第20話 エリザベスの自室/独古の災難(2022/01/26 改稿)

エリザベスの部屋は金鹿亭が店舗として入っているビルの二階にあるという。

 キッチンのすぐ横にある階段を、エリザベスと独古は登っていった。階段は煉瓦製で、いかにも頑丈そうだったが、角度が少し急だった。三階以上がなくなった弊害で星空が見えてる。秘密基地の入り口の様であった。

 階段を登れば、踊り場に二階への扉と三階へ続く階段がある。分岐点で二階の扉を開ければ、一行は一度、屋外へと続く廊下へ出る事となる。

 ちかちかと点滅するオレンジ色の非常灯色のコンクリがむき出し廊下、右側にエリザベスの自室と思われる扉が一つだけあった。

 エリザベスがその扉の前で鍵を探している間、独古は廊下の外に広がる光景に目を奪われていた。

 其処には、夜のゴールドラッシュが広がっていた。

 金鹿亭は丘の上にある立地上、ほんの少し、周囲の建物の向こう側の景色が見える。

 夜の闇を背に、不夜城がそびえ立っている。天高くそびえる電波塔、その周囲で輝く高層ビル街。独古とエリザベスが初めて出会った中央区の光景だった

 煌びやかで、それでいて、非現実的な世界。

 独古はその光景を、まるでシンデレラの物語に出てくる舞踏会の城の様に思った。


「ドッコ、何処を見ているのよ」


 扉の開錠音で意識が現実へと戻される。

 振り返ると、エリザベスは部屋を開けるところだった。


「ほら、入りなさいドッコ!ここが私のゴールドラッシュでの拠点よ!」


 エリザベスがほれほれと中へ入る事を勧める。

 先程までの出来事に嫌な予感を抱きつつも独古はエリザベスに大人しく従い、玄関口に立つ。そして、いきなり入るのは躊躇われたので、扉の隙間から中をうかがい見る。


 そこで独古は絶句した。


 脱ぎ捨てられた靴の散乱した玄関。上り框を超えてすぐに広がっているはずのリビングには洋服、縫いぐるみ、食品、花束が床に放り出されている。壁にはそれらが入っていたであろうショッピングバックや段ボールが天井に届きそうなほどに積み上げられている。

 足の踏み場は無く、おおよそ快適に生活できない環境である。

 ワンフロアを広々と使っているはずの部屋は汚部屋と化していた。


「いや~、汚い所だけどまあ、遠慮せず上がって」


 エリザベスは床の物を蹴飛ばしながら中へと入っていく。いや、遠慮せずに上がれるレベルではない。


「え、エリザベスさんこの部屋なんですか……」

「私の部屋だけど」

「す、素敵な部屋ですね」

「お世辞を言っても褒めないわよ」


 皮肉が通じない。

 ポリ袋を渡された意味が、ようやく理解できた。

 直面している状況に眩暈がする。先ほどママは”エリザベスに注意をした事がある”というような発言をしていたが、注意されてこのレベルとは、一体全体、彼女の生活力はどれ程低いのか。


「エリザベスさん、この状況何とも感じないんですか……」

「え、やっぱり汚すぎる?いや~これでも片付けたんだけどなあ」

「片付けてこれ!?」


 独古は思わず聞き返す。これが普通だと言うのであれば、ゴールドラッシュに来る前は一体どんな生活をしていたと言うのか。

 独古が問えば、エリザベスは照れ臭そうに頭を搔いて答える。


「今まで、メイドが片づけてくれていたもので」

「やっぱりあんたお嬢様かよ!?」


 薄々感づいてはいたが、思っていた通りであった。

 居住先を手に入れるまで、己が彼女の面倒を見なければならないのか。目の当たりにした光景から、彼女がその他の家事に関しても生活力が皆無でありそうな事は予想が付く。

 独古は思わず天井を仰いだ。だが、問題児はそんなドッコなど気にも留めずに独古の同居に遠足前の子供の様に興奮している。


「ねえねえ、ドッコ!私やりたい事があるの!お泊りといえば定番はカードゲームよね!ババ抜きに七並べ!あ、やりたいならボードゲームもあるわよ!」

「まずは片付けからです!!」


 独古は彼女を𠮟咤した。

 この状況じゃ寝るに寝られない。独古は覚悟を決めてポリ袋を広げた。

 夜はまだこれからである。

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