第26話 スクラップホール選抜試験③(2022/01/26 改稿)

 蠢いていた音が鳴りやみ、床の動きが止まった。独古は身体を起こした。

 ビルの再編成によって、独古はビル内の廊下に転移させられていた。

 薄暗い一直線の廊下だ。ぽつぽつと数メートル間隔で設置されている昼光色の蛍光灯が廊下をてらしている。

 道に前も後ろも終わりは見えない。

 一体此処は何処だろう。探ろうにも窓も無いため、己が居る場所を把握できない。

 と、そこでノイズ音が周囲に走った。

 何の音だと見渡せば、自身の位置から三メートルほど先の天井にスピーカーからその音が流れていた。ノイズ音が止み、男の声が流れる。


「さて、再編成で振り落とされた受験者が一割いたが、九割は残ったか。ひとまず、スタートラインに立てた諸君はおめでとう」


 エイドリアンだ。

 拍手の音が聞こえる。おそらく、残った受験者たちを讃えているのだろう。


「さて、先ほども話した通り、諸君にはここからゴールである、私のいる頂上を目指してこの迷宮を攻略してもらうこととなる。改めてルール説明を行おうか」


 ルール説明、先ほど言っていたエイドリアンのいる場所に辿り着くという事だろうか。

 独古は彼の始めた説明に耳を傾ける。


「”理想郷変改”、私の所有する建造物を再構築する能力だ。諸君らのいるその迷宮は私がこのトラウマで用意させて頂いた。君たちにはこの階層を三時間以内に踏破してもらうこととなる。とはいえ、簡単に攻略されてもつまらない。そこで、各フロアに一つずつ、上階へ上がるためのトラップを仕掛けさせてもらった。トラップを解除すると上階への階段が現れる。個人でクリアしてもいいし、その場にいる数人の受験者でトラップを踏破しても構わない。足の引っ張り合いも結構、この試験では死人が出ても不問とする。制限時間内に頂上へ辿り着けなかった場合はリタイアと同じ扱いとし、君たちに渡したピンバッジの力によって迷宮の外へと強制退出させられるので心得ておくように。それではゲーム開始だ。諸君らの検討を祈っている」


 切断音が鳴ると、スピーカーはそれきり沈黙した。

 座り込んでいた独古は、一先ず、難を逃れた事にほっとした。

 しかしながら、どうしたものか。

 これからどう動くかを考えるために周囲を見渡すが、エイドリアンの言っていた様なトラップは見当たらない。それに加えて他の受験者の姿も見当たらなかった。


「誰か、いませんか!」


 大きな声で叫ぶも、反響した自身の声が聞こえるのみだった。独古は他の受験者と違い、一人きりのスタートラインに立たされたのだろう。

 心の中で誰かを求めても、先ほど確認した通りだ。廊下には自分以外一人もいやしない。

 思えばゴールドラッシュに来て孤立するのは初めてかもしれない。今までは誰かが独古に手を差し伸べてくれていた。

 これがゴールドラッシュに来てから初めての、本当の一人きりの戦いだ。


(不安になるな、独古。エリザベスさんとも合格するんだって約束しただろう)


 胸中に渦巻く不安を叱咤し、振り払う。

 そうだ、エリザベスとの約束を果たすためにもこんな所で立ち止まってはいられない。

 決意を胸に顔をあげる。


「よう、独古。やっとこっち見たかヴァーカ」

「うひょおおお!?」


 そんな矢先だったから、突如現れた人物に独古は驚いて思い切り後ろへひっくり返った。

 敵か。緊張が走るも、よくよく見れば目の前でヤンキー座りをしている人物は君影であった。

 見知った人物だったことに胸をなでおろす。独古は大きく安堵の息を吐いて、「驚かせないでよ」と彼に文句を告げた。


「お前が僕に気づかないのが悪いんだろう」

「分かるか! というか、どうやって現れたんだよ。僕、能力も何も使ってないぞ」


 不思議なのは其処だ。自分は君影を呼んでいないのに一体どうやって出てきたと言うのか。そう問えば君影がジト目で独古を見つめる。


「自覚無いのか? 心の中で、僕を求めただろう」


 確かに先ほど誰かが力になってくれたらと思いはしたが。

 まさか、この能力は願うだけでも発動してしまうというのか。 


「イ、イマジナリーフレンドって、僕が明確に発動させなくても君影を呼べちゃうの?」

「お前が知らない事を何でも俺が知っていると思うな。まあ、僕はお前が呼んだと思ったから出てきたわけだから、独古が無意識にでも発動させたんじゃあないのか。そこら辺の仕組みは要確認だな」


