出来ない約束
ミア家族が来て二週間が経とうとしていたが、マジュラトウの見分けがつくことはなかった。
ロイドが用意してくれる馬車は予定では後2週間で来るらしいが、それまでに魔法薬を作れるのだろうか…
不安を感じながら庭に出ると、予想もしていない光景が広がる。
「ミアちゃん!!大丈夫!?」
庭で大の字になり倒れているミア。驚き慌てて駆け寄り、彼女を抱き抱えるとミアは困り眉で笑った。
「大丈夫だよ、お姉ちゃん。ちょっと魔法を使いすぎて疲れちゃっただけ」
「…そうなの?」
魔力のない私にはわからない感覚。体に異常はないのだろうか?
不安になりオロオロとミアを観察するが異常があってもわかるはずがない。ひとまずルークの所まで運ぼうと彼女を抱えようとした時、ミアは自力で立ち上がった。
「ふぅ、もう大丈夫!休憩したら元気になった!練習の続きしないと!」
「えっ!?もう今日の練習は終わりで良いんじゃない?最近のミアちゃんはすごく頑張っているし、今日は部屋でおやすみした方がいいよ」
ここに来た日から、ミアは私の家事を欠かさずに手伝ってくれる。そしてルークから魔法の指導を受けるようになった後からは、空いた時間は庭でずっと魔法の練習をしていた。偉いことだが少し根を詰めすぎだ。
そんな心配から無理やり中断させ手を引こうとするが、彼女は自分の体重をフルに使って抵抗をする。
「ダメ!ミア、早くこの魔法を使えるようになって他の魔法も教えてもらうの!」
「…そんなに無理しなくて良いんだよ?焦らずゆっくり覚えれば…」
「でも…ミアが先生に教えて貰える時間はあとちょっとしかないから。後ちょっとの間にいっぱい魔法を覚えないと…」
子供らしならぬ必死な顔。必死というより…追い詰められているようにも感じる顔に私はミアと視線を合わせ真っ直ぐ向き合う。
「ミアちゃん、頑張るのは良い事だけど無理はダメだよ?もうミアちゃんは十分頑張ってる。これ以上頑張って体を壊したらお父さんもお母さんも悲しむよ」
「でも…ミアが魔法を使えないと…いっぱい魔法を使えるようになってミアがお仕事して…お金を貰える様にならないと」
「…何かあったの?お父さんが何か言ってたとか?」
お金という思いもよらぬ言葉に顔が強張った。少し低い声で問いかけるとミアはふるふると顔を横に振る。まぁ、ハンスがそんな事を言うはずがない。
だったらどうして?そんな疑問を感じていると、彼女は小さい口をわずかに開く。
「お父さんもお母さんも何も言わないよ…でも元気がないのはわかるの」
「…どうしてお父さんとお母さんの元気がない事と、お金が関係あると思ったの?」
真面目な顔で問いかけると、ミアは俯き自分のスカートをギュッと握る。視界に現れた彼女の旋毛をジッと見つめているとやがて絞り出すような声が聞こえてきた。
「だって…お父さんは足を怪我しちゃったから、もうお仕事出来ないでしょ?…お母さんは目も悪くなっちゃった…もうミアしか働けないの。だからミアがお仕事して、お金を貰えるようになって、お父さんとお母さんを元気にするの!」
「…」
この歳でそんな事を考えているなんて…いや、出会った当初から自分の治療に薬草を申し出る子だったのだから気づいて当然なのに、私は察することが出来なかった。
優しくて気が回りすぎるミアに胸が締め付けられる。しかも彼女の言葉に反論できない。『そんな事ない』『大丈夫だよ』なんて気安い言葉をかけられない。
それなのに—
「……大丈夫…お姉ちゃんがきっと治すから」
気づくとそう呟いていた。
すると私の言葉にミアはパッと顔を上げ、希望に満ちた瞳に私を映し、ズイッと顔を寄せる。
『期待をさせ過ぎてはいけない』
そう思考は訴えるが、心の方が強情だった。
「…どうやって?お兄ちゃんに聞いたら魔法じゃ治せないって言ってたよ?」
「魔法じゃなくてお薬で治すんだよ」
「お薬?もしかして、お姉ちゃんの作ったお薬?」
「そうだよ。そのお薬は難しくてすぐには作れないけど…ミアちゃんがここにいる間に作れるように頑張るから。だから、ミアちゃんは無理しちゃダメ。そんなに頑張らないで、もっとお父さんとお母さんに甘えていいんだよ?」
6歳なんてまだ親に甘えたい年頃だろう。思いきり遊びたい年頃だろう。
それなのに家族のために必死に頑張っているミアは、『偉い』とか『凄い』と感じる一方で、少し…可哀想だった。
抱いてしまった感情を表に出さないよう気をつけながら微笑み、彼女の頭を撫でるが、彼女はまだ不安な顔で私を見つめる。
「…でも、お薬ってすごく高いんでしょう?ミア、そんなにお金持ってない…」
「大丈夫。さっきも言ったけど、お姉ちゃんの手作りだから。材料もミアちゃんのお婆ちゃんが用意してくれたものだからお金は要らないよ」
どこまでも気が付く子だなと感心しながら説得すると、ミアの表情はようやく明るくなった。
「…本当に良いの?本当にお金は要らないでそのお薬を作ってくれるの?」
「うん。お姉ちゃんが絶対にお父さんとお母さんを元気にするお薬を作るから、だから倒れるまで魔法の練習をするのはやめようね?約束」
「ありがとうお姉ちゃん!ミア約束する!もう絶対倒れない!あと、お金の代わりにお姉ちゃんのお手伝いをもっともっとするからね!」
ここでも完全には甘えきらないミア。
でも気持ちは嬉しいしいので素直に頷く。
「ありがとう。ただ…それは明日からで良いよ。今日はもうゆっくりお休みして欲しいな。さっき倒れてたのが、やっぱり心配で…」
「…わかった。じゃあミア、今日はお父さんとお母さんと一緒にいるね」
「うん。たまにはお父さんとお母さんと沢山お話ししておいで」
ニッコリ笑うと嬉しそうにミアは部屋の中へ駆け出していった。
その背を見送りながら内心で焦る。
もう『できない』なんて言えない…なんとしても魔法薬を作らないといけない。
追い詰められた私はフラフラと花壇に近づく。そしてルークからもらった時計を取り出すと両手でぎゅっと包み込み、祈るように目を閉じた。
もしもこの妖精が本当にマジュラトウと関係しているなら…どうか…
(お願いします。マジュラトウの力が必要なんです…どうか、私に力を貸してください)
そう強く願ってゆっくり目を開く。
けれど…やっぱりマジュラトウに変化はなかった。
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