第15話 真実の館(2022/01/26 改稿)
独古とエリザベスはキャンディータフはいくつも橋を渡った。
ウエストダンプ露店団地の入り口から既に二十分程経過している。
これと言って特徴のない団地を進み続けていた。土地勘の無い独古にはどの道も同じに見える。
キャンディータフトのところにはいつ着くのだろう。この道で本当に合っているのか憂慮する。
けれどそんな独古とは反対に、先を行くエリザベスは、自分の選択を疑う事は無いと言わんばかりだ。行く先へ焦点を真っ直ぐ合わせている。
何度もこの道を着た事があるのだろう。彼女は分岐点に辿り着くたびに迷いなく歩くべき橋を選んでいく。その背中は、初めて出会った日と同じく自身に満ち溢れている。
白い背中が迷うなと独古を鼓舞する。
彼女の雰囲気に力を借りて不安と戦いながら、独古は歩みを進めた。
橋を下りてゆくたびに、滞留する空気が冷たくなってゆく。
秋の終わりを連想させる寒さに、独古は思わず指先をこすり合わせた。
彼女の後を追うまま、町の底へと降りていくように歩き続ける。
そうして、さらに五分程歩いただろうか。
独古はこれまでと違う雰囲気の道が広がった事に気づいた。
エリザベスが渡ろうとしている次の橋の先に、二軒のコンバージョンフラットタイプの住宅に挟まれた、これまでの道幅よりも明らかに狭い一本道があった。
赤煉瓦でできた二軒の壁面にはモッコウバラが咲いている。
天から降り注ぐ光が所々に咲く小さな花弁に反射して道を照らしていた。
自然にできた道しるべが独古たちを導いている。
独古はこの先に目的地がある予感がし、そしてそれは正しかった。
道の行き止まりに、その館はぽつりと在った。
産業革命時のイギリスを思い浮かばせるような黒いタウンハウス。
玄関には半月型の窓のついた黒い鍛鉄性のドア。
玄関口には陽射しを作る為の三角の突き出し屋根が付いており、屋根の先に鉄で編まれた吊り下げ看板が付いていた。
筆記体で”葬祭用品店 真実の館”と書かれている。
それが、この館の名前なのだろう。
(ここが、能力……トラウマを教えてくれる人が居る館)
葬祭用品という言葉から、死という言葉を連想してしまう。
一体全体、中にはどんな人物がいるのか。
それも不安であるが、一番の不安は己の能力だ。
この夢の世界において、異能力は自身のトラウマから形成されると言う。
トラウマと言われて思い浮かぶのは仕事上でのミスや、失敗を起こした際に見られる失望の眼差しだ。胸が締め付けられる。思い出したくない、苦い記憶。
そのような記憶から生まれるとしたら、果たしてどんな能力なのだろう。
待ち受ける未来を想像して、独古は少し怖いと感じた。
身体が硬直し、館の玄関口で竦んでしまう。
そんな独古の隣でエリザベスが動いた。
独古は彼女が動いた際、ふと脳裏に、自分の緊張した様子を見てしまい、安心づけようと動いてくれたのかと一瞬淡い期待を描いた。
後々思い返せば、目の前の事に夢中になっているエリザベスが周りの事を気にする事など無いと分かるのだが、この時の独古が思いつけるはずもなく。
エリザベスは独古を見もせず、玄関口へずんずん進むと、思いっきりドアを開けた。ノックもしなければ、家主に声を掛ける事も無かった。
(……え、この人何してんの?)
