第14話 懐かしい声(2022/01/26 改稿)

 

 ウエストダンプ露店団地の街並み、むせ返る雑踏の中にエリザベスの背中はいない。


「え?」


 そう、彼女はいなかった。慌てて辺りを見渡すも彼女の姿が見当たらない。ドッコは思わず青ざめた。


「あ、あのすみません!金髪の女の子がどっちに行ったか知りませんか!?」

「ああん?金髪?多すぎるよもっと具体的に言え、兄ちゃん」


 独古は慌てて周囲に声を掛けた。慌てていたために最初に声を掛けたのは如何にも強面な男性だった。タイミングが悪かったのか声を掛けた瞬間に睨まれ、肝が縮む思いを味わう。


「ひょえ」

「何だ、用事でもあったんじゃねえのか?」

「あ、あの、金髪で、白いファー着きのコートを着た女の子を見ていませんか」

「そんなの知るか、こっちは急いでるんだ」


 舌打ちを鳴らし男性は去っていく。

 気を取り直し、独古が別の人に声を掛け、エリザベスについて尋ねたが、どの人物からも曖昧な答えしか返ってこなかった。

 それもそのはずだろう。ウエストダンプ露店団地は店の数も多いが、それと比例するように尋常じゃない数の客も訪れていた。荷物を持って駆けまわる運送業者の様な人物からバックパックを背負って露店を覗く人まで、視界の中には数えきれない人数の人が映り込んでいる。エリザベスに似たような特徴の人も見え、曖昧な答えが返ってきてもおかしくない状況であった。

 独古は焦りで自分の動悸が止まらないのを感じた。

 不安が胸の内で蜷局を巻いていく。


 (どうしよう……)


 一人きり、という状態が一番まずい。

 キャンディータフトの場所には、たぶん一人でも行けるだろう。有名人のようだし、ここに住んでいる人だから、街の人は恐らく居場所を知っている。道を聞きながら進めばいつかは着く。

 けれど一人でキャンディータフトのところに行って、どうすればいいのか独古には見当もつかない。やはりエリザベスがいなければ話が進まない。

 それに独古はまだこのゴールドラッシュの事を知らない。今の独古には対処手段がほとんどない。

 考えば考えるほど、独古の焦りは加速する。

 現実であれば交番に駆け込むなど、安全に身を守る方法は幾つもある。しかし、ここはゴールドラッシュだ。殺人が肯定されていて、異能力という概念もある世界。其処で助けを求めなければいけない状態が発生した際、昨日のみたいにエリザベスの様な善意だけで動いてくれる人に出会えるとは限らない。

 このまま、彼女に追いつけなかったらどうしよう。

 不安が肥大化し、息が上手く吸えない。

 独古が麻袋を強く抱きしめる。身体が見えない不安への恐怖で思わず震える。どうしよう、どうしよう、パニックで頭が真っ白になりつつあり、思わず目をぎゅっとつむった。

 

 その時だった。


「何不安がっているんだこのヴァカめ。もっと周りをよく見ろ」

 とん、と左肩に誰かの手が置かれる。耳に聞きなれた声。


「彼女を見失ってからまだ一分かそこらだ。いくら知った道でペースが速くなると言っても、彼女は女性。歩いているのだとすれば、進めたとしても距離的には100メートル以内かそこらのはず。加えて、動く際には橋から橋へ、もしくは橋から階段を使う。着目出来るポイントがあるんだ、百メートルの範囲内で彼女が進むであろうルートを考察することは想像に容易い」


 驚きすぎて、息が吸えない。

 だが、そんな独古をお構いなしに左肩に置かれた手は、すいとマンションとマンションの間を指し示し、独古に見ろと指示を出す。


「橋を渡ると、道は二手に分かれる。右のインド雑貨の店は奥に新しい橋と上に行く梯子があり、左の電球屋の道は橋が上に伸びている。まず、上に行く梯子からよく見てみろ。その先はお前が居る方向に橋が伸びていて、奥二つ先はどう見ても行きつくまでに百メートル以上ある。その道に彼女の姿はないから、彼女はこっちに進んだんじゃないと分かる。なら、お前が見るべきは左の電球屋の道の先の橋だ」


 指先を追う様に視線が映る。


「上に伸びる橋は斜め左奥へインコ売りの店の方へ伸び、奥と上へと別れている。しかし、奥の道は五軒先のチーズドック屋が道を塞いでいる事からこっちじゃないと分かる。なら、彼女が歩いた道はただ一つだ」


 答えは一つと言わんばかりに、良く聞き覚えのある親友の自信満々気な声が響き渡る。


「ほら、彼女は見つかったぞ。証明ここに完了。焦らなくても大丈夫だっただろう? なあ、独古」

「君影!?」


 あり得ない。その声に思わず振り返る。

 しかし、振り返った先に映ったのは自分が歩いてきた橋と行きかう人々の姿だけだった。親友の姿はそこに無い。

 独古は呆気と立ち尽くした。今のは、一体なんだったのか。

 だが、白昼夢と思うにはあまりにも今の声は生々し過ぎた。

 あれは、確かに親友の声であった。


「ドッコ~! 何してるのよ! 早く来なさいよ!」


 はっとして前方を振り返る。君影の声が指し示した箇所にエリザベスは立っていた。大きく手を振り、独古に早く来いと指示をしている。

 独古はもう一度後ろを見た。けれど、そこに彼の姿は勿論無い。

 奇妙な体験に尾を引かれる気持ちではあったが、今は彼女に追いつくことが優先事項である。

 独古は前を向きなおし、エリザベスの居る場所へ走って向かった。

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