 君影は首に手を当て、何か思案するように微かに俯いた。

 独古も独古で、自分の能力に呆然としていた。

 口に出せなくても呼べるのか。己の手をまじまじと見つめる。

 という事は、周りに誰かに助けを求めることができない状況でも、この親友に考えの手助けを求める事は可能という事だ。さっきまでの”一人で戦う”という決意はどこへやら。やはり、誰かが一緒に戦ってくれるというのは心強いし、嬉しい。

 独古が内心で安堵していると、君影がふと顔を上げた。


「ま、お前の能力については後にしよう。今は試験合格が重要だ。そら、いくぞ独古、座ったままじゃ何も始まらないぞ? それとも、泣き虫独古はここで助けを待っていたままの方がいいか?」

「……そんなわけないだろう。君が居るんだ。立ち上がれないはずが無い」


 君影の冗談にまさかと答える。

 独古の心から不安は晴れていた。親友が隣に立っていてくれている。そんな心強い状況なのだ、動けないはずが無かった。

 エリザベスと屋上で再会するためにもここで立ち上がらなければならない。

 決意を胸に独古は己を引き上げようとしてくれている君影の手を取るために腰を浮かした。そして、独古の右手は彼の右手を取ることが出来なくすり抜けた。見事にその手が空を切ったことでバランスを崩して独古は床へと転ぶ。ついでに脛を思い切り打ってしまい痛みでのたうち回る。


「あ、僕って実体が無いのか」

「そうなの!? いや、今のが答えなんだろうけど!?」


 うっかり、と言わんばかりに君影が頭を搔いている。けれど、それもそうかと独古も納得していた。君影は独古だけに見えている存在だ。あくまでも独古の頭の中のイメージが射影されているだけというならば、実態が伴っていなくても不思議ではない。

 出鼻をくじかれたようで少し苛立たしく、独古はやさぐれたため息を吐いた。自分で立とうと左手を床につく。その時、左手をついた部分が沈んだ。 カチッというスイッチでも入ったような音が鳴る。

 二人して何の音だとお互いの顔を見る。ふと、脳裏に先ほどエイドリアンの説明が思い起こされた。ワンフロア毎に一つのトラップがあると彼は言っていなかったか。

 独古の額を冷や汗が流れる。

 それを肯定するかのように独古の頭上の天井が割れたかと思うと、くす玉が割れてファンファーレの音ともに垂れ幕が落ちる。

 そこには達筆な文字で「猛追の間」と書かれていた。


「「猛追?」」


 ガコン、と音がする。後ろを振り向けば、約百メートルほど後ろの廊下に行き止りが出来ていた。その行き止まりの前に、壁からレンガブロックほどの大きさの柱が突き出し、まるでジェンガの様に組み合わさってどんどん独古の方へ壁が建造され始める。

 猛追とは、どうやら壁が自分達に迫りくることを指しているようであった。


「走れ独古!」

「嘘でしょおおお!?」


 ガコガコと組み合わさる音を立てながら迫りくる壁から逃れるべく、独古と君影は走り始めた。

 君影は足を動かしながら隣にいる諸悪の原因に文句を口走った。


「何してるだよ!? ちゃんと辺りを見渡して行動しろよ!?」

「あんなのが分かるわけないだろう!? 君影こそ僕の助っ人役なら周りを見て何かに気づいてよ!?」

「理不尽な事を言うな!」

「君が言っていたことってそういうことだよ!?」


 口喧嘩をしていても、迫りくる壁からは逃れられない。

 現状の打開のため、君影は独古に指示を叫ぶんだ。


「独古! 前か途中か、何処かに逃げ道があるはずだ!」

「途中って何!?」


 必死に足を回しながら独古が尋ねる。


「迷路でありきたりなパターンだが、後ろから何かに追われる時は大抵、穴とか隠し扉とか何処かで脇道に逸れる方法がある!」

「こんな状況で見つけられるかあ!?」


 とは言え、彼の言う通り、何かを見つけて現状を打開するしか方法はない。


「ああーもう!」


 自分に文句を吐きつつ、ここから逃れるための仕掛けを探す為に独古は目を凝らした。

 その矢先に、踏んだ先のブロックが突如沈んだ。もつれかけた体制を何とか持ち直して、走る足を踏み出す。

 一度下がった目線を上にあげれば十メートルほど先に上階へ上がる階段が出現していた。決意してから約一秒、コントのようだとしても、芸人もびっくりするほどの早さであった。


