第28話 スクラップホール選抜試験⑤(2022/01/26 改稿)
「兄貴!見てくだせえ! クイズッす!」
「シロナガスクジラの生息海域は次の四択の内どれが正解か、か……」
「え、もしかして今見える20個近くのパネル全部がクイズ? これ、全問正解必要なの!?」
*************
「次は迷路か」
「大丈夫ですよ、迷路というのはこうして壁に手を着いて行くと必ず出口に到着できるものなんです。時間はかかりますが正攻法ではありますよ」
「なあツヴァイ、あそこの道まさかの上空に伸びているんだけど、それでも手をついて攻略できるもんなのか?」
「…もっといい方法を考えましょう」
*************
「あああ! 玉転がし!! 最初のフロアと同じじゃんか!?」
「見て下せえ、兄貴! 転がってくる玉にスイッチがついてやす!」
「あれ押さないと出口でないの!?」
「タックルでなんとかできるものなのか……??」
*************
動物についてのクイズの間。
空中も利用した立体迷路の間。
上階へのスイッチが付いている玉に追われる、玉の間。
けんけんぱの間を攻略した独古一行は、フロアの謎に苦難しながらも順調に攻略し続けていた。
「しっかし、結構登ってきたっすねえ」
額を流れる汗を拭いつつ、アインが感慨深そうに呟いた。
「五階層は攻略したか?」
「ドッコさんのリュックの中身が無ければなかなか攻略には至らなかっただろうね」
「そんなことないですよ」
称賛するツヴァイに対して謙遜した態度で否定する。
独古が持っていたリュックの中身によって、一行は迷宮の攻略に成功していた。
空間を三次元方向にも利用した”立体迷宮の間”に対しては、壁に張り付く吸盤のついたグローブが、巨大な玉が後方から追ってくる”玉の間”の攻略には、魚を捕まえる為の網が役に立った。
貰った時に何の役に立つのか分からないと侮った事を、後で金鹿亭の人々に謝らなければならない。独古は苦笑いをしながら正面を向きなおした。
階段の奥に小さく出口の明かりが見える。もう一分も立たないうちに次のフロアの攻略が始まる。
その奥の光を目指しながら、ふと、思いついたようにアインが呟いた。
「そういえば、もうどれくらい時間がたったんだ?」
「今はちょうど二時間といった所か」
「はあ? もう二時間!? あと一時間しか残っていないじゃんか!?」
ドライが手元の腕時計を見て報告した時間にアインが驚く。
驚いたのは己もだった。
時間だけを見て考えるのであれば、制限時間の三分の二を使用して、五階層分の攻略しか出来ていないという事だ。この迷宮が何階層分あるのか分からないが、いくら何でも迷宮の攻略層が一桁しかないわけがない。
「……一体、あと何階層、あるんでしょうか」
不安の声が思わず漏れ出た。
先の見えない状況で、ただただ、時間制限だけが迫る状況に、独古たちは互いに苦い顔にした。
「なあ、俺たちだけで、何とか制限以内に攻略できる……よな?」
お助けアイテムと各々のトラウマによってここまでは攻略できた。けれど、それが今後も続くとは限らない。
希望の見出せない胸中のまま、独古たちは上階へ続く階段を登りきる。
次についたフロアは、けんけんぱの間と同じくらいの空間面積のあるフロアだった。だが、あのフロアの様な峡谷の無い、四方がコンクリートで囲まれたフロアである。
今までと違う事は対面の壁に二つの出口がある事だろうか。どうやらどちらか選択肢の中から一つのコースが選べるらしい。
「あ、見て下せえ! 兄貴」
アインが背後を指さす。
振り向けば、己たちが出てきた入り口の左右に、下層につながる入り口が二つあった。
「ここで他の受験者と合流するのか」
独古と一二三兄弟は揃って背後を見た。
