第二章:スクラップホール選抜試験

第24話 スクラップホール選抜試験①(2022/01/26 改稿)

 建物のいたる所に掲げられた祝いのペナント。風に舞い上がる色とりどりの紙吹雪。店頭には受験者応援セールと書かれたのぼり旗が掲げられ、客寄せの声にも激励の言葉が混じっている。

 ウエストダンプ露店団地は、年にたった二回しかない選抜試験の開催に、色めきだっていた。

 祭りに盛り上がったに独古は呆気に取られる。


「凄いですね、これ…」


 くたびれたスーツの上に草色のリュックを背負い、独古は立ち尽くしていた。

 隣のエリザベスは白いファー付きのコートにワンピース、細い脚は黒のロングブーツでキマッている。

 硬貨を親指の上で弾く遊びをしながら独古に返事をする。


「当然よ、なんたって、稼ぎ時だからね。あれよ、ブラックフライデーとかと同じ、商業戦略って奴?商人って逞しいわよね」

「甲子園会場と似ている気がします」

「コウシエン?が、何なのかは分からないけど、スポーツのチャンピオンカップの雰囲気とかそういう意味合いなら、確かに言えているわ」


 試験会場への案内看板に従って、二人は歩き続けた。

 同じ橋の上にいる歩行者の中には、銃を腰に着けていたり、グループなのか同じバンダナを頭に巻いている連中もいる。

 普段と一線を画した雰囲気の者たち。

 恐らく、受験生だ。

 気合いの入った彼らと比べ、独古の装備は実に簡素だ。

 今の持ち物はママから歩きやすいようにと贈られたスニーカーと、ビンカから手渡された重箱のお弁当、そして、客人達から贈られたスパナや替えのパンツやパズルの指南書、その他など。役に立つのか分からない品物ばかりである。

 不安で堪らない独古と異なり、エリザベスは緊張を置いてきたと言わんばかりに能天気ある。羨ましい事このうえない。

 と、そこで、エリザベスが手元でいじっている硬貨に目がいった。まじまじと見て、それが何か理解する。思わず目を丸くした。


「五円玉?」

「ん? 分かるの? ……そう言えば日本人だったわね」


 そう、稲穂の描かれた日本硬貨の五円玉である。何故そんなものを持っているのか。


「これ?秘密兵器」


 不思議そうな表情の独古にエリザベスが含み笑いをする。

 しかし、五円玉。何故、五円玉。

 問いかける独古の視線に対して、エリザベスは含み笑いを返した。勿体ぶった表情で五円玉を仕舞う


「教えてあげな~い。その時になったら見せてあげる。私の隠された実力に慄くがいいわ」


 彼女は自信満々だった。秘密を共有してもらえないことに少しショックを受けた独古だが、よくよく考えるうちに、お互い、能力の全てを知らない方が良いかもしれないと思い至った。

 エリザベスの能力は”事象を操れる”という規格外の能力だが、それが通じるのはあくまでも彼女が”お金”を持っていた場合に限る。そういう”制約”を独古はエリザベスから教えてもらっていたが、もしも悪意のある敵にバレたら、弱点にもなり得る。

 誰が何のトラウマを持っているのかは正直未知数だ。自分がエリザベスの全ての秘密を知っていたら、それが原因で彼女を不利な方向に転ばしてしまう未来も考えられる。

 そこまで想像して、独古はこれ以上は聞かないことにした。

 看板に促されるがままに進み、周囲の歩行者が同じ方向を歩く人物達のみになってきた頃、二人の前に不思議な建物が現れた。

 それは橋を渡り切った先にあった。

 地底の底から垂直に伸びた建造物がある。棒状のコンクリートブロックとも言えるそれは、正面にはエレベーターの扉がるのみで窓などは一切見当たらない。

 そのエレベーターの前に、スーツを着た黒いミディアムヘアの女性が居た。腰に長い木刀を差した、静かないでだちの女性だ。

 受験者達が扉の前に立ち並ぶと、彼女は待っていたと言わんばかりに受験者達へ微笑みを向ける。


「第十回スクラップホール商業権獲得者選抜試験へようこそ。私は、皆様のエレベーターガールを努めます、ウエストダンプ露店団地理事会幹部の柚木令ゆずき れいと申します。皆様は、今回の受験者でお間違えないでしょうか?」