「いや、そんな簡単にスイッチあるんかい!」

「つべこべ言わずにのぼるぞ!」


 壁はもう二人のすぐ近くまで迫っていた。独古は気張るために叫びながら階段を駆け上がる。転げ込むように三段飛ばしで上階に潜り込めば、タッチの差で床が埋まった。

 全力疾走で肺が痛い。フロアの床に仰向けになって、乱れた息を吐いた。

 隣に立つ親友は実に涼しげだ。あの距離を同じだけ走ったと言うのに呼吸も乱れていないし汗一つかいていない。

 幽霊と同じ状態だから当然といえば当然なのだが。


(ずっるいな~!!)


 内心で独古がひがんだ時だった。

 誰かの足音が聞こえた。視線を向けると、知らない男が歩み寄ってくるところだった。ターバンを巻いた行商人のような男性であった。彼は独古の様子を見ると手を差し伸べてくる。


「お兄さん、大丈夫ですか?」

「は、はい。大丈夫です」


 彼の手を取り立ち上がる。

 独古はそこでこのフロアに数名の受験者がいることに独古は気が付いた。

 そうして受験者の方をみて、ふと、違和感を感じ取る。

 彼らは一様に独古を哀れな目で見つめていた。どうしてそんな視線をするのだろうか、視線の意味に疑問を感じていれば何かが擦れる音と共に両手が何かに結ばれた感触がした。


「んん?」


 見れば自分の腕が後ろ手にロープで結ばれている。ロープの先を持っているのはターバンの彼だ。どういう事だと見上げる。

 ターバンの彼はすまなさそうに笑うばかりだ。


「おいツヴァイ!次の餌ちゃんと捕まえたか?」

「大丈夫だよアイン。しっかりと逃げられない様にしているから」


 よくよく集まっている人物たちを見れば全員が自分と同じように縄に掛けられていた。 ターバンを巻いている二人に縄は無い。状況は分からないが、これは何かしらの悪だくみの為に捕まったと言うことだろうか。


「すまないが、向こうまで来てくれるかい?」


 隣の男性―ツヴァイが言う。何をされるかもわからないし、君影も従っておけと言うので、大人しく彼について周囲の輪に入る。

 集められた人物たちは、皆、ピンバッジを付けた受験者だ。

 途方にくれた表情の者と、忌々し気に縄をかけた三人を見つめている者がいる。


「さてさて、新たな手駒も増えた所で改めて自己紹介といきますか」


 ターバンを巻いたうちの一番背の低い出っ歯の男性、アインと呼ばれていた男性が言う。


「俺はアイン」

「僕はツヴァイ」

「俺はドライ」

「「「人呼んで、スクラップホールの一二三兄弟!」」」


 声を合わせて彼らは名乗る。


「お前たちにはここから俺たちが勝利する為に、この迷宮を攻略していってもらう」


 彼はそう言うとフロアを指さした。

 集合会場と同じような広い正方形をしているが、行き止まりではない。反対側の壁にすでに階段がある。

 先ほどまでのフロアと違うのは反対側の壁にすでに階段があることだろうか。

 だが、その前に二十メートルほどの峡谷が広がっている。終わりの見えない底からは数十本の円柱が伸びていた。底面に何やらアルファベットが書いてある。

 そして、階段の在る壁には”けんけんぱの間”とこの部屋の名前が書かれている。”けんけんぱ、けんぱ、けんぱ、けんけんぱ。音に従い、向こう岸へ渡りましょう”と説明書きが添えられている。