今までとは明らかにこれまでのフロアと違う構造だった。ここで合流するという事は、今後協力体制を敷かなければ攻略ができないフロアが待ち受けているのだろうか。
憶測が浮かんでは不安が膨らむ。
その不安は早くも的中する事となる。
ふと、独古と一二三兄弟を覆う様に大きな影が差した。入り口に気を取られていた四人は集中しすぎていて忍びよる気配に気付いていない。唯一それに気付いた君影は、影の正体に驚く。それと共に、危険から独古を逃すために叫んだ。
「独古、右に身体を転がせ!」
「へ?」
どういうことだと首を傾げた独古だったが、ふと上から吹き下げる風に嫌な予感を感じた。独古は言われた通りに体を右に転がす。それと同時に、独古のいた場所に巨大な尻尾が振り落とされた。アインが驚愕の声を上げる。
「な、なんだああ!?」
そこで初めて、全員が振り落とされたものを確認するように天井に視線を移した。
そこには、天井と頭部がくっついた状態の、コンクリート製の巨大な恐竜がいた。今まさに、天井から生み出されている途中だと言わんばかりの姿に全員が目を見開く。
驚く五人の目の前に、他の間と同じように、フロアの説明書きが書いたボードが落ちてきた。全員で説明をまじまじと見る。
”ティラノサウルスの間、皆さんでティラノサウルスを倒しましょう”と書いてある。このティラノサウルスを倒す事がこの間のお題だった。
「まずい! ツヴァイ、ドライ、のけ!」
尻尾が横方向に振られる。
尻尾が動く気配を誰よりも早く察したアインが咄嗟に二人を突き飛ばした。突き飛ばした事でツヴァイとドライは間一髪その攻撃から逃れた。だが、二人を突き飛ばした事で逃げ遅れたアインが攻撃に巻き込まれた。尾に薙ぎ払われ、アインは床に叩きつけられる。
「かはっ!?」
火に炙られた様な鋭い痛みがアインの背中に走る。
「「「アイン(さん)!?」」」
三人が助けようとアインに駆け寄ろうとする。だが運が悪いのか、同じタイミングでティラノサウルスが天井から完全に生成された。
切り離されたティラノサウルスは、三人の目の前に着地する。猛獣の雄叫びがフロア全体に響き渡る。その声に、独古、ツヴァイ、ドライは本能的に体を震え上がらせた。
「……ドッコさんの能力は想像上のお友達さんを出現させる能力でしたよね」
「そういうツヴァイさんは……」
「残念ながら僕は索敵系で、アインも防御系統で戦闘では意味がありません。ドライのタックルは対人戦には使用できますが……」
「さすがの俺も、コンクリート製のティラノサウルス相手にタックルで倒せはしねーよ」
独古、ツヴァイ、ドライの額を冷や汗が垂れる。
ティラノサウルスはこちらの動きに目を光らせている。一歩でも動けば、ティラノサウルスは戦闘を仕掛けてきそうだ。
独古はティラノサウルスを倒せそうなアイテムがリュックに入っていないか考えを張り巡らさせる。だが、状況を覆えせそうなアイテムは何一つ思い浮かばない。
動くに動けない状態だ。でも、どうにかしてアインを助けてこのフロアを攻略しなければならない。
一触即発の状況に緊張感が高まる。
天啓のように声が響いたのは、その瞬間であった。
「私の大切な仲間に何しようとしてるのよ! 」
それは独古が会いたいと切望していた人物の声だった。
札パンチ、技名と共に、背後から投擲された札束が当たり、ティラノサウルスが思い切り吹き飛んだ。
独古はその人物のいる方向を見る。
独古たちが出てきた入り口とは別の入り口の前に、金髪の少女が腕を組んで仁王立ちをしている。
ツヴァイとドライは、突如現れた助っ人に不信感を募らせている。けれど、その人物を知っている独古は、歓喜で表情をほころばせた。
「待たせたわね! エリザベス様の登場よ!」
不敵そうな笑みを浮かべたエリザベスは、声高に己の登場を告げた。
