第25話 スクラップホール選抜試験②(2022/01/26 改稿)


 そこは、大きな空地だった。

 正方形の一辺百メートル程のコンクリートの空地に、約二百名ほどの受験者たちが集合していた。

 天から受験者達を祝福するように太陽の光が降り注いでいる。

 青空は遥か上空にある。四方を囲む壁は高く、よじ登って天辺へ行き着く事は出来そうに無い。


(ここが、試験会場)


 まるで、漫画の中の舞台だ。周りの波に乗ってエレベーターから降りながら、独古は緊張に唾を飲む。

 会場には既に多くの人が集まっていた。あるものは壁に背中を預け、在るものは昨年までの試験内容の情報交換をしている。皆一様に真剣な面持ちであった。

 果たしてこの中で、碌な決意も持っていない自分が合格する事など出来るのか。


「ドッコ、たじろいでるんじゃないわよ」

「痛っ!?」


 背中を強く叩かれ、嫌な考えに走り始めていた意識が霧散する。

 独古を叩いたエリザベスは面倒くさそうな顔をしていた。その雰囲気は柔らかく、緊張していない事が分かる。

 不安に苛まれる独古と違って、エリザベスはいつも通りだった。下手したら命が無くなるかもしれない場所に居るというのに、どうしたらそんな風に堂々としていられるというのか。


「緊張していないんですか?」

「しているに決まっているじゃない。でも、昨夜も言ったでしょ?勝つも負けるも運と自分次第、怯えているばかりじゃ掴める勝機も掴めないわ」


 凛とした声。 きらきらと青い瞳が一等星の様に輝いていた。彼女の決意と激励が視線から独古の中へと入り込む。負けるな、呑まれるな、と。


「一緒に勝つんでしょドッコ。なら、私の隣で、堂々と貴方らしく立っていなさいよ」

「はい」


 答えは自然と出た。

 独古の返答にエリザベスが満足そうに笑う。


「ならば、よし!試験が始まるまで休憩でも出来る場所を確保しましょ!」


 エリザベスは独古の腕を取ると壁際の方へと進んでいった。

 どうして彼女はこんなにも強いのだろう。彼女の後ろを歩きながら、独古は思った。

 年下の彼女。三歳しか違わないと言うのに、彼女は自分よりずっと立派だ。

 後悔があるからだろうか、夢を叶えたい信念があるからだろうか。年上の自分の腕を引いて道を進んでいく姿が、なぜか君影に重なる。

 昨夜に見た、暗い場所から青空の元へと這い出る幻想が脳裏によぎった。

 この試験を彼女と共に乗り越えれば、失敗ばかりの自分の殻から飛び出して、新しい夏越独古になれるだろうか。

 耳をつんざくような悲鳴が聞こえたのは、そんな願いを抱いた時だった。

 声に驚き二人はその方向へ顔を向けた。

 周囲の受験生たちもなんだなんだと声を上げながら、悲鳴の主の方へと視線を向け始める。目を向けた先には、宙に浮いている男性がいた。


「許してぐれえ、俺が悪がった」


 そう、空に浮かんでいる男だ。翼で飛んでいるわけでもなく、ロープで引き上げられているわけでもない。

 血だらけで目から涙をこぼし嘆願する男は、棒立ちで浮かんでいた。必死にもがいているようだが、手足もまともに動かせないようだ。

 一体全体、何が起きていると言うのか。状況を理解しようとして全体を視界に収めて、そこで独古は初めて異様な光景が広がっている事に気が付いた。

 浮いている男性の目の前に、人でできた山がある。

 血を流し横たわる人が積み上げられてできた山だ。そこには男性の二人組がいる。一人は山に腰かけ、その傍らに一人が立っている。


「さっきまでの威勢はどこ行っちゃったわけ?”俺の前に立つなら殺してやる”ってご丁寧に宣戦布告してくれた癖に」


 座っている男が挑発的な言葉を投げた。朝焼けの様な薄紫色の髪が印象的な、小柄な男性。綺麗に切りそろえられた前髪の下で、猛禽類の様な金色の瞳が輝いている。

 麻の葉の紋様の描かれた紺色の袴、色鮮やかな牡丹紋様の男性用の着物を腰元まで脱いで上半身はタンクトップ一枚でいた。体つきは細身だが、引き締まった筋肉が全身についているのが見て取れる。格闘家のようなスタイルだ。

