らないの」

「……と、言いますと」

「その対象は、相手の無意識にも働かせることが出来る。治癒なんかがいい例よ。普通、傷なんて意識して回復できるものじゃないでしょう? 私が治癒をする場合、相手に”傷が治っている”と思い込ませる事で傷が治っている状態にしているの」

「実際は治っていないという事ですか?」

「いや、それが傷はなくなるのよ。そこは不思議な所なんだけど。まあ、それは良いとして、この五円玉はそれに近い理屈で動かしているの」


 エリザベスが五円玉を独古に見せてくる。なんてことの無い、普通の五円玉だ。


「私がさっき動かしたのはドッコの運。ドッコの中の五円分の運を使用して、ドッコにゴールのある方角をダウジングしてもらったのよ」


 なるほど、己の運を使用しての探索。

 エリザベスの能力を分かっていれば、納得も行った。


「これに従えばゴールまでなんて楽勝よ! というわけで右に行くわよ! 着いてきなさい!」


 エリザベスは鼻高々に言い放つと、迷いなく右の階段を登り始めた。独古は慌てて後ろを着いて行く。一二三兄弟も信じがたいといった表情のまま、エリザベスについてゆく。

 次のフロアは、細い廊下のような部屋だった。両壁に龍の置物が向かいあう様に並んでいる。床には何種類かの紋様が描かれたタイルが不規則に抱えている。その廊下の先に上階への歓談があった。

 入り口の扉のすぐ隣に掛けられているフロアの説明書きには、”パネルの間”と書かれている。明らかに難易度の高い仕掛けが施されているフロアだった。


「……エリザベスさん、こっち、本当に簡単なんですよね」

「……簡単かどうかはともかく、確実に出口に近い部屋ではあるわよ。……そのはずよ」


 ジト目で見る独古から逃れる様に、エリザベスが顔を逸らす。

 四人は溜息をついた。どういう仕掛けか分からないが、時間も無い以上、彼女を信じて攻略するしかない。腹を括ると、彼らはフロアの説明書きに向かい合った。

 ”パネルの間”と書かれた説明書きの下には、このフロアの攻略の鍵であろう絵が描かれている。”血をこの世から無くせ”という言葉が描かれたワンピースを着た少女が、”アシカを明かす、テロ明かせば〇”と書かれたパネルを掲げている。