独古は思わず目が熱くなる。
すぐにでも駆け寄り、再会を喜びたい。だが、フロアの主はそれを許してくれはくれない。
衝撃を受けて一度沈んでいたティラノサウルスが、ゆっくりと巨体を起こす。ティラノサウルスは己に攻撃を仕掛けた相手が分かっているようだ。エリザベスに向かって鋭い眼光を向けた。
その視線に、独古はエリザベスの危機を察して狼狽える。けれど、エリザベスは怖気づいていないようであった。
彼女はコートの中から複数のお札を取り出して歩み出る。恐れるものなど無いと言わんばかりの足取りだ。瞳に闘志を漲らせ、彼女は独古に宣言する。
「待っていなさい独古。このでっかいトカゲ、すぐに倒してくるから」
「ギャオオオオ!!」
ティラノサウルスがエリザベスへと向かって走り出す。それと同時に彼女も走り出した。
エリザベスは迫りくるティラノサウルスの前でしゃがみ込むと、パンプスのヒール部分にある、つまみを回した。
「イナズマ重工製、跳躍パンプス!」
ティラノサウルスが彼女を食い殺さんと噛みつこうとした。その首の振りよりも早く、エリザベスが上空に跳躍する。
地上にいた彼女に狙いをつけていたティラノサウルスは、食いつこうと首を下げた事で背中ががら空きだ。
飛び上がった彼女はその背に向かってお札を構える。
「連続札ビンタ!」
背中のコンクリートが爆ぜる。ティラノサウルスが苦悶の声を上げて身をよじった。背に居る敵を振り落とそうと、大きく体を振る。だが、その動きも読んでいたのだろう。ティラノサウルスが体をよじろうとした瞬間を狙って、エリザベスはジャンプする。振りを回避し、もう一度、再度その背に飛び降りて攻撃する。
「おりゃりゃりゃりゃりゃ!!」
猛攻は止まらない。彼女はコートからお札を出して何度も叩きつけた。お札が叩きつけられる度にコンクリートがはじける。そして、トドメと言わんばかりに、勢い良く振られたお札が、ティラノサウルスの背に叩きつけた。
その瞬間、ティラノサウルスの身体にひびが入る。背中から腹側へと亀裂が走り、最後には上半身と下半身が真っ二つに割れた。ずしんと、重い音と共にティラノサウルスが沈み込む。
勝利のファンファーレが鳴り響き、上階への出口が開いた。
エリザベスが見事にティラノサウルスを倒したのだ。
「ま、このエリザベス様にかかればこの通りね!」
エリザベスは鼻を高くして己を自賛する。独古は彼女に駆け寄った。エリザベスも独古に気が付いたようで、近づいてきた彼を思い切り抱きしめた。
「エリザベスさん! ご無事ですか!」
「無事に決まってるじゃないドッコ! それよりあんたも無事で良かったわ!」
エリザベスは体を離すと、独古に怪我が無いか見渡す。独古に軽い傷以外は見当たらない。独古の無事を把握した彼女は安堵の溜息を吐いた。
「ほんと、何であの時近くにいなかったのよ、バカ」
「あの状況で離れ離れになるとは想像できませんよ」
「弱弱しいあんたの事だから、そうそうにリタイアしたんじゃないかと思っていたわ。難しい仕掛けや他の受験者に絡まれて怪我をしてるんじゃないかって心配もしたのよ……」
もう一度、エリザベスが大きく息を吐く。独古はそこで、その息遣いが震えている事に気が付いた。
「……本当に無事でよかったわ」
仲間が危険な目にあっている可能性があれば、誰だって相手を心配する。独古はそこで、エリザベスが安堵で声を震せてしまう程に己を心配してくれていた事実に気が付いた。彼女に負担をかけた事実に申し訳ない気持ちで溢れる。
「……ご心配をおかけしました」
「いいのよ独古、お互いに無事でよかったわ」
彼女が再び自分を抱きしめる。肌を通して伝わる暖かさに、独古は思わず安堵の笑みをこぼした。今はただ、お互いの生存に喜びを嚙み締めるべきであろう。考えを振り払い、独古もまた、彼女を強く抱きしめた。
