第17話 誰が為の問診(2022/01/26 改稿)
「まあまあ、私の過去話はここまでにしておいて、そろそろ本題に映ろうか」
キャンディータフトが気持ちを改めなおす様に独古に向き合い直す。己のトラウマを明らかになる時が来たのだ。独古は緊張から身構えた。
キャンディータフトはバインダーを抱え直した。
「此れから私は君を傷つける。だが、まあ安心したまえ、それは一時的なものだ。時がたてばきっと薄れる。そして、能力の発現に関しても安心したまえ。私の行為はあくまでも”医療行為”、故に、私に引き出された異能力にはセーフティーが掛かるという特徴がある。例えそれが家屋をも爆発させるような能力だとしても、この場で引きずり出す分にはさながら心地よい風を生み出す程度の威力しか生まれない。心は傷つくが、行為によって身体は誰も傷つかない、それが私の能力さ」
疑問はあるかいと彼が問う。
独古が首を横に振れば、それは良かったと彼が笑う。
「さあ、問診を始めようか」
その宣言がトラウマ発動のトリガーであったのだろう。
独古は彼が纏う雰囲気が変わるのを感じた。
ぞわり、と肌が異色な撫でられた様な感覚を覚える。
これが能力を使うという事だろうか。
独古は緊張の面持ちで彼に向き合った。
「さて、君の過去を掘り下げていくうえで此れから幾つかの質問をしていく。中には君の怒りを逆撫でする質問や、君に思い出させたくない事を思い出させる事を強要させる様な質問もあるが、それはあくまで能力を調べる為の必要行為と思ってほしい。良いかい?」
「はい」
「素直な事は良い事だ。では一つ目の質問へ行こう。単刀直入に聞く。君の一番楽しかった事は何だい?」
独古は其処でえっ、と疑問を口にした。
「後悔とかでなく、楽しかったことですか?」
「そうさ、楽しかった事。君が心の底から一番楽しかったと思えた時の事を私に教えて欲しい」
独古は戸惑った。
まさかそんな質問が来るとは思っていなかったのだ。
しかし、それも必要な事なのだろう。
彼は顎に手を当て、考えながら話し始めた。
「一番楽しかったのは……そうですね、君影と過ごした小学生の頃の下校後の時間だと思います。あの頃はすごく自由でした。君影は僕の親友で、一緒に遊んでくれた大切な友達なんです」
「へえ~、幼い頃からの仲なんだねぇ。屈託のなく話せるなんて、とても楽しそうだ」
「はい。あの頃はとても楽しかったです。二人で空想話に思いを馳せて、ありもしない光景を夢見て、大人になったころの苦労とか何にも知らない頃の事ですから本当に自由だった」
「楽しかったんだね、子供の頃」
「はい、楽しかったです」
話すと同時に心の中に沸いた暖かい感情に思わず笑みが浮かぶ。
今でも夏空の下で二人で話した時の想いが鮮やかに蘇る。
彼に話した通り、本当に楽しい時間だった。今でも大切な記憶として残っている。
「君影君とは今でも友達なのかい?」
「はい、勿論です。よく仕事の話とかを聞いてもらってました。夢の世界に来る前も電話を良くしてたんです」
「君影君って聞き上手なんだ。坊やの心の支えになってたんだね」
「はい!本当に、君影にはいつも助けられていました。助けて貰ってばかりで申し訳ないばかりで……」
「ふふ、坊やの遠慮がちな姿が目に浮かぶよ。でも、そんなに仲が良いと喧嘩した時とか大変だったんじゃない?お互い一歩も譲らなかったりさ」
「いえ!そんなことありません!というか、むしろ喧嘩した事、一回も無かったんじゃないかな……」
そう言えば君影とは喧嘩した事が無かったな、とふと独古は引っ掛かった。
独古のその様子にキャンディータフトがバインダーから顔を上げる。
「珍しいね。長い付き合いで一個も無いなんて。十年来のとかの付き合いになるんじゃないのかい?」
「ええ、そうなんです」
独古は改めて自分の過去を回想するが、君影と喧嘩した様な記憶は一切無い。お菓子はどちらが美味しいかとか、そういった些細な言い争いはきっとあったが、決別しそうな危機に瀕するといった喧嘩は一切無かった。
同じ年代ではあったが、君影は聞き手になることが多いなど、昔から独古よりも精神的に大人な側面がよく見られた。
その影響もあったのだろう。
「自分でも思い返すと、不思議なほど馬が合うと言うか。仲が良かったです。僕ら」
本当に仲が良かった。
放課後は良く遊んでいたし、中学生、高校生、そして社会人になってからも連絡を良く取り合う程に仲が良かった。
気が合うからなのだろうか。
独古は過去へ、過去へと記憶を深く遡っていく。
でも、出てくるのは君影との楽しい語り合いの記憶ばかりだ。
そこで、ふと独古は思った。そう言えば、君影とここまで仲良くなったのっていつの頃からだろうか、と。
そう、僕らが仲良くなったきっかけは何だっけ?
「は?」
その感覚に襲われたのは、その時だった。
ぞわり、と身体が寒気に襲われる。
腸の底から何かが引きずり出される感覚に、独古は思わず両腕で己の身体を抱きしめた。
突然、自分の身体を襲った変化に独古は戸惑う。熱い何かが身体の中心から這い出ようとしている。
何が起きているのか分からない。
自分でも理解できない衝動に、独古は恐怖に駆られた。
ただ、この熱さを外に出してはいけないと感じた。
助けを求めようにも身体の外へと這い出ようとする熱さを抑え込むのに全力を掛けねばならず、声が出せない。
恐い、恐い、恐い。
目を閉じて、恐怖を耐え忍ぼうとした。
暖かい声が聞こえたのは、その時だった。
「大丈夫だよ。独古。大丈夫」
その声は聞こえる筈のない声だと独古は理解している。
だって、ここは夢の世界なのだ。此処にいるはずが無い。
でも、独古を正面から抱きしめる熱と声は明らかに見知ったもので。
「どうして?」
此処にいる筈のない姿を見て独古は声を震わせた。
「どうして此処にいるの、君影」
瞼を見開く。其処には己の親友、君影の姿があった。
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