「けんけんぱの間と同じ、謎解きのフロアだな」

「この問いかけが廊下の攻略の鍵になっているっていう事?」

「あのタイルのどれを踏めばいいか、もしくは、踏む順番が描かれているんだろう」


 君影が考える様に顎を擦る。エリザベスが独古に近づき、あんたの友達そこにいるのと聞く。それに独古は頷いた。

 独古は改まって、廊下を見た。廊下には全部で四つの絵柄が書かれていた。

 墓地の絵、試験管からドクロの煙が昇る絵、飛行機が街に落下している絵、右手を振っている様子の絵。

 共通項を無理やり見出せそうで、それでいて、似通った点のなさそうな絵だ。

 首を傾げて問いかけに向き合う一行。

 その中で考える事に煮えを切らしたのか、アインがと奇声を上げながら、頭を搔く。


「だああ!!さっきから頭を使う問題ばっかりなんだよ!?もう、無理だ!というか、こんなの正面突破すればどうにかなるだろ!?」

「ア、アインやめろ!無暗に進もうとしたところで絶対にトラップがある!」


 ツヴァイが咄嗟に止めようとするが、此処までに積もったストレスゆえかアインは聞く耳を持たない。彼は停止の声も聞かずに廊下へとその身を躍らせた。

 結果だけ言うならば、アイン以外が懸念した通りにトラップは発動した。

 アインが墓地の絵を踏んだ途端にスイッチが入る音がする。両壁の龍の置物の目が赤く光ったかと思うとその口から炎が吐き出された。


「「ア、アイン(さん)!?」」」


 アインの姿が炎に包まれる。悲鳴を上げた独古とエリザベスが助けに向かうべく、思わず動き出す。そんな二人をドライが止めた。


「落ち着け、二人とも。あのトラップならアインは大丈夫だ」

「ちょ、何処か大丈夫なんですか!丸焼きにされたんですよ!?」

「兄貴、良いから見てくれ」


 焦る独古とは反対に、妙にドライもツヴァイも落ち着いていた。その様子に訝しむ。独古は二人に言われた通りに改めて廊下に視線を戻した。

 火炎放射とも言えるほどの炎の量にアインは燃やされたのは確実かと思われた。しかし、吐き出された炎が晴れると、そこには焦げた服を着たアインが居た。

 燃えたのは服だけの様で丸裸に近い体には一切の火傷の痕は無い。

 一体どういうことなのか。目を丸くする独古とエリザベスにツヴァイが誇らしげにアインの能力について説明する。


「アインの別名は”不死鳥のアイン”、想像頂いた通り、燃やされても無傷でいる脳直なのさ。アインは炎に対してなら、ゴールドラッシュの中で最も無敵さ」


 視線を向ければ通路でアインが自信気に胸を張っていた。


「防御向きってそういう事ですか?」

「そういう事なんすよ兄貴」


 心配して損をした気分だ。独古は安心からほっとした。

 安堵を分かちあおうと隣のエリザベスに向くと彼女は何かをじっと見ている。

 興味津々の様な、それでいて、驚いているような表情だ。

 一体何を見ているのか。その方向を見て、独古は思わず思わず口を押さえる。

 彼女が見ているのはアインの下腹部だ。正確に言えば、パンツが燃えてしまったが故に、あらわになってしまったアインの分身体だった。

 美少女に、あそこをガン見されている。

 アインに同情してツヴァイとドライも口を抑える。

 惨状を生み出している原因たるエリザベスが感慨深そうに呟く。


「……お兄ちゃんのより小さいものなのね」

「アウト! アウト! アウト! どこがとは言いませんが、完全にアウトっすエリザベスさん!男の尊厳に関わるっす! つーか、お兄さんの何処で見ちゃったんすか!?」

「そりゃ、鉢合わせた風呂場でポークビ」

「駄目駄目駄目! あんた、美少女なんですから! イメージ壊しちゃだめっす! 言っちゃダメ!」


 独古はエリザベスの口からこれ以上言葉が出ない様に手で押さえる。

 とんでもない美少女だ。下ネタを恥も無く言い放とうとする美少女に男性陣は恐怖した。

 彼女には恐れはないのか。いや、無いのだろう。それがエリザベスである。

 一方見られてしまったアインだが、それは目も当てられない程に落ち込んでいた。

 もう見られない様にと正座の体制で丸くなっている彼の背には、悲痛な雰囲気が漂っている。


「俺、もうお嫁に行けない……」

「「「アイン(さん)!!」」」


 アインの悲痛な声に、男性陣はその胸中を推し量る。

 けれど悲しいかな。フロアの謎が解けていない状態では慰める事もできなかった。


「もう、あいつ出口側に行かせてやれよ……」


 一人冷静であった君影は、茶番劇に溜息吐いた。

 その後、アインは一人泣きながら廊下を渡り切った。勿論、燃やされた。

 だが、その献身の甲斐もあり、どうやら「右手」のパネルだけは安全であることが判明した。ゴリ押した分析であった。

 渡り切った独古は隅で泣いているアインを気遣う様に、リュックから取り出した服をそっと渡す。


「アインさん、取り敢えず服です……」

「兄貴、サンキューな。もう、あんたには頭が上がらねえよ」

 涙を拭いながらアインが服を着る。背丈が合わないようでダボダボであった。

「まったく、器の小さい男ねえ。見られたくらいで情けない」

「追撃しないであげて!」


 まだ爆弾を投げようとするエリザベス。もう何も言わせないために、独古はその背を無理やり押して次の階へと向かわせた。

 俯くアインの肩をツヴァイとドライが気落ちするなと言わんばかりに叩く。

 次のフロアへ向かう一行には何とも言い難い雰囲気が流れていた。

 階段を上る。しかし、ゴリ押しで解いてしまったが、けっきょく先ほどの謎解きは本来どう解くべきだったのだろう。

 君影はあっさりその謎に答えた。


「文字を抜いて回答する簡単な暗号さ。”アシカを明かす、テロ明かせば〇”、という問いに対して、札を持った女性の服に描かれていたのは”血をこの世から無くせ”という言葉だ。血は赤だ。”アシカを明かす、テロ明かせば〇”という文章から”あ”と”か”の字を抜いた場合、残るのは”死を捨てろ、狭まる”という言葉になる。これをタイルに適用した場合、死を連想する絵柄を除くと、残るのは”右手”の絵だ。お前も知って通り、答えの絵だな。もう少し深く考えるなら、この場合の右手は右を差す”right”ではなく、"正しい"という意味の"right"と解釈すべきだろう。だから、この絵が正解になる」