ツヴァイとドライはその様子を呆然と見つめていたが、そこで、己たちが勝利したのだと気が付いたようだった。
ツヴァイとドライはそこで慌てたように、アインの元へと駆け寄った。
その声で、独古は彼が怪我をしていた事を思い出す。
喜びを噛み締めている場合ではない。独古はエリザベスから腕を離し、慌てて事情のあらましを話した。
「エリザベスさん、落ち着いたばかりの所ですみませんけど、向こうに怪我人がいるんです!」
「ちょ、ドッコ、それ早く言いなさいよ!」
慌てて二人もアインに駆け寄る。
アインは背骨の数本が折れているのか、痛みを紛らわす様に荒い息を繰り返していた。彼の様子を見ていたツヴァイが、縋る様に独古に助けを求める。
「ドッコさん! 治療道具を持っていませんか!? 」
「確かあったはずです!ちょっと待ってください!」
「いや、ドッコ、そこをのいて。私の能力で治した方が早いわ」
そう判断したエリザベスは、道具を探し出そうとした独古をのけて、アインの傍に座り込む。懐から札束を取り出し思い切りアインの背中を叩く。
エリザベスの能力の事を分かってないツヴァイとドライは、エリザベスの行動が暴挙に見えたのだろう。エリザベスに食ってかかろうとする。
独古が慌てて様子と見守るように宥めれば、彼らは、独古のいう事ならばと渋々成り行きを見守る姿勢に戻った。
お札が光の泡となり消える、それと同時にアインの口から荒い息が止まった。
効果が表れたのだ。
「い、痛みがねえ」
アインは驚いたように己の背中をまさぐっている。また、エリザベスの能力の全貌を知らないツヴァイとドライも目の前の事実に驚いている。
彼らは何が起こったのか、事実説明を求める様な視線を独古に向けた。
その視線に、独古はどうしたものかと顔を潜めた。自分に勝手にエリザベスのトラウマを開示する権利は無い。エリザベスにどうしたものかと相談を投げる。
「説明してもいいですか?」
「良いわよ。別に開示されても困る事なんて無いし」
独古の杞憂とは裏腹に、エリザベスは自分の情報開示に対してあまり関心が無いようだ。相も変わらず、エリザベスは自分の事に対しては危機感が薄い。
独古はいくら杞憂を揉んだとて、エリザベスが気にしないのであれば意味はないのだが。独古は気を取り直して三人にエリザベスの能力について説明をした。
「エリザベスさんの能力は、お金を代償に相手を操る能力。治癒能力にも転用できるんです」
ツヴァイとドライは初めは呆然としていたが、納得がいったようだった。アインもまた、己の身に何が起こったのか理解したようで、エリザベスに深々と頭を下げた。
「……、助けてもらった上に、命まで救って頂くなんて。かたじけねえ」
「頭何て下げる必要無いわ! 困っている時こそ助け合いよ!」
「……そうですよ、アインさん。とにかくご無事でよかった」
ゆるりとアインが頭を上げる。そこには、特別な事などしていないと笑う二人が居る。
どんな悪事をしてでも這い上がろうとした己たちとは真逆だ。アインは思わず、独古とエリザベスを眩しそうに見つめた。
何とも言い難い、緩やかな空気が流れる。ドライはその空気が何とも言い難い感情に襲われたようで、空気を切り替えるように話題を振った。
「兄貴の相棒さんってことは、姉さんっすかね」
「……そうだな、姉さんだな」
「兄貴に姉さんか」
「「「よ! 姉さん」」」
「元気良いわね、こいつら。何処で拾って来たのドッコ?」
「まあ、色々ありまして……」
脅された後に懐かれたなど説明すれば、エリザベスが渋い顔をするに違いない。言えないなあ、と内心で思いつつ独古は苦笑いをした。
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