【Alice side】皆の限界

レオからの要望があり彼をセルムーイ国に連れて来た私は、そのままの足でジェラルドに指示された部屋に案内する。

公の挨拶もなく直接部屋に案内など本来ならあり得ない事だが、いきなり他国の王が来るとなれば城内の人間と貴族の中に混乱が起こる。なので公にする事はせず、人払いをしての対面になった。



「レオ陛下、ようこそフレム国へ。本来なら私が出向かねばならないところを…本当に申し訳ございません」


この城は未だに勢力が二分化している。実力的にはアーサー達の勢力が圧倒的優勢なのだが、そのせいで古参の人間がいつ暴走してもおかしくない状態だ。

かといって今の状態で全員辞めさせれば貴族達が騒ぎ出す。

誰が敵になるかわからない、そして矛先がフィオ様やリディア様に向かう危険もある今、ジェラルドは下手に国を出ることは出来ない状態。

それでもルークの母の件は絶対に自分が赴くと言っている。日々自分を追い詰めている様子が窺えるので私としては一刻も早く二人で話してほしかったが…彼らの事情を聞いては無理は言えない。



「気にしないでほしい。それよりもアリス嬢の迎えには感謝します。本当はルークも連れてきたかったのだが…」

「事情は聞いています。事故で怪我をした一家を助けたとか…本当に、ルークは立派に育ちました。これも全てレオ陛下やカイル様のお陰です。改めて心から感謝を申し上げます」


私が報告した時、ジェラルドは酷く驚いていた。でもそれは一瞬で、あの話を聞いた時間だけは最近の思い詰めた表情を消し、とても嬉しそうに微笑んでいた。ああいう何気ない表情から彼は本当に良い兄だと感心してしまう。



「いや、あれはルークが元々持っていた優しさです。私たちは何もしていませんよ。しかし、あえて変えた人間を上げるなら…香草さんでしょう。彼女が現れたことで彼は大きく変わった。以前よりもよく笑うし、他者とも関わるようになりました。本当に別人のように…」

「そうなのですね。香草さんの評価は誰から聞いても高くて驚かされます。私自身も少し話した程度ですが、噂に違わぬ子だと思いました。可能なら一度ゆっくり彼女と二人で話してみたいものです」

「是非ともそうして下さい。彼女と話すと、たまに私以上に大人びた考えを言うので驚かされますよ。それで、本題なのですが…昨日、そのルークからこのような手紙が届きまして…」


世間話も程々にレオから差し出された手紙をジェラルドは広げる。

私も彼の脇から手紙を盗み見て言葉を失った。



「これは……私たちが追っている魔女が神獣を殺している可能性があると?」

「えぇ…ただ、彼の文章は確信しているように書かれていますが、実際はまだ可能性の段階です。詳しい事情を知るため明日にでも我が国から噂の地に人を派遣する予定ですが、その前にセルムーイ国でも似たような話を聞いたことがないか伺いたく」


あの山に神獣が居るなど夢にも思っていないレオはまだ希望のある目でそう言うが、ルークは既にそれなりの情報をあの神獣から得たのかもしれない。

だからレオに手紙を書いた…

恐ろしい予想に意識が遠退きかけた時、ジェラルドは眉を寄せながら私を見る。



「この国では、いや…少なくとも私はこのような噂を耳にした事はありません。アリスは聞き覚えがあったりするかい?」

「ないわ。初耳よ」

「…そうですか」


きっと内容が内容なだけに平民の中でも嘘だと判断されていたのだろう。

神獣はその存在を認知されてはいるが、実際に見る機会はそうそうない。事実私は百年生きて初めて会った。

だからきっと今の時代の人間や魔女からすればおとぎ話に近い存在。

私だって実際に会っていなかったら、おそらく嘘だと判断しただろう。でも神獣は確かに実在した。

そこから導き出される可能性…混乱する思考を落ち着かせるため、一旦別のことに意識を向ける。考えるのはいつでも出来るので、今はレオからもっと詳しい話を聞くべきだ。



「ところで、人を送ると言っていたけれど誰を送るの?こんなこと言いたくないけれど、エルフィーネの人間も手一杯じゃないかしら?」


連絡係として両国を行き来する機会が多くなったが、時々会う魔術師たちの顔はどんどん悪くなっていた。もちろん王であるレオの顔も疲れの色が見えている。

セルムーイ国も同じようなものだが…エルフィーネ国の人間は目に余るほどだった。それなのにさらに仕事を増やしたら…いずれ戦力にならなくなってしまうだろう。

レオもそれは感じているのか、私の問いに顔を曇らせる。



「…正直に言えばその通りだよ。信頼のおける魔術師は今、皆限界を超えて調査をしてくれている…これ以上の仕事は与えられない。余計な不安も与えたくはないので、まずは彼らには何も告げずに『香草さんの噂の調査』という名目で騎士団の中から数名を派遣しようかと…」


つまりロイド達には知らせないということだ。

うっかり漏らさないように注意しなければと思う一方で不安も覚える。



「でも、場所的に…場合によってはフレム国に潜入するのでしょう?」

「…えぇ。必要に応じてそのようにするよう指示を出すつもりでいる」


更に顔を曇らせるレオ。

自国だけならまだしも、他国に行くなら魔術師は最低一人居た方がいい。レオも分かっているだろうが…私が思っている以上に皆限界なのだろう。



「そう…なら最近色々と魔女の道具を作っているの。まだ試作中のものが多いけれど移動と治癒に便利そうな魔女の道具をあげるから、その騎士たちに持たせなさい。多少の力にはなると思うわ」


