第21話 エピソード:エリザベス①(2022/01/26 改稿)

「凄いわドッコ。これ本当に私の部屋?」


 目を輝かせるエリザベス。

 自分でもよくここまでやり切ったと自分を褒めたい。彼女の隣で独古はさめざめと泣いた。

 片付け始める事、約三時間。部屋はまだ物で溢れかえっているが、一部の床が見えるまでには回復した。

 まだ独古が納得できる綺麗さには至らないが、今日のところはここらで決着するべきだろう。もう夜も更けてきている上に手持ちのポリ袋も使い切った。これ以上無理して掃除をすると、徹夜になってしまう。


「でも、残念。ちょっとは遊びたかったなあ。明日は選抜試験に行くからそんな時間無いし……」

「え、試験って明日なんですか!?」


 寝耳に水な話である。独古は思わず聞き返す。

 エリザベスは何かを探しているようで、部屋の中をウロウロとしている。


「そうよ、明日よ。伝えてなかったっけ?」

「初耳ですよ! 準備とか、対策とか、どうするんですか」

「そうよ、明日よ」

「準備とか、対策とか、どうするんですか」

「大丈夫でしょ、何とかなるわ」

「いや、楽観的過ぎません!?」


 怒涛の様な展開に独古は思わず天を仰いだ。しかしエリザベスは相変わらずケロッとしている。


「だって実際に対策なんてしようがないのよ」


 ウォーキングクローゼットの中を探っているエリザベスの表情は、ままならないと言わんばかりだった。


「エイドリアンの試験って、毎回内容変わるもの。ママの時は地下深くまで放り出されて約百メートルもある迷宮の外壁を登攀させられたみたいだし、ビザンツの時は迷宮を解きながら、廃棄物を使って自分の熱意をアピールする試験だったていうわ。”迷宮”っていう共通点はあるけど、内容がバラバラなせいで、予測なんて立てようがないの。だから、勝つか負けるかは運しだいって所も、あ、る、の、かしら!!」


 よいしょっと!!とエリザベスがクローゼットから布団をワンセット抜き出した。その瞬間、押し込まれていた荷物が部屋の方へ雪崩れ込む。

 ついさっきようやく作った床のがみるみる埋まっていく。目の前で部屋が狭くなっていく様子に、独古は徒労が泡になった様に感じた。固まる独古をよそに、エリザベスは残った僅かなスペースに、布団を一組敷いた。

椿柄のモダンチックな可愛らしい布団である。彼女は一仕事終えたとばかりに満足そうに頷く。


「まあ、ここでうじうじ考えていても何ともならない!それよりは、体力、気力を回復して万全な体制で臨んだ方が何倍も役に立つってものよ!というわけで、寝るわよドッコ!」


 あまり事を深く捉えていないエリザベスはもう布団に潜り込み、寝る体制に入ろうとしている。早く明日を迎えたいという気持ちがありありと伝わってくるその態度に、独古は心中で、遠足前の子供かと突っ込んだ。だが、エリザベスのいう事ももっともであった。

 解決の糸口が見えないまま悶々と考えても時間を無駄にするだけである。


(深く考えていてもしょうがないか……)


 彼女の言うことも一理はある。独古は頭を振って思考と断ち切ると、明日に備える為に立ち上がった。


「それじゃあ、僕、あそこの床とこのタオルケットお借りしますね」

「何言っているのよドッコ。そこじゃあ眠れないじゃない」


 独古のスラックスの裾をエリザベスが引っ張る。

 独古はエリザベスを振り返り、首を傾げる。寝床になりそうなソファは物置と化している。ほかに部屋の中で眠れそうなのは、床が見えている窓際の一角しかない。この状況であれば、寝る場所など一択なのだが。