「…おう」


 問いかけられた面々は戸惑っていたが、先頭に居た屈強そうな男が周囲を代表するように彼女に答える。


「結構」


 何が結構だと言うのか。独古は訝しむが、女性の酷薄な笑みからその意図を探ることは難しそうだった。

 その時、エレベーターから軽快な音が鳴り響いた。よくある到着音だった。

 エレベーターはまるで独古達を待っていたと言わんばかりに、地獄への入り口の蓋を開ける。


「これより先は、試験にリタイアするまで帰る道はございません。勿論、皆様も知っての通り、試験会場は切ったはったの世界、殺し合いも合法化されております。此処より、貴方方の命の保証は出来かねます。それでも、栄光を得たい方のみ、お乗り下さい」


 柚木と名乗った女性は微笑むと、エレベーターの奥へと誘うように右腕を広げた。

 彼女の宣告に、周囲から試験を恐れる言葉があちらこちらから飛び出す。


「おい、死ぬ可能性があるってまじなのかよ」

「そう言えば、二年前の試験は壁のぼりで、受験生の大半が帰ってこなかったって噂が……」


 不安が伝播して、動揺へと変わっていく。

 ある者は怯え、ある者は恐怖から参加する事を躊躇い始める。


「俺は行くぜ」


 その中で、先ほどの彼女の質問に答えた男性がエレベーターの中へと先陣を切った。悠々と恐れはないという様に進んでいく。

 彼はエレベーターに乗り込むと、ぎろりと周囲を睨んだ。


「戦う相手が減るなら俺としては儲けもんさ。これは、自由を勝ち取る為の戦いだ。覚悟の無い奴は中央区にでも行っちまえ」


 その啖呵にその場にいたものが無言になる。

 けれど、彼の言葉に何かが吹っ切れたのか「俺も」と一人、また一人と周囲の人間たちが、彼の後を追いだす。


「ドッコ、私達も遅れを取らないよう進むわよ」


 呆気に取られていた独古だったが、エリザベスに促され、はっとしたようにエレベーターへと乗りこんだ

 三分もたった頃には、その場に居た約半数の二十名程がエレベーターの中へ乗り込んだ。

 柚木はその事に対して満足そうに頷く。


「結構。それでは、下へ参ります」


 そうして、決意の無いものをその場へ残し、エレベーターは会場へと向かうため扉を閉ざした。

 片道列車が一行を会場へと連れてゆく。

 閉塞した室内には無言の空気が流れていた。昇降機特有のモーター音が響いている。皆、緊張した面持ちを浮かべている。

 空気に思わず飲まれそうだ。独古は緊張に思わず唾を飲む。

 そんな時、耳元に誰かの気配を感じた。エリザベスだ。

 彼女は顔を近づけ、内緒話をするような小声で独古に左後ろを見るように促した。

 視線に従い、促された方角を見る。


「見なさい。左奥にいるターバンを巻いた奴、一二三兄弟のドライよ。あっちにいるのは魔絨毯配達便のハリス。どいつもこいつもスクラップホールじゃ有名な問題児よ」

「実力派が集まっているってことですか?」

「ええ。あいつらも商業権を持っていないとは思ってなかった。ただでさえ、百人中五人しか受からないって言われる試験なのに」


 今年は荒れるわよ、エリザベスが囁く。

 こんな猛者揃いの中、五体満足で合格する事が出来るのだろうか。独古は不安感に手のひらを握った。

 エレベーターが揺れ浮遊感が収まる。とうとう会場に辿り着いたのだ。独古は汗の滲んだ拳を握る。


「皆様お待たせいたしました。こちらが試験会場となります」


 柚木のアナウンスと共に、扉は開いた。

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