 立っている男は、座っている男と同じ髪色をしているが、髪型はオールバックで、前から後ろへとワックスで流している。色鮮やかな牡丹紋様の着物と、右足に昇り龍の入った黒色の袴しっかりと着こんでいる。背がかなり高いようだ。サングラスをかけている。そのせいか、裏社会の人間という雰囲気を醸し出している。


「許してぐださい。ほんのできごごろだっだんです」


 座っている青年が天使の様に微笑んだ。


「いーやだ」


 瞬間、宙に浮いている彼が、絶叫した。

 距離は十メートルほど離れていると言うのに、ぎちぎちと何かが軋んでいる音が聞こえてくる。

 一体何の攻撃を受けているというのか。独古は音から推測しようとして、思いついた考えに、思わず口元を押さえた。

 気が付いた。彼は浮いているのではない。見えない何かに掴まれて持ち上げられて、潰されかけているのだ。軋んでいるのは骨の音だ。

 こふっと浮いている彼の口から血が飛び出る。


「だずげで、だれか、だずげで」

「あははは!! ほら、気張れよ、観客共が楽しめないだろ!」


 語尾にハートが付いていそうな猫なで声を出す青年の顔には、悪意の笑みが浮かんでいる。

 誰か助けようと動かないのか、そう思えど周囲の人間は誰も動かこうとしない。何故なのか、そう考えて周囲の者たちが山を見て怯えている事に気が付いた。

 恐らく、あの山を形成している者たちは、今浮かんでいる男と同じ轍を踏んだのだ。周囲の者たちはそれを知っているから動けない。


「だずげで、だずげで」


 浮かんでいる男は口の端から血の泡を吹き出し始めている。死にそうだ。

 助けなければいけない、そう思えど、独古はどうしようもなく動けない。

独古もその山に加わる自分の姿を想像してしまうから、情けないと思いつつも自分の命惜しさに動けなかった。

 その時、独古の目の前を何かが高速で飛んでいく。

 

