第11話 商業権(2022/01/26 改稿)
「やれやれ行ったかい」
嵐の様に去っていった彼らの背をママが肩を竦めて見つめる。
その哀愁漂う姿にエリザベスが皆のママと言う言葉の意味が分かった。手のかかる息子を見つめる姿にはどこか母という感じが見える。確かに彼女は彼らの母たる存在なのだろう。
ママがジョッキやお皿を片付けるために振り向いた。。
そこで、独古の視線に気づいたのだろうか、それとも、別の要件があったのだろうか。ママが独古の方へ顔を向けた。
「ドッコ、あんた、そう言えばあんたこれからどうするんだい?」
「え、何をですか?」
「これからの話だよ。来たばかりで、先の事を考える余裕なんて無いだろうけどさ。何時までも金鹿亭に籠るわけにもいかないだろう」
避けてきた問題を突き付けられ、胸がぐっと苦しくなる。
ママの言う通りだ。けれど、具体案が思い浮かばない以上、どうすればいいというのか。グラスを覗き込んでも、そこには困った表情の自分が映っているのみだ。答えを出してくれる人物などいやしない。
「じゃあじゃあ! まずは、このゴールドラッシュの事から勉強しましょう!」
待っていましたと言わんばかりにエリザベスは立ち上がった。二日酔いは何処へ行ったのやら、昨日の「世界の事を教える」という約束をずっと覚えていて、機会を伺っていたに違いない。
聞いて驚きなさいとエリザベスが独古に人差し指を突き付ける。
「この世界は、なんと夢の世界なのよ!」
「わりい、エリザベスちゃん。それ、俺とママが話しちまった」
彼女の全身が文字通り凍り付き、空気がビシッとひび割れる。
エリザベスはブリキのおもちゃの様に首を動かしてビンカの方を向く。
「話しちゃった?」
「君の手を煩わせたくはなかったのさ! わざとじゃない!」
エリザベスはよろよろとスツールに座り込む。しかし、「七転び八起よ、エリザベ
ス。こんな事で挫けちゃダメ」と呟き、すぐ立ち治った。切り替えが早い。
「なら、これね!!」
気を取り直したエリザベスは、店の奥に一端引っ込むと、何かを手にしてすぐに戻ってきた。独古の朝食のプレートを「邪魔」の一言で端に追いやり、持ってきていたものを目の前にドンと置く。
まだ食べ途中なのだが。
訴えたかったが、エリザベスのキラキラした目を見ると何も言えなくなってしまう。そのうえ、後ろには、エリザベスの期待を裏切るなと圧をかける存在もいる。
(エリザベスさんって、やりたい事に猪突猛進なタイプだろうな)
独古は手に残った貴重なホットサンドを、ちびちびと嚙み始めた。
「これがゴールドラッシュ! その全体像よ!」
彼女が持ってきたのはゴールドラッシュのジオラマであった。細部までよく作りこまれていて、Lサイズのピザ一枚ほどの大きさがある。
よくできた模型だ。独古は自然と感嘆のため息をついていた。
ゴールドラッシュは海に囲まれた円形の島であった。
島という点にも意外であったが、独古が最も目を奪われたのはその構造だ。
土地全てを有効活用しようと言わんばかりに、島の全体に建造物が建れられていた。
霧がかった街、隙間なく建てられた団地、大樹に呑み込まれたビル街、カジノの看板が至る所にある黄金の街など、雰囲気の異なる街がバッチワークの様に点在していた。
これがゴールドラッシュ。
「夢だけど、不思議と眠気もあるし、お腹もすく。起きれなくなった人々はゴールドラッシュで生活基盤を整えだしたわ。そして、こんな風な街が出来上がっていった。でも、全てが上手く行ったわけない。現実の様に国だったり法律だったり、お互いの均衡を維持するルールが無い分、初期のゴールドラッシュは抗争ばっかり起きたっていうわ」
「……”初期の”ということは、今はある程度の統率があるんですね」
「鋭いわねドッコ。その通りよ。抗争が長引く中で、一定地域を纏める人物が登場するようになって、そして、互いのグループを侵害しない為のルールが出来上がった。おかげで、今は割と平和なのよ。その基盤となったルールこそが、”オーナー”と”商業権”よ!」
「”オーナー”と”商業権”?」
聞きなれない単語に首を傾げる。店主と店主の店で働く権利という意味合いだろうか。けれど、このゴールドラッシュにおいて出てくるルールがそんな文字通りの意味で終わるとは思えない。
独古の予想は当たっていた。
「オーナーって言ってもただの店主じゃないわ。簡単に言えば、マフィアが縄張りを敷いて、シマの中での商売を仕切っているのよ」
ほら、とエリザベスが縄張りを指さす。中央の電波塔のあるオフィスビル街だ。近代的なオフィスビルの中心にビルとその屋上に巨大なアンテナを付けた真っ赤な電波塔が立っている。
「例えば、この電波塔の近辺は中央区”ラナンキュラステレビ局”。オーナーの名前はラナンキュラス。ラナンキュラスはこの島唯一のテレビ局を運営する社長で、この地域のビル街はテレビ局傘下の社員が働くオフィスが入っているわ」
「このエリア一体の住人が全員テレビ局で働いているという事ですか?」
「その通りよ、それが、ラナンキュラスが敷く商業権を与える代わりのルールだからね」
「ルール?」
先程も出てきた商業権という言葉。首を傾げる独古にエリザベスが説明する。
