第23話 エピソード エリザベス③(2022/01/26 改稿)

「これが、私の全部」


 語り終えたエリザベスは弱弱しく微笑んだ。

 独古は何度も口を開いては閉じてしまう。何か言ってやりたいと思うのに、言葉が見つからなかった。

 エリザベスはどこか遠い目をして、静かに言葉を続けた。


「私、ゴールドラッシュに辿り着いた時、奇跡が起こったと思った。兄のいないこの世界でなら、私はもう一度やり直せるんじゃないかと思ったの」

「やり直すって、何を」

「人生よ」


 エリザベスが言い切る。


「ドッコ、私の能力の名前はね”マネーイズライフ”、お察しの通り、お金で他人の行動を想うがままに操る事の出来る能力よ」


 握りしめた拳に何を見ているのだろう。

 自嘲気味に笑う姿は痛ましい。


「……皮肉よね。こんなにも金と言う存在が憎々しいのに、未だに私は金との縁を切る事はできないでいるのよ? 本当に笑っちゃう。……夢の中で誰かを助けたとしても、現実で犯した罪が消えるわけじゃあ無い。罪を精算できるわけでも無い。それでも、構わない。もう、間違えたくない。私は、私が決めた道を歩み直したい」

「……エリザベスさん」 

「だから、私は商業権を手に入れて人助けをする仕事を始めるの。もう、誰もこのお金で傷つけない。私は、このお金で誰かを救うの」


 金髪の隙間から覗く青い瞳は決意が宿っていた。

優しい彼女の笑顔の裏に隠れた彼女の後悔を知る。

 自由気ままなのではない。彼女は自由気ままに振る舞う事の代償を、誰よりも自覚している人物であった。

 何を言えばいいのか、けれど、応援も慰めも間違いだと分かっていて、目を泳がせる。悩んだ末に、独古はぐっと眉間に力を入れて彼女に微笑み返す。


 「…絶対に商業権を手に入れましょう」

 「…ええ、ありがとう、ドッコ」


布団の中でひっそりと誓いを結ぶ。

 語った事で疲れも出たのか、エリザベスは十分もしないうちに微睡の中に旅立った。

 彼女の寝顔はあどけないものだった。

 反面、独古は眠れなかった。 エリザベスの話を聞き終えてからずっと、自己嫌悪が胸に渦巻いて苦しかった。

 彼女のことを何も知らないくせに、自分勝手な女の子だと決めつけていたこと。そのうえ、知ったら知ったで、彼女の強さが羨ましいと思っている。


(エリザベスさんは苦しみながらも、自分の足で立っている)


 してしまった事は違うが、同じ、自分のミスで誰かを傷つけてしまったという立場にいるのに、彼女はそこから生まれ変わろうと藻掻いており、一方で自分はどうする事も出来ないと蹲ったままでいる。

 薄汚い場所から青空の元へと出ようとしている姿をしてしまったからこそ、何故そこから這い出る事が出来るのだと、嫉妬の念が渦巻く。

 独古はあらためて彼女の寝顔を見た。天使のような彼女。優しい彼女。自分を助けてくれた正義の味方。

 それと対比して、自分はミスばかりのどうしようもない男で、泣いてばかりで、失敗で転んでばかりで誰かに助けて貰わなければ寝食すらままならない立場にいる。

 同じなのに、正反対だ。

 夢を持ち、夢を追いかける彼女の姿が羨ましい。

 それを妬むばかりで、何もできない自分が恥ずかしい。

 苦しい、苦しい。

 その思いが嫌で、独古は頭を振りかぶって、目をぎゅっと閉じる。

 ああ、あの頃の様に夢に溺れる事が出来ればいいのに。

 でもここはその夢の世界だから溺れることすら出来ない。

 夜が早く過ぎさってくれる事だけを祈って寝たふりをする。

 卑屈な思いを胸に抱えたまま、そうしていつしか、疲れて眠りに着いた。

 安寧は来ず、けれど、耽々と時間は進んでいく。

 そうして青年はその夜も夢から醒めることの無いまま、朝日を迎えた。

 泣いても笑っても変わらなければいけない。

 明日はゴールドラッシュでの運命を決める、選抜試験の日である。


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