【Luke side】子供の頑張り

ミアたちが来て1週間。俺はひっそりと追い詰められた生活を送っていた。

午前中は宮廷魔術師としての仕事をし、昼食後に1時間ほどミアに魔法の指導をする。そしてその後また3時間程宮廷魔術師の仕事を再会。日が暮れ香草が夕食の準備に入るあたりから香草の帰還の方法を調査。

夕食を取った後も帰還の調査を続行するが、カムフラージュの為、彼女が寝ようとするタイミングで俺もベッドに入り、眠らずに彼女の寝息が聞こえるまでじっと待つ。香草が寝付いたと同時にダイニングで帰還の方法を調べ、部屋の窓が薄明るくなってきたところでひっそりと研究室に戻り就寝。

そして数時間程度寝てあたかもぐっすり眠った体で1日を開始する。自力で起きられなくても香草が起こしに来るので寝過ごすこともないが…そんな日々に早くも疲労が蓄積し始める。

少し前までは全然問題なかった生活なのに、すっかり規則正しくなってしまっていた俺の体は既に弱音を吐いていた。

正直、レオに禁忌魔法の件を断られたのも精神的にかなり来ている。しかも『噂の信ぴょう性を確認するから少し時間が欲しい』とまで言われてしまった。

レオは神獣から直接話を聞いていない。だからレオの立場になって考えれば当然の結果だが、俺の気は焦るばかり。

禁忌魔法だって読み解く時間がそれなりに必要かも知れないので一刻も早く知りたい。後頼れる人間といえば兄さんだが、おそらく同じ返答だろう。

香草の事情を知らない分、レオよりも断られる可能性が高い…

全てのことが思うように進まず焦る一方で、体はどんどん疲れていく。そして漠然とした不安がまた焦りと疲労を募らせる。完全に悪循環だ。



「…先生眠いの?」


ぼんやりする頭に突然幼い声が響く。ハッとして焦点を合わせるとまん丸な目で覗き込んでいるミアが映った。香草と何か話したらしく、ミアは俺の事を『先生』と呼ぶ。

眠さと、呼ばれなれない敬称に、数秒間の時間をあけようやく言葉を理解した俺は眠気を払うように頭を強く振り否定する。



「…いや、眠くないぞ」

「え〜嘘だよ。だって今先生コクコクしてたよ?お姉ちゃんも昨日『最近いつも眠そう』って心配してたし…」

「…そうなのか」


もうバレかけているとは…さすが香草だ。いや、ミアにもバレたわけなので上手く隠せなくなってきているのかもしれない。

早急に対処しないとだが、どうするべきか…寝なくても問題なく動ける魔法でもあればいいが、そんな魔法は知らない。

創造魔法はもしもの為に取っておきたいし…

一人隠蔽工作を考えていると、ミアがちょこんと俺の服の袖を引っ張る。



「やっぱり先生眠そう。お昼寝する?」

「大丈夫だ。それより昨日の自主練の成果を見せみろ」

「はい!見ててください!先生!」


話題を変えると目をキラキラさせながら、わざと土で汚したハンカチを手にするミア。

今彼女に教えているのは洗浄魔法。洗浄魔法は彼女の得意な風魔法がメインな上、比較的簡単な部類の高位魔法だ。

生活でも多用できるので無駄にはならない。そう説明すると最初は例の果物を切った風魔法をやりたがっていたミアも、あっという間に習得する気になった。

どうやら親の役に立てるなら魔法の種類にあまりこだわりがないらしい。



「すごいな、汚れが少し薄くなった」

「ううん、全然出来てない。だって、まだちょっとだけしか汚れが落ちてないし、出来るのも小さい布だけで先生みたいにお洋服を一気に綺麗に出来ない…」

「ミア、そんなに焦るな。俺は何年も使っているからミアより出来て当然だ。むしろたった1週間でここまで出来るとは思わなかった。ミアは魔術師の素質があるな」


俺とは大違いだ。それどころか一般的な子供以上。

まさかこんなところで才能ある人物に出会うとは思わなかった。素直な感想を述べるとミアは落ち込んでいた顔をやる気に満ちた顔に変える。



「本当!?じゃあミアもっと頑張るから、この魔法が使えるようになったら他の魔法も教えてください!」

「…わかった。なら早速練習だ。今日はもう少し魔力の調整を出来るような練習するぞ」

「はい!」


目をキラキラさせながら頷くミア。今まで魔法を教えてきた誰よりも真剣に、貪欲に学ぶ様子に心を打たれる。

こんな事態でなければもっと彼女に時間を割いてやれるのに…現実はこれ以上は難しい。そして残された日数もそう長くない。

ミア達と生活する事を了承した当初は数ヶ月の共同生活を覚悟したが、事情を知ったロイドが実家から馬車を用意してくれることになったので、彼女達と過ごすのは1ヶ月程。

そんな短時間では高位魔法を1つ教えられるか教えられないかだと思っていたが、この様子だと洗浄魔法はマスターするだろう。ひょっとしたら彼女の望み通り2つ目の魔法も基本くらいは教えられるかもしれない。

そんな事を考えながら目の前で熱心に洗浄魔法の練習をしているミアをマジマジ見た。

絶望の淵にいても熱心に魔法を学ぶ子供の姿を見ていると、俺まで得体の知れないやる気が湧いて来る。



(俺も頑張らないとな…)


この努力を無駄にしないよう、彼女の未来を守れるように。香草も国も早々に諦めるわけにはいかない。

無邪気な笑顔を眺めながら俺は1人、疲労の溜まった心に喝を入れ直した。

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