 この状況で彼女は何処で眠れと言うのだろう。


「一緒に寝ればいいじゃない」


 雷が落ちたような衝撃をくらう。

 なんてことを言うのだこの子は。

 彼女の危機感の無さに独古は頭が真っ白になった。否、真っ白を通り越して宇宙が見えた。

 そんな独古を見て彼女はきょとんとする。


「どうしたの? ドッコ?」

「いやいやエリザベスさん、仮にも僕、男ですよ!? 簡単に一緒に寝ちゃダメでしょ!?」

「でもドッコ、私ここに来るまでよくお兄ちゃんと一緒に寝てたし、男の人と寝るの慣れているから大丈夫よ?」


 お兄さんいたのか、というか、お兄ちゃんで慣れているという理由で出会ってまだ二日の男と一緒に寝るのは貞操観念が低すぎないだろうか。

 独古は彼女の将来が非常に心配になった。


「ジャパニーズ川の字! 日本人の伝統の寝方なんでしょう! 一度やってみたかったのよね! ささ、入りなさい、入りなさい」


 しかし、そんな独古の心配を他所に彼女は独古を布団へと引きずり込もうとする。

独古は周囲に、主にビンカにこの事がバレた際の恐怖から抗ったが、抵抗も虚しく、彼女に再度引っ張られた際に足を滑らせて布団へと顔面からダイブしてしまう。


「やっと、お縄についたわね。ふざけてないで早く寝るわよ」


 蛍光灯から豆電球へと明かりを切り替えたエリザベスが隣に潜り込む。

 暖かい布団に二人は包まれた。

 ここで一つ解説しなければならない事がある。

 夏越 独古、二十二歳、彼は初恋もまだの青年であった。親友から純粋無垢と例えられる程に、彼は女性経験が無い。

 初心の塊である。そんな彼が天使の様な美貌を持つ女の子と布団を共にすることになればどのような反応をするかは想像しやすいのではないだろうか。

 お察しの通り、彼は隣から漂う女の子の気配に顔を真っ赤にした。


(お、女の子が! 女の子が隣に寝ている!)


 人生初の経験に彼はパニックになった。あまりの衝撃に親友を呼びそうになったが、脳内で親友に頭を叩かれて辞めた。

 カチコチと時計の音が幾つも鳴っている。

 もぞもぞと隣で動く気配に独古はどうしようと焦った。

 悲しいかな、彼は本当に焦っていた。人間、焦ると思いつきの行動が最善と思い込んでしまうものである。しかも彼は、それを実行してしまった。


「そう言えば! エリザベスって商業権を手に入れたら何をされるんですか!」


 その時頭に思いついた、どうでもいい話題を彼女に振ったのだ。なんてことない雑談で、異常な状況を打破しようという、独古最大の涙ぐましい努力であった。


「何よ、急に」

「いや、試験前に聞いておきたいなって思いまして!」


 独古の苦心とその理由に、普通の人なら少しは気づいてもいいはずだが、そこはエリザベスクオリティ、全く気付いていないようだった。

 エリザベスは悩まし気に唸り声を上げ、考えがまとまったのか、ころりと独古の方に顔を向けた。


「まあ、後々言うだろうし今でもいいか。前にも言ったでしょう、私の使命は人助けだって。私、商業権を取ったら何でも請け負う人助けの仕事を始めるつもりよ」


 独古は首を傾げた。

 エリザベスは美人である。その事を活かせば、モデル等、稼げる職種はいくらでも見るけられるはずだ。むしろ引手数多のはずである。だと言うのに、下手したら儲からない人助けなんて役割を生業にしようとするのはどうしてなのか。


「もっと稼げる職種に就かないんですか」


 独古は素直に尋ねた。

 楽天家な彼女の事だから動機も軽いはずだ。そう、独古は思い込んでいて、だからこそ、軽率な聞き方になってしまった。

独古の発言を聞いた途端、エリザベスの目が冷たくなった時、しまった、と思った。自分が彼女の地雷を踏みぬいたのだと自覚した。


「お金なんていらない。そんな物、あったってしょうがない」


 質問を切り捨てた声音は冷たい。晴れ空の様な快活な雰囲気は消え去り、青い瞳には影が差し続けている。

 いつでも明るいエリザベスが見せたほの暗い一面に独古はたじろぐ。同時に、彼は彼女が抱えるその悲しみの色の種類に気が付いた。

 なにせ、その色に独古は覚えがあった。自分自身もその色の瞳をした事があるからこそ覚えがある。

 これは取り返せない失敗をした際の、悲嘆の色だ。


「エリザベスさん?」

「…そうね、協力してもらうし。ドッコには包み隠さず伝えておいた方が良いかしら」


 彼女に感化され不安げな独古に、彼女は自嘲気味に笑いかけた。


「寝物語にでも聞いてくれる? 一人の馬鹿な女の子の話を」


 そう呟くと、彼女は自分の過去について話し始める。

 それは、彼女の懺悔と罪の話だった。

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