「商業権は名前の通り、その区域で働く権利の事よ。私たち一般市民は自分の好むオーナーの傘下に所属する事が出来る。入るも入らないも個人の自由。けれど、入れば命の保障と一定のルールを守る代わりに商業権を得て、その区域に所属できる」
「命の保障? 区域に所属?」
出てきた幾つもの言葉に首を傾げれば、見守っていたビンカが手に持っていたグラスを置いて、エリザベスに助言する。
「エリザベスちゃん、まず、こいつにゴールドラッシュの基本を教えないと、前提が通じないぜ」
「それもそっか…。ドッコ、昨日ぶたれた事まだ覚えてる?」
「そりゃあ、僕忘れっぽい方ですけど、あんな衝撃的な出来事は忘れられませんよ」
昨日の記憶に蘇り思わず苦い表情になる。あの時の痛みはまだ尾を引いて、今も独古の身体に残っている。
「ゴールドラッシュには、前提として”自由”であれ、という暗黙の了解があるわ」
「自由?」
「そう、自由。殺しも、犯罪も、魔法の様な景色を紡ぐ事も、妄想を現実にする事もゴールドラッシュでなら許される。なんたってここは夢の中の世界。夢の中だからこそ誰もが自由、どんな存在であってもいい。それがこの街の絶対にして前提よ」
「え、ちょ、ちょっと待ってください。殺しもありって、そんなのありなんですか!?」
「ありよ。だからこそ、昨日、私以外の誰もドッコを助けに来なかったでしょう」
カラン、と溶けた氷がグラスにぶつかる音が響いた。
ゴールドラッシュは殺しがまかり通る世界、そう言われて愕然とする。
「いい、ドッコ。この世界は”自由”の街。なんでもありの街。だから、大概の人間は基本的に、自分の利益になること意外に手を出す事は無い。だって、悪事を見て見ぬふりをする事が不利益に繋がる現実と違って、此処は悪事を見て見ぬふりをしても不利益に繋がらないわ。だって、全てが許される街なんだから。だからこの先、ドッコはこの街で生きていくルールを覚えなきゃいけない。この街に染まらなきゃ生きていけない」
そこで独古は昨夜、客がこれから先苦労すると言っていた意味を理解した。彼らが行っていたのは、生き延びる術を知らなければゴールドラッシュで生き残れないという意味だったのだ。
やっぱり、この夢の世界で生きていく事は、簡単ではない。目が覚めた時に感じた不安が、再び独古に忍び寄ってくる。
自分はこの先生きていけるのだろうか。独古は知らず知らず、自分の腕をさすっていた。
「……昨日、皆さんがこの先大変だって言っていたのは、そういう事ですか」
「そうよ。でも安心して。その為のオーナーと商業権だから」
「オーナーが僕たちを守ってくれるんですか?」
「いいえ、彼らは私たちの命は守ってくれない。ただし、エリアの秩序を守ってくれる。他の街から侵略行為があれば侵略者を倒すし、オーナーによっては住民の衣食住等、住民の善行を保証してくれるオーナーもある。中央区のラナンキュラスがそうね。反対に、住民の悪行を守るオーナーもいる。
例えば、この大樹のあるエリア、宝石街区「サンガーデン」は異業種の街。正確にはトラウマで人間以外の姿になったり、人間の姿を捨てて擬体移植手術を受けた奴らが集まった人間嫌いの街ね」
示されたのはビル街を覆うように根が這い、空を覆うように白い花を咲かせる大樹
がそびえ立つジオラマであった。
「動物、人形、妖精、想像上の神話生物、それらへの憧れか、それとも人間という己が嫌いだからなのかは分からけれど、この街は人間をやめて別の生き物として生きる事を謳歌している連中が住んでいる。オーナーも含めてね。この街では、人外で在る事、異常な趣味、現実では愛されなかった執着、それらを謳歌する権利が一般常識を上回り保護される。故にこの街はゴールドラッシュで最も死人が出る街とも言われるわ」
「人外で在る事」
「ネクロフィリア、ジェノサイダー、現実で忌諱される在り方はサンガーデンではむしろ当たり前に在っていいものとして受け入れられているわ」
昨日の痛みが過る。この街には極力近づかないようにしようと独古は心に決めた。
ジオラマを眺めるうちに、独古はふと一つの疑問を抱いた。オーナーが統治しているとはいえ、そこまで統率された街が作れるものなのだろうか。そう考えて、そこで彼女が発した一言を思い出した。
「街の統率の為に、商業権の獲得にルールを付与しているんですか」
「その通りよドッコ! 各オーナーは、自分の領域のルールで、領域と住民を同時に守っているの」
正解とエリザベスが指を鳴らす。
「ラナンキュラスは、ルールとして、全員に”テレビ局員”になることを敷いている。自由に仕事に就けない代わりに、彼は中央区の商業権を持つ全員を社員として保護しているわ。サンガーデンでは、全員に”人外第一主義”という、人外で在る事、現実では愛されなかった執着や愛を持つことを傘下に加わる条件としている。異常である事が仕事なの。各オーナーが街の住民の傾向を絞り込む事で、異常な街を作り出し統率を図る。これこそが、ゴールドラッシュの最もたる特徴、”オーナー”と”商業権”よ」
これで、終わりと彼女が呟く。
独古はこれまでの説明を反芻し、頭がくらりとした。
何はともあれ、ゴールドラッシュで生きていく事は過酷そうだ。
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