第一章:Welcome to The ゴールドラッシュ
第6話 Welcome to The ゴールドラッシュ(2022/01/26 改稿)
独古は、大都市の光景に啞然としていた。
自分は会社から帰って眠りに着いたはずだ、それから、懐かしい光景と不思議な水の中で電話に出たところで記憶は止まっている。
だとすれば、今、自分は夢を見ているという事だろうか。
独古は歩道に座り込んでいた。
人々が立ち尽くしている独古を迷惑そうに避けながら通り過ぎていく。
独古は自分が置かれた状況を理解できなかった。
頬を摘まんでみると、痛い。現実の感触である。
(いやいやいや、それは無いだろう)
独古は夢を見ているという可能性を否定する。だって、こんなにも現実味を帯びた夢なんてあり得ない。
だが、だとしたら、此処は一体何処だというのか。
「おい、兄ちゃん。そんな所で立ち尽くしていちゃあ、歩行の邪魔だよ」
「あ、ああすみません。……え?ええ?」
誰かに注意されて謝ろうと振り向き、独古は大きく口を開けて呆けた。
そこには2足歩行の象が居た。
正確には人の様に上下の服を着て耳元に大きなヘッドフォンをつけた像だ。
「ああ?人様の顔をみて呆けるたあ、なんだ兄ちゃん、喧嘩でも売ってんのか?」
喧嘩は売ってはいないが、というか、喧嘩どころではない。
改めて周りを見渡した。
そこでようやく気付く。
街には人間だけではない、多種多様な生物がいた。
二足歩行をした服を着た動物もいれば、自転車で颯爽とかけていく異形の生命体もいる。まるでSFの世界だ。
こんなの、現実であり得るわけがない。
現実みたいだけど、現実じゃなさそう。どっちかというと明晰夢っぽい。
「何だ、これ。どんな夢?」
だが明晰夢だとしても設定がよくわからない。いやにリアル過ぎる上に、物語染みている。
「おい、いい加減にしろよ!! ああん?」
「え」
さらに思考を重ねようとしたその時だった。
気づけば独古の身体が浮いていた。スローモーションで流れていく風景を眺めながら、何が起こったのかと意識して考え、自分があの長い鼻で投げ飛ばされたのだと気づく。
だが、気づいてももう遅い。
「がはっ!?」
歩道から繋がっている路地の壁に叩きつけられる。今までに感じたことの無い背中の痛みを感じながらもんどりうって倒れる。
(痛い、痛い、痛い!!)
思わず声も出せず体を折り曲げて痛みを逃がしていれば、何かが近づいてくる。
それがあの象人間だと分かった瞬間、独古は慄きながら後ろ向きに這って少しでも距離を取ろうとする。
「おいおい、兄ちゃん。面白い姿だなあ、まるで芋虫だぜ」
象人間が下卑た笑みを浮かべながら独古の方向へ向かってくる。
その目は捕食者の目のように独古には映った。
ああ、このままじゃあ殺される。独古は恐怖で震えながら頭を地べたにつけた。
「す、すみません。すみません! 道を塞いでいた事は謝ります! だから許して下さい」
「おいおい、兄ちゃん。哀れっぽいこと言うんじゃあねえよ」
象が座り込んで自分の胸倉を掴んできた。何をされるのだと身構えた瞬間、腹に熱い衝撃が加わる。
「がはっ!?」
「お前、落ちてきたばかりの新参者だろう。ニュービーをリンチにできるなんざあ、滅多にない体験だからなあ。さっきはムカついたが、今は楽しくて仕方ないさ」
身体がもう一度吹っ飛ぶ。まるで、鉄アレイで腹を殴られたような衝撃だった。
独古は痛みで、あ、あ、と呻く事しかできない。
ひひ、と象人間から笑い声がした。
独古はその声に慄いた。
逃げないと、殺される。
命の危機を感じた。
「だ、誰か助けて。……誰か!! 助けてください!!」
独古は泣いてぐしゃぐしゃになった顔で張り叫んだ。
必死に通りの向こう側の誰かに助けを求める。あれだけ人が居たのだ。誰か一人くらいは異常に気付いて警察を呼んでくれるはず。だが、象人間は誰かが自分を諫めに来ることに危機感を抱いていないのか、余裕綽々と言わんばかりに笑っている。
「お兄ちゃん、助けなんてこないよ。そんな物好きがこのゴールドラッシュにいるとでも思ったかい?」
意味が分からない。独古は震える顔を上げて象のにやけ顔を見つめる。
「此処は夢と欲望の街ゴールドラッシュ。殺しをしようが、盗みを働こうが何をしようが誰も咎めやしない。無法地帯の楽園だ。そんな街で親切に手を差し伸べてくれる奴なんていないんだよ」