「ねえドッコ、君影なんて言ってた?」


 そっくりそのまま伝えれば、全員から「頭がいい」と意見があがる。

 君影が頭が痛そうに溜息をつく。


「お前らは考えなし過ぎるんだ。そもそも、此処までの問題もよく考えれば解ける謎しかなかったぞ。お前らはもっと頭を働かせ」

「でも、君影、これ以上はそうも言ってられないかもしれないよ」


 そう、そこなのだ。

 独古はドライが付けている腕時計を改めて確認した。残された時間はあと四十分を切っている。これまでは余裕はないがまだ時間はあった。だが、これ以上は、何階層待っているか分からない為、悠長に考えている暇はない。

 時間を考慮すると、この先、どうしても時間を短縮する攻略法が必要だった。


「しっかし、ゴリ押しって言っても。今回は偶々アインの能力が嚙み合ったからうまく行っただけで普通はこうもいかないだろう」

「でも、ドッコの言うとおりな所もあるわ。五円玉でゴールにたどり着きやすいルートを確保したとしても、仕掛けで時間を食って、制限時間に間に合わなければ意味が無い。何とかして時間を短縮しないと……」


 しかし、それが出来ているならとっくにしている。

 頭を捻っても誰からも妙案は出なかった。

 そうこうしているうちに、一行は次のフロアへたどり着いた。

 広いフロアだ。恐竜の間と似たような作りのフロアだ。入り口側には下の階層からの扉が二つあり、出口も扉が二つある。


「次は何の間かしら」


 フロアへと踏み出した一行は部屋の中を観察した。何の変哲もない部屋だ。隠された仕掛けがある風にも見えない。


「でも、扉が閉まっている以上、この部屋のお題は必ずあるっすよ?」

「ふむ、お題を発生させる仕掛けを見つける所から始めるのか」


 それはまた何とも時間がかかりそうであった。

 独古は溜息を吐いて負の感情を外に出すと、スイッチを入れ替えて部屋の観察を始めた。

 部屋は一面コンクリートブロックでできている。となれば、最初の猛追の間と同じく何処かにスイッチがあるか、それか、恐竜の間と同じくいつの間にか仕掛けが作動するかのどちらかだろう。

 前者の場合で会った事を考えて辺りを見渡し始めた時であった。

 エリザベスの視界に入り口が目に入る。自分たちが来た方とは違う、もう一方の入り口。その向こうには黒い闇が広がっている。その中で何かがきらめいた気がした。

 ふと、エリザベスの中で、身に覚えのある感覚が襲い掛かる。

 それは、お嬢様時代に誘拐犯や暗殺者に狙われた危機感だった。

 ぞっとしたエリザベスは咄嗟に左へ避けた。己の感は正しかった。エリザベスが避けたコンマ数秒後にダガーナイフが通り抜ける。それは、エリザベスをターゲットに投擲されていた。確実に彼女を傷つける為の攻撃であった。


「あっれ~? 絶対当てたと思ったのになあ」


 聞こえた声に全員が入り口を振り向く。カンカンと床を踏みしめる音と共に、その人物らはフロアへ姿を現した。

 麻の葉の紋様の描かれた紺色の袴と色鮮やかな牡丹紋様の男性用の着物を着た小柄な男性。それと同じ服を着たサングラスの男性。

 現れたのは、集合場所で惨劇を作り出した二人組であった。

 その姿を視認した瞬間に独古達は警戒感を高める。

 その様子を見て、小柄な方の男性がいじけたように口を尖らせる。


「ええ~! そんなに警戒されちゃうと俺泣いちゃう! 同じ受験生なんだから、手を取り合って仲良くしようよ!」

「……どの口で言うのよ」

「勿論この口!」


 きゃぴっと、小柄な男性が口元を人差し指で指して言った。

 ここまでの様子だけを切り取れば、彼は人懐っこい印象の青年だ。ただ、あの集合場所で彼らが暴力を生み出したと事実が、彼の態度に裏がある様に思わせてならない。

 より一層の警戒を高める。

 そこで、アインが何かに気付いた様に小柄な男性を見た。

 アインの視線の先には彼の左腕がある。上半身はタンクトップ一枚の為、左腕の肌が見えている状態であった。その左腕に鬼灯を炎が囲むようなタトゥーが施されていた。


威会いかいの商業権!?」


 アインは驚く様に言い放つ。

 その言葉に、独古は耳を疑った。今、聞き捨てならぬ言葉が聞こえなかっただろうか。


「あ、アインさん!? 今、商業権って言いました!?」

「あれ? ダボダボ君、分かるんだ」


 小柄な男性が感心するように瞬きをする。

 状況を理解できていない独古はアインに説明を促す。それに答えたのはドライであった。


「商業権を承る際、受益者はそのエリアのオーナー配下に入った印として、タトゥーを刻まれるんだ。スクラップホールの場合は、ウエストダンプ商業団地を模したタトゥーが刻まれる。そして、奴らのタトゥーは……」