その行動が突飛すぎて、独古は思わず二度見した。
知り合いの家とはいえ、家の中に入りたいのであればまずはベルを叩くなりして入室の許可を得るのが常識のはずだ。
……そのはずだ。
だが、エリザベスは、独古が疑問を頭上に飛ばしている間にも家の中へ進んでいこうとしているものだから、独古は慌てて待ったをかけた。
「いやいや、不法侵入ですよ!?」
知り合いの家だとしても、ノックのひとつもしないのはまずいだろう。
思わずドアを閉め、注意をすれば、進もうとしているエリザベスから不満げな視線を向けられる。
「は?独古、何してんのよ?」
何をしているんだと問いかけたいのはこちらの方である。
「エリザベスさん、ノックひとつも無しに家に入るのはまずいでしょう。親しき中にも礼儀ありと言うでしょう。見て下さい、ブザーありますから」
「ドアは開けるものでしょう?」
「開けるものだけど、言いたいことはそういうことじゃないんです!」
右斜め上の回答に思わずツッコミを入れる。だが、当のエリザベスはやましいことなど何も無いと言わんばかりだ。嚙み合わない会話に独古は眉間を揉んだ。
そんな独古をエリザベスは哀れだと言わんばかりに眉を歪める。
「ドッコ、貴方本当にジャパニーズなのね。凄く、真面目だわ」
「いや、日本人全員が生真面目なわけじゃないですから!?てか、そういう話じゃないですから!?今はドアをノックするか否かの話です!」
「扉の話っていう事は理解しているわよ。どうしたのドッコ、疲れてる?」
「だからすれ違ってる!しかも無意識に煽ってくる!」
エリザベスの返しに独古は思わず青空を仰いだ。
エリザベスと出会ってまだ数日だが、言動は自由奔放と例える以前に、自分を貫きすぎている所がある。
独古を強引に金鹿亭へと連れて行った昨日といい、ゴールドラッシュの模型を置くために問答無用で料理を端に寄せた今朝といい。
右も左も分からない独古にとっては有難い行動ではあったが、客観的に考えるとかなり強引だ。悪気や悪意が一切なさそうなところが、また不思議である。
それはまるで、自分の行動が誰かから不満や疑問を抱かれると思っていない、否、そもそもそういう前提が欠けているように思える。
ふと、エリザベスの容姿を改めて見た。
手入れのされた艶やかな金髪のツインテールにビスクドールの様な美しい顔。
スタイルが良くなければ映えない白いコートとワンピースをいともたやすく着こなす彼女は、雑誌の表紙を飾れるほどの美少女である。
もしかして、現実ではモデルか何かだったのだろうか。
周囲を気遣わなくて良い立場に居たとすれば、常識を一瞬疑ってしまう様な言動をしている事にも合点が行く。
独古が一人心の中で納得した。その時だった。
突如、玄関先にブザー音が鳴り響く。独古は驚きで肩を跳ね上げた。何だ何だと、思わず周囲を見渡す。
音の発生源は話の話題に上がっていた玄関のインターフォンであった。しかし、ブザーは独古もエリザベスも押していないというのに、何故、鳴っているというのか。
頭を捻る独古を他所に、音を聞いて何かを思いつき、思わずと言った様に顔を顰めたエリザベスがブザーに近いた。ボタンを押して受話器側にいるであろう相手と会話を始める。
「私よ、エリザベスよ。……ええ、お久しぶり。急かさなくても今行くわよ。……、え、分かってるでしょ、私が此処に来る理由なんて。そうよ、アンタの能力を借りたいの。……飴? 勿論持ってきてるわよ。……分かった! 分かったから!すぐ行くからもうちょっと待ってなさいって!」
何やら興奮した様なくぐもった声が聞こえた。
受話器側にいるであろう相手だろう。
エリザベスはインターフォンから離れると言わんこっちゃないと言わんばかりに独古をジト目で見る。
「玄関でたむろっているからキャンディータフトが早く来いって催促して来たじゃない。独古のせいよ」
「え、ええ~?」
どうやら館の主からの催促のようだった。
いったい何処から見ていたというのだろう。
だが、催促してきたという事は、勝手に入ってよかったと言う事なのだろうか。だが、催促してきたという事は、勝手に入ってよかったと言う事なのだろうか。
「もしかして、いつも勝手に入っているんですか? だとしたら、僕……」
的外れの心配をしていた、と言いかけた独古を、エリザベスのケロッとした声が遮った。
「いや、勝手に入ったら勿論怒られるわよ?でも、あの人、その飴を玄関口のやり取りももどかしいぐらいに楽しみにしていて、何処からか察知して早く持って行かないと催促が凄いのよ。……五月蠅いくらいに。だから、勝手に入る事が多いと言うか。……別に、ブザーを推すのを忘れていたわけじゃあ無いんだからね!」
「忘れてたんじゃないですか」
「さっきから五月蠅い!さっさと行くわよ!」
やはり、独古の指摘は正しかった様である。
表情をほんのり赤らめ、エリザベスは先に館の中へと入っていく。
解せない所はあるものの、一旦飲み込み、独古もエリザベスの後を追う様に館の中へと入っていった。
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