「そ、そんなわけ」
「じゃあ、もう一回助けを呼んでみると言い。誰かが来ればいいけどなあ」
そんなの嘘だ。きっと象人間は嘘を付いている。独古はそう願って、もう一度声を張り上げた。
「誰か、助けて下さい」
湿った路地に独古の声が響く。けれど、返ってくる反応は何もない。
「誰か、助けて、助けて、助けて下さい!!」
「はははははは!! 滑稽だなあ兄ちゃん!!」
喉が張り裂けんばかりに助けを呼ぶ独古に象は楽しそうに笑う。そうして彼は独古に一歩、また一歩と近づいてくる。
独古は少しでも逃げる為に痛む身体に鞭をうって後ろへと逃げていく。
ふと、脳裏に仕事で失敗する自分の姿が思い浮かんだ。
傷ついている自分、それも、元を正せば自分が原因だ。
全部、自業自得じゃないか。
(僕は弱いから、何も出来ないから、自分の事を自分で守ってあげる事すらできない)
背中に壁の感触がする。もう逃げ場など何処にもない。
象人間がにやりと笑って、大きく鼻を振り上げた。
独古は自分に襲い来るだろう痛みに耐えるため、顔を守るように両腕を持ち上げて目をつぶった。
その時であった。
「札束パーンチ!!」
「ぶべら!?」
少女の声がした。
それと同時に何かが目の前で倒れる重低音が響く。
何が起きたのだ、独古はおそるおそる視界から腕をずらし、正面を見た。
少女が独古の目の前に立っていた。
真っ白なファー付きのコートに美しい刺繍の入ったワンピース。白い足を飾る赤いハイヒール。金色のツインテールの少女が、目の前にいた。
象人間は何故か白目を剥いて彼女の足元で倒れている。
これはどういう事なのか。
状況が分からず呆けていれば、こちらに走り寄ってきた少女が独古の腕を掴み、引っ張り起こすように腕を強く引く。
「逃げるわよ」
身体は痛んだが、千載一遇のチャンスでもあった。独古は彼女に引っ張られるがまま、路地裏を飛び出した。
人込みをかき分けて表通りを走り続ける。しばらくすると彼女の歩みがゆっくりになった。
ここまで来れば追って来ないかしら。来た方角を見ながら呟く彼女の方を向いたまま、独古は道端に座り込んだ。
次々と降りかかる事態に着いて行けない。一体、自分の身に何が起こっていると言うのか。
へたり込む独古の方を気にしたのか、少女がこちらを向く。
独古はそこで、自分を助けてくれた女性がとんでもない美人である事に気が付いた。
真っ白な服もそうだが、ビスクドールの様な白い肌も、艶やかな黄金のツインテールもどれもが美しい。
まるで天使の様だ。そう思いながら見惚れていると、彼女が口を開いた。
「あんた、男の癖に弱っちいわね! 私のハイスクールの同期の方が度胸あったわよ!」
前言撤回、全然天使じゃあなかった。
出会ってまだ三分。向けられた言葉に石のように固まる独古の気持ちを知ってか知らずか、彼女は気にせずに楽しそうに喋り出す。
「路地裏の方から情けない声が聞こえたと思って興味本位で野次馬してみたら、大きなヤンキーと鼻水垂らしたへにょへにょなスーツの奴がいるし、これが家政婦は見たって奴ねって思わず思ったわよね! 私、カツアゲの現場なんて数えるほどしか見た事がないからとっても新鮮だったわ!」
鼻水垂らしたとか、へにょへにょとか、散々な物言いが独古の心に刺さる。だが、あながち間違いでもないので、直接言い返すこともできない。
心の中で泣き言を言って、そこでふとまだお礼を言えていなかった事に気づいた。
なんて恥知らずな事をしているんだ。独古は慌てて彼女に頭を下げた。
「あの、ありがとうございました。お陰様で、命を助けられました」
「全然良くってよ! 人助けは私の使命だしね!」
彼女が胸を張る。
………何だろう、一つ一つの言動が何処か子供染みている。
年齢は自分と同じくらいに見えるのだが、もしかすると彼女は自分よりも年下なのだろうか。だとすれば、自分は自分よりも年下の女の子に助けられた事になる。
独古は情けなくなって心の中でちょっぴり嘆いた。
「そう言えば、あんたなんであんな所でカツアゲされていたわけ?何系かは分からないけど、能力を使えば何とか出来たんじゃあないの?」
「いや、カツアゲされていたわけではないのですが……」
能力とは?