「俺たちのは、ゴールドラッシュ一の武闘派集団、威会の商業権だよ! ね! ワイアット!」

「……頼むから後先を考えて発言してくれ、ノア兄さん」


 ノアと呼ばれた小柄な男性は、無邪気に笑う。その様子にワイアットと呼ばれたサングラスの男性は頭が痛そうにしている。

 一体、彼らは何者だと言うのか。

 名前が出てきた事でアインは見当がついたようだった。


「……兄貴、姉さん、逃げましょう。俺たちだけじゃ勝てっこない」

「アインさん?」

「ゴールドラッシュでも有名な地下闘技場をメインにしたエリア、暴力に飢えた拳客どもが集まるエリアが清船太山界だ。その地下闘技場を運営する幹部組織の名が、“威会”なんだ。……こいつら、“威会”の喧嘩屋兄弟ノアとワイアットだ。威会の中でも幹部中の幹部だよ」

「やだ! 俺たち有名人! 照れるんだけど~!」


 自分たちの事を知られていたことがつぼに嵌ったのか、ノアは笑いが止まらない様子でワイアットを叩いている。

 独古は彼らの正体に冷や汗を垂らす。


「でも、何で商業権持ちの喧嘩屋兄弟がいるんだ。スクラップホールの選抜試験は商業権持ちは参加不可だぞ!?」

「何の勘違いをしてるの? 俺たちは商業権なんて目的じゃないよ」


 アインの言葉にノアが返す。一体どういう意味なのか。

 言葉の裏の意味を考えようとした、その時だった。

 独古は急に何かにジャケットの胸倉を掴まれた。驚いた独古は、見えない何かに掴まれて宙へと浮かべられる。


「兄貴!?」

「独古! もがくな! そのまま、ジャケットを脱ぎ捨てろ!」


 抵抗しようとしたその時、君影の言葉が聞こえた。その声に従って、ボタンを急いで外す。吊り上げるバランスが取れなくなった事でジャケットの首元だけが引っ張られている不安定な状態になる。それを利用して両腕を袖から抜けば、自重に従って独古は床へと落ちた。その瞬間とほぼ同時にジャケットが握りつぶされた。

 見えない何かの中でピンバッジとリュックが潰された音が鳴る。


「ええ~!? 絶対に潰したと思ったのに!! 外しまくるとか、まじで今日運が無さ過ぎるだろ!?」

「兄さん、遊びすぎだ。一気にやらないと可哀想だろう。鼠にだって恐怖はあるんだぞ?」

「ワイアットは慈悲をかけすぎ! 何度も言っているだろう? 今回は”遊び”なんだって」


 ノアとワイアット二人が独古たちに向き並ぶ。

 ノアの黄金の瞳が細められている。


「俺たちは、試験なんてどうでもいい。今回は、潰しがいのあるおもちゃと踊れそうだったから、忍び込んだだけなんだ……俺たちはね、楽しい事が目的なんだ。誰かに拳を振るう瞬間が好きだ。誰かの心を折る事が好きだ。人の熱意が踏みにじられる瞬間なんて、心が躍る」


 剣呑な言葉ばかりが吐き出されているというのに、願うような声色で願いは紡がれる。幼い子供が狂気を手にしている様なアンバランスさがそこには在った。

 ブーツの踵が床を削る。足音が響く。


「最後まで俺たちを興奮させてくれる様なお人形の玩具おともだちが欲しいんだ。ああ、そうだ、君達が俺を満足<<・・>>させてくれたなら、その時は見逃してあげても良いよ?」

「……そこに、五体満足にとはつかないのね」

「アッハハ! 壊れないなら友達がんぐじゃないだろう? ……でもいいよ、お前たちが集合場所の雑魚共と一線を画す奴らなら、その時は本気で逃がしてやるよ。それも、俺たちに勝てたらの話だけどなあっ!!」


 ノアが目を見開いて笑う。

 狂気的な笑みに、独古は己の危機を察する。

 喰われる、不意にそう感じた。独古派、これから起こる戦闘を予期して、思わず後ろに後ずさった。 

 

 舌なめずりの音がした。

 獲物を追う様に一歩一歩、彼が間合いを詰めてくる。

 猛禽類の様な瞳だ。捕食者の瞳は獲物をしかと捉えている。

 ノアの目が闘気に燃え上がる。それが戦闘開始のゴングだった。


「さあ、俺たちと遊ぼうか!」


 

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