第12話 選抜試験(2022/01/26 改稿)
これで一通りの説明はおしまい、とエリザベスが言った。
成程、と独古は頷いた。
異能力なんてアドバンテージをもった人間たちがどうやって、この夢の世界で互いに手を取り合っていたのか疑問だったがこれで解決した。
統治者たちが、エリア事に特色を作り出して人々を統制した事で均衡を保っていたのだ。それぞれのエリアが、ある種、信仰の違う国なのだ。良くできたシステムである。
ママがキッチンから紅茶を取ってきた、小休憩にどうだい、と手渡される。
ローズマリーの匂いのする紅茶だ。香ばしい香りが湯気と共に立ち上がっている。
ほっと一息ついた所で、エリザベスは微妙な表情を浮かべた。
「まあ、代わりに、どこかの商業権を手に入れないと働けないっていうデメリットもあるけど」
「え!? その商業権を手に入れないと働けないんですか!?」
「まあ、そうね。持ってなくて働いたら無許可でお金を稼いだ事になるし、エリアによっては殺されたりするし」
思ったよりも大問題である。
昨夜の食事代の返金もあるし、当面の資金も確保しなければならないのだ。
独古はエリザベスにどうすればいいか聞いた。そこで返答を返したのは意外もママだった。
「どうせなら、リザと一緒にスクラップホールの選抜試験に行けばいいさ」
選抜試験?スクラップホール?
何処かの地名とこの流れだと商業権を手に入れる試験の事だろうか。
しかし、今聞き捨てならない事を聞いた気がする。
「エリザベスさんって、商業権もっていないんですか?」
「まったくもって、その通りよ! ママとビンカは持っているけどね!!」
自分以外にも仲間が居た事に独古は安心した。エリザベスはゴールドラッシュの事についての先輩であるし、もしかすると今後試験を受ける時に助けて貰えるかもしれない。
まるで、暗闇に一筋の光が差したようだ。
そんな風にほっと一息つく独古の隣で、てへぺろとウインクをするエリザベスだったが、そんなエリザベスに対してママがジト目になる。
「…リザ、もしかしなくても、あんたがこいつを拾った理由って、商業権を取る仲間を手に入れたいが為じゃないのかい?」
それはどういう事か。右隣を振り向けば、エリザベスが明後日の方向を向いていた。
わざとらしく口笛までも吹いている。
何かを誤魔化したいという魂胆が目に見える表情である。
「べ、別にそんな私利私欲にまみれた理由だけでドッコを助けたわけじゃあないわ。まあ、確かに来たばかりでどこの商業権も手に入れていない、自分の探していた理想の人物を見つけて嬉しかったのは確かだけど」
「やっぱりじゃないか・・・」
要するに、エリザベスは完全なる善意で自分を助けてくれたわけではない、ということか。
独古は少しショックだったが、かといって、それ以上思うことはなかった。むしろ、どこかほっとしていた。
うまい話しだけの方が世の中恐ろしいのだから、多少の損得勘定があったほうが、人として信用できる。すぐに気持ちを切り替えた。胸に痛みがまだ刺さっているが、そこは気にしない。
はっと、エリザベスは思い出したかのように独古の方を向いて肩を掴む。
「ドッコ、本当よ。まあ確かに下心もあったけど、私本当に貴方を助けたいと思って助けたんだからね!!」
「いや、無理しなくてもいいんです。むしろ、完全なる善意で助けてもらった方が信用ならないし」
「確かに含みはあったけど! そうじゃないのよ!」
「ああん!? お前エリザベスちゃんが私欲にまみれた奴だと思ってんのか!?」
「え、ええ~?どんな考えでもいいって遠回しに言っただけでそんな集中砲火される??」
独古は口元を引きつかせた。本当に違うわと必死に言うエリザベスとその援護をするビンカの圧が凄すぎる。
「本当に、本当よ~!!」
「分かりました! 分かりましたって!!」
「嘘よ! まだショックを受けてるでしょ! 目をみればわかるのよ!」
「ま、まあそれは……いやでも! だいたい、僕は昨日、エリザベスさんにあそこで助けられていなかったらここには居なかった。だからこそ、感謝はすれど、貴方を決して侮蔑して見る事はありません!」
独古は自分の肩に置かれたエリザベスの手に触れた。
「僕は、感謝しています。昨日、あの場所で貴方に助けられた事に。僕はあそこでエリザベスさんに手を差し伸べていただけなかったら、あのまま死んでいたでしょう。でも、そうはならなかった」
キラキラと金色の髪を翻して、彼女だけがあの場所から独古を助け出してくれた。何も分からない状況で手を引いてくれた、それだけの事にどれだけ気持ちが救われた事か。
言葉で言い表せない。独古は思う。この先、あの瞬間の気持ちを忘れる事は決してない。
「僕、嬉しかったんです。そして、この恩を返せるのなら、どんな無茶ぶりをされてもいいと思っているぐらいに、本当に嬉しかったんです。だから、貴方が望むなら、不安はありますけれど、エリザベスさんと一緒に商業権を手に入れに行きます」
「ドッコ・・・」
「僕にできる事なら、やらせてください」
虚をつかれら様に呆けるエリザベスに独古は微笑む。
心の底からそう思っていた。どんな事をすれば、この恩を返しきれるのか分からないが、それでも返したい。手を引っ張ってくれた彼女の様に、自分もそれだけの事をしてあげたい。彼女の望む商業権を手に入れる事がどれだけ大変なのか今は想像がつかないが、それでも、彼女が望むなら一緒に頑張ろうと独古は思った。
「ドッコ、お前、女の子にたかるろくでもない紐野郎かと思ったら、案外、純粋な良い野郎だったんだな」