引っかかる単語もあったものの、とりあえず分かる所までを説明しようとして、そこで自分の現状をどう言葉にすればよいか分からない事に気付いた。言葉が出ず、口を噤む。
そもそも、ここは現実なのだろうか、それとも、夢の中なのだろうか。はたまた異世界なのだろうか。
先ほどの象人間が何か大切な事を言っていた気がするが、焦っていた状況だった為、何て言っていたのかは忘れてしまった。
自分の置かれている立ち位置すら分からず途方に暮れていれば、じっと見ていた彼女が何処か、そわそわとした面持ちで口を開く。
「ねえ、あんた、もしかして今来たばっかりなの?」
「え、あ、はい?何がですか?」
「だから、この街に、もしかして今辿り着いたんじゃあないの?」
気持ちが落ち着かないのか彼女が口の前で指遊びをしながらそう言う。
「た、辿り着いたって言うのが正しい言い方かは分かりませんが…、はい、今来たばかりです。実は、この街が何処かも分からない状態で…」
不安混じりに独古がそう返事をすれば、彼女が独古の手を取って満面の笑みを浮かべる。
何がしたいのだろう、一瞬思い悩んで独古は思いついた。そう言えば、彼女は先ほど人助けが使命と言っていた。もしかして、自分を助けてくれるのだろうか?
「来たばかりの新参者ゲットー!」
「……はい?」
予想とは違う言葉が返ってくる。何が嬉しいのか、彼女はくふくふと独古の腕を掴んだまま笑っていた。
「命を助けた上に、生活もサポート。まさにこれぞ人助けの王道! そしてそれを颯爽とこなす私! なんて格好いいのかしら」
彼女は遠くをうっとりと眺めている。
独古は少し警戒心を覚えた。
どうしてだろう、先ほどまでは天使の様に見えていたのに、今は注意人物にしか見えない。
彼女は独古が警戒心を抱きつつある様子に気が付いていないのか、興奮冷めやらぬといった様子で独古に話しかける。
「ねえ、貴方、名前は!?」
「な、夏越独古です」
「そうなの!ナツコシドゥオ! ……んん?発音違うわね。ドゥコ。ドグコ。ドッコ。……面倒くさい、ドッコでいいわ!ドッコ、私はエリザベスよ! 気軽にエリザベスって呼びなさい!」
彼女の言動にたくさんの疑問が浮かぶが、今のエリザベスに割り込む勇気はない。
エリザベスはひとしきり笑うと、行きましょうと言って先程のように独古の腕を掴んだまま走り出そうとした。
どうしていいか分からない状態の独古は、流されるがままに足を踏み出しながら彼女に疑問を投げかける。
「あの、何処へ行くんですか?」
「決まっているわ! 貴方にこのゴールドラッシュの事を教えてあげるのよ!」
振り向いた彼女が太陽のように笑う。
「このエリザベス様が貴方にこの世界の事を教えてあげるわ! だから、今はただ私に着いてきなさい!」
もう、何が何だか独古には分からなかった。
今はただ、自分を助けてくれた彼女に着いて行く事しか方法は無い。
そうして独古は彼女についてゆくままに、青空の下の摩天楼を駆け抜けた。
これから起こる出来事も何も知らず、この時の独古は、ただただ彼女に着いて行った。
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