【Lloyd side】貴族の声
「っっ!!!何なんですか!!あの貴族共はっっ!!!!」
魔術師棟に戻るなり、開口一番怒鳴る俺。
怒鳴っても何もならないと分かっていても怒鳴らずにはいられなかった。
原因は王様に謁見に来た、とある貴族たち。身辺警護の意味を兼ねて、俺たち第一部隊はその場に同席したのだが、彼らは『このままでは国の混乱が治らないのでとりあえず香草を公開処刑するべきだ』と平然と宣った。あの場で暴れ回らなかった自分を讃えたい。
いや、むしろ自分の持っているものを全て使い、抗議するべきだっただろうか…。
あの時の自分の行動を振り返り悶々としていると、カレンさんは徐に席について大きなため息をつく。
「私も同感よ。本当、昔から変わらない…クズ貴族。あんなのが元婚約者なんて反吐が出るわ。『後々事実が判明したとしても、身元不明の孤児。ルークさえ説得できれば騒ぎにならない』なんて…平民だろうが孤児だろうが貴族だろうが同じ命よ。なんでそんな当たり前のことがわからないのかしら?そもそも場当たり的な対処をしても根本的な解決にはならないでしょうに…あぁ、思い出しただけで腹が立つ!!」
言葉にしたことでカレンさんも抑えきれなくなったのか、右手で拳を作りバンッとテーブルに振り下ろす。
しかし彼女の『元婚約者』という言葉を聞いた俺は逆に少し冷静になった。忘れていたが、確かにあの中に…いやあの集団をまとめていたのはカレンさんと縁談があったらしい貴族。最初にカレンさんの魔術師になった理由を聞いた時、少し引いてしまうほど相手の事を罵っていたが…あれが相手なら無理もない。
そんな事を考えてしまったせいでその場が無言になると、やがて俺たちの空気を宥めるようにエドさんがゆっくりと口を開く。
「二人の言い分はもっともだ。実際私も腹が立った。しかし、それは王様も同じこと。あの表情を見てそれが分からない者はいないだろう」
「…えぇ。あの時の王様の顔…冷酷というか、蔑むというか…とにかく、初めて見ました」
「俺もです」
最初こそ『平民だろうが貴族だろうが、あの子はエルフィーネ国の民。私にとって大切な民なのだ。民は私にとって守るもの。決して利用する者ではない』と王たる対応を取っていた。
けれどそれでも食い下がり、なんやかんやと香草の殺害を示唆する貴族共に、王様は表情を一変させ、誰もが怒りを察する冷たい目でその貴族たちを見下した。そして怯えの色を見せた貴族たちに『貴殿らは私が無実の子供の命を犠牲にしなければ国が治められない王だと考えているのだろうか?』と地の底から響くような声で問いかけたのだ。
あの時の貴族の顔…あれがあったから俺はあの場で暴れずに済んだと言っても過言ではない。実際、その気迫に貴族たちは萎縮し、その後すぐに逃げるように対談を終わらせた。
時間にして20分程度の対談なんて近年の最短記録と言っても良いだろう。
「きっと、今後彼らは王様からそれ相応の対応を受ける事になるだろう。それは貴族にとって致命的だ。だから今日会ったことは忘れて私たちはやるべき事に集中するぞ。特に明日の仕事は決して失敗は許されない。場合によっては戦闘もあり得るだろう。相手は我々の中でも上位の実力を誇る者だ。二人とも、もしもの時の備えは出来ているか?」
真剣な声色で問いかけるエドさんに大きく頷く。
明日…ジェイを検挙する。ただ現状では、魔に関わっているようなハッキリとした証拠は何も掴めていない。ウィルソン領から帰って来たあと、可能な範囲でジェイの動向を窺っていたが何一つとして怪しい動きがないのだ。かといって疑いが完全に晴れるような証拠もなく、完全に膠着状態。
このまま悪戯に時間を無駄にすることもできないので、仕方なく現状で見つけたいくつかの証拠を使い、まず『香草の誘拐』容疑で検挙する事になった。
少し強引だが、ここで反撃されたり逃亡を図ったら完全に黒。そうでなくても、聴取の内容によっては寮の調査も出来る。
そこから魔との繋がる手がかりも見つかれば…全ての事件の解決に一気に近づく。
ただ…
(…香草が知ったら怒るだろうな…)
香草はジェイの無実を信じてる。
今はルークさんの言葉もあり、俺たちを信じて待っていてくれているのに…これはその信頼を裏切りかねない行為。
こんな事をすると知れたら、香草は鬼の形相で宮廷に来るかもしれない…
ただ幸か不幸か、現状では2人には秘密にする事になった。しかし相手は第二部隊の隊長を務める男。こちらにもエドさんが居るが、3対1だろう絶対に油断は出来ない相手だ。
「大丈夫です!魔力回復薬も用意しましたし、彼の得意魔法についても一通り調べました。攻撃魔法系、逃走魔法系ともに最低限ですが対策は出来てます!」
「私も問題ありません!魔力を制御する枷の準備も整えました」
この日に備えて、こじ空けた時間で必死に勉強をした。
新しい魔法もまだ多少発動時間がかかるが、使えるようにはなったので、何も出来ず取り逃がすということはないはずだ。
「…そうか。では今日は明日に備えてしっかり休息をとってくれ。特にロイド、最近のお前は少し無理をし過ぎている。何があったか知らないが、今回は仕事だと思って休息を取るように」
「…わかりました」
幾分か表情を柔らかくしたエドさんにそう言われた瞬間、疲労と怒りで今まで忘れていた事がぶり返される。
エドさんの心遣いはありがたいが…そう思うなら口に出して欲しくなかった。でも今はそれどころじゃない。流石の俺も明日とは関係ないことを悩んでいる余裕はない。
それにあの件はもう終わった事だ。何を悔やんでも考えても、もうどうすることも出来ないし、するつもりもない。
そう冷静に結論づけると、脳裏によぎった顔は徐々に薄くなり、やがて綺麗に消え去った。
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