「ビンカさん、シリアスなムードをぶち壊すような事言わないでくれます?」
感心するようにビンカが本音を言うものだから、感動的な雰囲気はあっさりと何処かへ消え去った。まあ、最初からシリアスムードでは無かったため、ここでぶち壊してくれて案外よかったのかもしれない。
くすり、とエリザベスが笑う。
「ドッコ、ありがとう。そうね、今回ビンカは役立たずだから貴方がそう言ってくれると本当に心強いわ」
「エリザベスちゃんすっぱり言い切られると俺は辛いんだが。まあ、確かに、エリザベスちゃんの為なら、例え、火の中、水の中、どんな窮地にでも馳せ参じる覚悟は持っているが、スクラップホールの選別試験の資格は”商業権を持っていない新人で在る”が条件だから、俺は役に立てないんだ」
「その、スクラップホールの商業権って、来たばかりの人しか得られないんですか?」
「「その通り」」
片方は肩を落として、もう片方は自信満々に頷く。ビンカがのろのろと顔を上げ、自分が役に立てないわけについて話す。
「スクラップホールのオーナーの名前はエイドリアン。奴がこの街で求める事はただ一つ、新規事業を始めようとする意志がある事。エイドリアンは未知への開拓を好んでいて、新しい事をしようとする奴、新しい事に挑戦したいという熱量を持っている人間を心底好んでやがるんだ。反対に、既知の事、今までと同じことを繰り返そうとしている奴が大嫌いでな。故に、商業権をただ与えるんじゃなくエイドリアンは商業権を必要としている奴の中から未だ商業権を持っていない奴、かつ、自分の主義に会う奴を毎回選別しているのさ。だから、すでに商業権を持っている俺はエリザベスちゃんを手伝えないのさ・・・」
途方に暮れたように、ビンカは肩を落とした。そりゃ貴方の方が早くこの街に流れ着いたからじゃないと、なんだか励ましているのか励ましていないのか分からない言葉でエリザベスが彼を励ましているが、それでもビンカは肩を落としている。彼女を守れない事が余程悔しいのだろう。
だが、これで自分がエリザベスに求められていた理由が分かった。そうなると、新たな疑問も湧いてきた。
(選別って、どうするんだろう?)
聞いている限り新しい事をしてみたいと思っている人を好んでいるみたいだから、面接のようなものでもするのだろうか?けれど、ビンカの様子を見るに、その選別というのは会って話してみるといった簡単な試験ではない気がする。
エリザベスとビンカがわいわいと話している横でドッコが一人首をかしげていれば、騒ぎに惹かれたママが奥から何やっているんだいと顔を出した。
エリザベスがママ、と顔を嬉しそうに向ける。
「ママ!ドッコが一緒に選別に行ってくれる事になったの!」
「あらそうなのかい!なら、ちょっとは安心だね」
「あ、あの~、選別ってエリザベスさん一人で行かせる事が不安になるような内容なんですか?」
「ん?ああ、そうか。ドッコは選別について何も知らないんだったね」
ママが独古の方を見てポンと掌を打った。
「いや、何。選別は・・・そうさね。死にはしないけど気を抜いたら死ぬ程度の試験さ」
「え、気を抜いても気を抜かなくても死ぬってヤバくないですか?」
控えめに言って、意味が分からない。
「え、何?僕ら何をさせられるんですか?」
「いや、ママの言いすぎさ。まあ確かに、甘い気持ちで受ければ痛い目を見るが、「夢を叶えたい根性」を見せつければ比較的早く選別には通る」
「いや、概念的な部分じゃなくて、内容を知りたいんですが」
「ドッコは心配症ね」
「死ぬって言われたら心配しません!?」
他人事の様に気を抜いているエリザベスに思わずツッコミを入れる。まあまあと、ママが興奮しているドッコをなだめる。
「悪い悪い、脅しすぎたさね。まあ、エイドリアンの選別は簡単って言えば簡単なのさ。なにせ、エイドリアンが指定した迷宮でゴールに辿り着くだけだからね」
「め、迷宮?」
なにかしら命に係わる試験内容を想像していた独古は、その内容が意外にもファンタジーチックであったため、驚いた。
「そうさ!エイドリアンの迷宮でギブアップすることなくゴールにたどり着く事!それが、エイドリアンの試験内容さ!」
「まあ、問題はその迷宮に半殺しトラップとか、キメラが放たれていたりとか生命の危機に関わる仕掛けがある事なんだが」
「やっぱり危ないんじゃん!?」
迷宮と聞いてクイズ番組に出てくるような単純な迷路の様なものを想像していた独古は、思わず叫んだ。なぜ仕事を得る為に命の危機が生じなければならないのだ。エイドリアンとかいうオーナーはなぜもっとマシな方法を選択しなかったのか。
青ざめた顔でいる独古の隣で誰かが両手を握りしめてくる。その方向を見れば眩しいくらいの笑顔を浮かべるエリザベスが居た。
「ママとビンカがこんなこと言ってくるから、私も不安だったの。でも、一緒に戦ってくれる仲間がいるならこんなに心強い事は無いわ!ありがとうドッコ!」
焼かれてしまうくらい眩しい信頼であった。ビンカがエリザベスの事を天使と例えるのも仕方が無い美少女ぶりであった。こんな全幅の信頼を寄せられて断れる奴がいるのなら見てみたい。
「う、うん。僕も頑張ります」
今更危険だから辞めときますなんてい言う度胸など、独古にあるはずが無かった。
引きつった笑顔でよろしくねと返答する。
かくして、独古はエリザベスと共に選抜試験へ行く事になったのだった。
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