「投げ硬貨!!」


 途端、人の山に座っていた青年の顔が、何かに弾かれたように反り返す。

 宙に浮かんでいた男はその瞬間にどさりと落ちた。

 何が起こったのか、なんて、想像するまでもなく予想が付いた。

 独古は思わず隣を見る。


「あんた、何、私の目の前で人を殺そうとしているわけ」


 そこには怒りの表情浮かべ、硬貨を握りしめるエリザベスがいた。

 彼女は袖からお札を数枚出すと、二人の男へ向かって歩き出そうとするものだから、独古は慌てて引き留めた。


「エリザベスさん、無茶です!」

「じゃあ、あの人たちを見捨てろって言うの」


 エリザベスの視線が独古を貫く。


「誰かを目の前で見捨てるくらいなら、死んだ方がましよ」


 その視線に思わずたじろぐ。

 エリザベスは独古に下がっていなさいと言うと腕を振り払った。

 人の積み重なった山の方から「痛った~い」と声が上がる。


「兄貴、大丈夫か?」

「ああ、大丈夫。それにしても痛いなあ、なにこれコイン? え、俺こんなのに弾かれたわけ? 久々に驚いたんだけど」


 サングラスの男の言葉に、飄々とした返答が返ってくる。

 額から流れる血を舐めながら、むくりと青年が身体を起こした。彼は額を軽く拭うと、エリザベスを睨んだ。


「お姉さん、死にたがりだねえ。俺とそんなに殺りたいわけ?」

「そこを退きなさい。その人たちを助けられないでしょう」


 一触即発の雰囲気に、周囲は巻き込まれないようにと彼らから離れだす。

 自分の言葉を無視した返答に、青年が腹を抱えて笑っていた。


「そういうの俺好きだよお姉さん」


 エリザベスが近づく間も笑っていた彼は、ひとしきり楽しむと山から一息に飛び降りた。

 猛禽類の様な金色の瞳がエリザベスを見て楽し気に歪む。


「いいねえ、ただ、俺。老若男女問わず平等主義だよ?」

「上等よ。捻じ伏せてやるわ」 


 目の前で戦闘が展開されようとする。今までの人生で経験したことの無い状態に独古は完全に動けないでいた。

 どうにかしなければ、そうは思うのに、どうすればいいのかが分からない。

 そうこう考えている間に、両者は向かい合う距離に落ち着いた。

 もう駄目だ、独古は青ざめた顔で首を振った。止められやしない。ただ見守る事しかできない。

 エリザベスと青年が互いに飛び出そうとした。

 その瞬間だった。

 戦闘を止める様に二人の前に床からコンクリートブロックの壁が生えた。

 突然の異常にエリザベスと青年のどちらもがたたらを踏む。

 周囲もどういう事だとどよめきだす。

 ざわつく雰囲気の中で、その空気を割るように、カツンと、甲高い足音が鳴った。


「おい、お前ら、神聖な儀式の場で何してやがる」


 全員が一斉にその方向に目を向けた。

 エレベーターとは真反対の、上空約十メートルほどの位置。いつの間にか何もなかった筈の壁に、壁の向こう側の入り口が出来ており、そこから三人の男女がこちらを見下ろしている。

 その内の二人は女性だ。一人は眼鏡をかけたピンク色のポニーテールのスーツの女性で、もう一人は金髪のスーツの女性。

 そして、女性二人を従えるように男性が立っている。

 銀行員の様な印象を持つ、かっちりしたスタイルの男性だった。やせ細った体躯。ワックスで七三分けに固められた髪の毛は、髪型に似合わない真っ赤な色をしている。女性らと似た黒のスーツを纏い、赤いバラの刺繍が施されたネクタイを結んでいる。磨かれた茶色い革靴が彼の怒りを表す様に床を鳴らした。