 向こう岸へこの円柱を踏んでわたって行けということだろうか。

 アインが言う。


「俺たちはこの向こう側へ行きたい。しかしながら、謎がさっぱりわからない」

「謎なんてどうでもいい! 向こうに行きたいなら、お前らで勝手に行けばいいじゃないか!」

「そうだ! 俺たちを早く解放しろ!」


 集団の中から声が上がる。渡ってしまえば良いのに何故、渡らないのだろう。


「それがそうもいかないんだが」

「どういう事か見せてやればいい、おいツヴァイ、ハリスを解放してやれ」


 アインがツヴァイに指示をする。縄を解かれたハリスという男性には見覚えがあった。

 独古はエレベータで乗り合わせていた男性だと思い出す。


「どういう風の吹き回しだ」

「いや、お前に攻略してもらおうかと思ってな」


 ハリスは疑いの視線を向けるが、アインはどこ吹く風。しかしその笑みからは、胡散臭さしか感じられない。

 まあいい、とハリスは視線を出口の方へ向ける。


「これ以上、考えていたって無駄だ。てめえらには悪いがお先に行かせてもらうぜ」

 彼は受験者たちの中から出ると絨毯を広げる。ひらりとはためいたアラビア柄のそれは御伽噺の絨毯の様に宙へ浮かぶ。ハリスはそれに飛び乗る。

「飛び越えて行っちまえば、謎解きも何もねーよ!」


 助走をつけて彼は出口の方へ飛ぶ。恐らくこのまま峡谷を渡るつもりだ。

 彼が謎解きを無視して渡ろうとしたその瞬間だった。

 不正解を告げる音が鳴り響いたかと思われると、突如、壁からコンクリートブロックでできた手が生える。


「手!?」


 独古は思わず声を上げた。まるで軟体動物の様な手だ。不気味に蠢く手は対処を捕捉するとブロックとは思えない速さで絨毯を追尾する。近づき、横から叩き落とす様に手が振るわれる。だが、生業としているだけあってハリスは目にもとまらぬ絨毯捌きで紙一重で交わしていく。

 ハリスは腕をかわし、円柱を隠れ蓑に使い、華麗に交わして向こう岸へと近いた。

 これはいけるのではと周囲から歓声が上がる。

 もうあと一歩。

 皆が固唾を呑んだ、その時だった。

 突如として向こう岸の床が複数の手となり、ハリスの方へ伸びた。不意打ちを食らったハリスは避けきれなかった。絨毯ごと手に叩かれ、奈落へと落ちていく。


「つっ! リ、リタイア!」


 ハリスの宣言と同時に胸元のピンバッジから光が溢れ彼を包み込む。そして、光は流星の様に自分たちの目の前を飛んでいき、壁をすり抜けて何処かへと飛び去った。

 独古は目の前で起こったリタイアまでの一連の流れを、ただ衝撃のままに見つめる事しかできなかった。


「なるほど、正攻法で解こうとしない場合には妨害が入るのか」


 と君影が関心そうに頷いている。その隣でツヴァイは諦めた表情で頭を搔く。


「これが僕らが攻略できていない理由さ。この円柱、間違った選択肢を選んだだけで、あの手が不正解の回答者を峡谷へ突き落す仕掛けになっていてね。そこまでは分かっている。けど、じゃあなにが正解か、俺たちにはわからない」


 ツヴァイが受験者たちに微笑む。

 アインが縛られている一人を無理やり立たせる。

 嫌な予感しかしない。

「ゴー!ドライ!」とアインが指示を出す。ドライと呼ばれる痩せ型の男性は一歩下がり、踏み込んだかと思うと、ぱっと消えた。次の瞬間、派手に何かが衝突する音が鳴った。

 一体何が起きたのか。独古が辺りを見回すと、立たされた男が、さっきまでいた場所から消えていることに気づいた。

 代わりにそこにいるのは、ドライだ。タックルを終えた後のような前傾姿勢をしている。

 悲鳴が聞こえた。慌ただしく、独古はそちらを見やった。立たされた男が宙を舞って、今まさしく奈落に落ちていくところだった。

 まるで何かに撥ねられたような……。そこでようやく、独古は何が起きたのかを漠然と理解した。

 悲鳴が聞こえなくなると、フロアに沈黙が降ちた。


「というわけなんだ、大人しくフロアを攻略してくれれば悪い事はしないからさ」      


 その空気を割るようにツヴァイが申し訳無さそうに頭を搔きながら言った。

 厄介な事に巻き込まれてしまったものだ、独古は冷や汗をかいた。

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