 その姿を見てサングラスの青年がエリザベスに攻撃しようとした青年に耳打ちする。


「兄貴、一旦下がろう。エイドリアンだ」


 エイドリアン、あの人が。耳に入った言葉に、独古は思う。

 ママやビンカが言っていた、この商業地帯を収めるゴールドラッシュの統治者の一人。その人物が目前に立っていた。


「今すぐに両者ともに引け。俺は情熱に熱くなる馬鹿は好きだが、無駄にあくせくこだわる馬鹿は大嫌いだ。このスクラップホールに不利益をばら撒く馬鹿は要らん」


 彼が眼鏡のブリッジを人差し指で上げ冷めた目つきでこちらを見下ろす。

 その彼に青年は舌打ちを一つ零し、サングラスの彼と共に後ろへと引いた。エリザベスはそれを見て泡を吹いていた男性たちに走って近寄る。


「大丈夫!?今治すからね」


 彼女は彼らに向けて金をばら撒き、その傷を瞬時に癒した。

 その能力に周囲がどよめく。

 独古は能力をばらすのかと驚いた。

 当のエリザベスは目の前の人物を助けるのに必死で、己が不利になる事にも構わないと言わんばかりの振る舞いだ。

 泡を吹いていた男性は傷が回復し、一瞬呆けた。目の前の彼女が助けてくれたのだと理解すると、エリザベスの手を掴み泣き崩れる。


「ありがとうお嬢ちゃん! ありがとう! 本当に、本当に!」

「お礼何ていいのよ……さあ、あっちへ逃げて。少なくともこの試験の間は、もう危険な事をしてはいけないわよ」


 行きなさいというエリザベスに泣きながら頷いて、彼は奥の方へと逃げて行った。

 その様子を上空からエイドリアンが見つめ、フン、と鼻を鳴らす。


「投資の価値も無いド屑が集まったかと思ったが。……見る価値のある原石もいたか。幸先は悪くない」


 エイドリアンが楽しそうに笑うと、受験者たちに歓迎の言葉を述べた。


「改めまして、ようこそ未来の同志諸君、俺がエイドリアンだ。今日はよろしく頼む。さて、試験開始時刻となった。これより選抜試験を執り行う」


 エイドリアンが眼鏡のブリッジを上げる。彼の口から試験の説明が話される。


「スクラップホールは商人の夢の街だ。俺は”商売の自由”を何よりも尊び、優先する。そして、それが叶うのであれば、俺はどんな努力も惜しまない。故に、俺の支配するウエストダンプ露店団地では市場ルールは介在させない。俺の手腕が届く範囲ではお前らが他のオーナーの元でも自由な商売を行えるようできうる限り顔を聞かせてやる。俺の支配下に置いてやる代わりに、俺は、夢を追いかける熱意のある人物のみを求める。俺の理想に相応しい馬鹿を選別する」


 女性二人が受験者たちの居る場所へと飛び降りた。かなりの高さだったはずだが、少しの衝撃も無いかの様に着地すると、彼女たちは何かを受験者たちに配り出した。

 それは赤い旗の形をした指しピン付きのバッジだった。


「ルール説明をする。試験内容は”脱出ゲーム”、試験時間は三時間、お前らは頂上にいる俺の元を目指してこの迷宮の中を彷徨ってもらう。時間内に辿り着き、俺のお眼鏡に叶った奴を俺の配下として迎えてやろう。だが、辿り着けなかった時点でゲームオーバーだ。足掻き足りなかった奴など俺の理想には要らん。熱意を磨き直してこい。お前らに渡したバッジは、せめてもの慈悲だ。いわゆる、命綱だ。バッジを身に着けている状態で”リタイア”を宣言すれば一度だけ入り口のエレベーターの所へ自動的に転移される。つけている限り命の保障くらいはしてやる。力をつけてもう一度挑戦するもよし。諦めて別の地区へ行くも勝手にするがいい」


 独古はその言葉に掌の中身を見た。

 脱出ゲーム、それが今回の試験内容。

 思っていたよりも試験内容があっさりしていた事に、独古はほっと息をついた。

 生きて頂上で待つと言う彼の元へ辿り着けばいいのであれば、希望はまだある。

 エイドリアンが異論はないなと配下の人物たちに声を掛ける。誰も声を上げる事は無かった。それを了承と見なしたのか、エイドリアンが頷く。


「重畳、よろしい。では、試験開始だ」


 その瞬間、受験者たちのいる床が割れた。


「え?」


 受験者たちが驚く声を上げる。だが、理解の追いつかない間に、床はまるで細分化されるように割れ、それぞれが居る場所が地下に下がったり、あるいは上空へと延びだす。

 変わりはじめたのは床だけではない。

 周囲の壁も変形しだす。全方角のブロックが生物の様に蠢き別の建造物へと変化してゆく。

 状況に唖然としていた独古であったが、そこでエリザベスの事を思い出して慌てて彼女のいた方角を見る。

 彼女の居た床もまた変形に飲み込まれ、自分の居た位置から遠ざかろうとしていた。


「エリザベスさん!!」

「ドッコ!!」


 互いに近寄ろうと手を伸ばすが、床が離れるスピードの方が速く二人の行く手が阻まれる。どうしようもなかった。独古とエリザベスは離れ離れにされた。

 他の受験者たちも変化する床にどうしようも出来ず建物の変形に飲み込まれていく。

 上空へと登ってゆく床に乗り、慌てふためく彼らを見下ろすエイドリアンは、「言い忘れていたな」と呟くと、思い出したかの様に受験者たち意地の悪い顔で歓迎のあいさつを述べた。


「改めまして、駆動式変位迷宮スクラップホールへ、ようこそ諸君。こんな所で人生終了になりたくないのなら、魂を燃やして私にお前たちの可能性を見せたまえ」


 その言葉を最後に、独古もまた完全に建物の変形に飲み込まれた。


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