フードの男が使っていたという道具が人間でも作れるのか確かめたくて色々研究した。結果として私が作ったものは人間ではまず作れない代物。

それどころか魔女だってある程度の知識がなければ作れないものだった。ひょっとしたら私より上かもしれないくらい…



「本当ですか!感謝します、アリス嬢!」


思いの外レオの表情が明るくなったので、他にも何か使えそうな道具はあったかと思案していると、徐にジェラルドが口を開く。



「…あの、であれば私共の国の魔術師を同行させていただけませんか?と言っても信頼できる魔術師が少ないため、派遣できても数名ですが…」

「…よろしいのですか?」


驚くレオ。私も驚く。

アーサー達のおかげで戦力は出来たがギリギリだ。ここで魔術師が減るのは相当な痛手なはずなのに…

けれどジェラルドはそんな表情を少しも見せずに微笑み頷いた。その目は笑ってはいない。むしろ何かに恐れているような…そんな目をしていた。



「えぇ。私も微力ながらお手伝いさせてください。それにこの件は一刻も早く真実を突き止めた方がいい。もし、もし仮に噂が事実だとしたら…我々は今以上の覚悟をしなければなりませんから…」

「ジェラルド陛下もやはりそう思いますか?」


考える事を避けていた問題をジェラルドが口にした途端、ガラリと空気が変わる。

二人も私と同じことを考えたらしい。



「えぇ。私は神獣様というものを実際に見た事はありませんが…我々とは別格の存在と聞き及んでいます」

「…エルフィーネ国も伝えられている内容は同じようなものだ。そして私も神獣様にお会いしたことはないが…ルークがお目に掛かったようなので実在はしているのは確実…アリス嬢は神獣様を見た事はあるだろうか?」

「……えぇ…一度だけ」


神獣との約束がある上、ルーク達がどこまで話しているのかわからず言葉を濁す。二人とも私くらいの歳なら一度くらい会ったとしてもおかしくないと思ってくれるはずだ。

それでもどれほど追求されるのかわからず1人緊張していると、彼らは微かに前のめりになった。



「…では参考程度に教えていただきたい。仮にアリス嬢が神獣と戦うことになった場合、勝てる確率はどれほどですか?」

「…ゼロね。私では歯が立たないわ。その場にルークがいても同じよ。私たちなんて抵抗する間も無く一瞬で消される。そんな力を感じたわ」


最初に神獣を見た時は死を覚悟した。

強力な魔力なのか、別の何かなのかわからないが神獣が現れた途端、肌に走ったヒリヒリとした感覚を今でも忘れられない。

だから神獣の間で香草が寝ていた時は、あの子が化け物に見えた。私なんて今でも好んで会いたいとは思わないのに…

あの時の光景を思い出していると今度はジェラルドが口を開く。



「まさかそこまでの力だとは…なら、二国の戦力を全て動員した場合はどうだい?」

「…同じね。有象無象がいくら増えても多分擦り傷ひとつつけられない。神獣様というのは…そういう存在よ。言い伝えられている通り、別格なの」

「「…」」


あまり怖がらせたくはないが嘘はつけず正直に感想を告げると、二人の顔は青くなり口をギュッと噤む。

暗くて張り詰めた空気の中、最初に口火を切ったのはレオだった。



「なるほどな…ルークがここまで追い詰められているのも納得がいった」

「…ですが…ならば流石にこれは事実無根では?たとえ神獣様が実在したとしても、そのような強者を殺すなんて…実際、魔女であるアリスも歯が立たないと断言してますし…」


私もそう思いたい。普通はそう思うはずだ。でも…どうしてか私は希望を抱けなかった。レオも本能的にそれを感じているのか、幾分か表情を和らげたジェラルドとは違いさらに険しい表情を浮かべる。



「私もそう願っている…しかし彼の焦り具合がどうしても気になって…」

「…もしかして…手紙はこれだけでは終わっていないのですか?」


ジェラルドの問いに1度目を見開くが、静かに頷き重々しい口を開くレオ。



「えぇ。都合により現物はお見せできないのだが、エルフィーネ国の禁忌魔法を教えて欲しいと…」

「禁忌…魔法」


これまでで一番顔を青くしたジェラルド。

禁忌魔法…以前友人に聞いた覚えがある。確か大昔は黒魔術と呼ばれ、強力な魔法と引き換えに代償が必要な魔法…だったか。でもあまりに危険な魔法が多いため過去に規制され、今は歴史の長い国の、許された人間にしか伝えられていない。

ルークはそんなものにも手を出そうとしている?驚愕で言葉を失う私とジェラルドにレオは真っ暗な顔で絞り出すように口を開いた。



「実は今回この国に来た目的はこの件なのです。私は現状で禁忌魔法について教えるつもりはない。今彼にそんなものを教えたら…たとえ今回は使わずに終わったとしても、彼はこの先何かあるたびに容易にそれを扱おうとする」

「私もそう思います。教えるのは絶対に反対です」


レオの言葉に即答するジェラルド、私も同じ考えなので彼の横で同調するように頷くと、レオはようやく表情を崩した。



「よかった。おそらく私が断れば、ルークはジェラルド陛下に同じことを要求するでしょう。もしそうなっても、ジェラルド陛下も何があっても教えないで欲しい」

「もちろんです。ルークは私にとって大切な弟。何があってもそんな危険な魔法を絶対に教えたりはしません。どうしても禁忌魔法が必要になった場合は、私がその魔法を使います」


キッパリと告げたジェラルドにレオは笑った。

こんなに苦しい状況下でも、ルークにはこうして気にかけてくれる人がいる。今の彼は本当に沢山の人から慕われている。出生なんて気にせずに…

今の彼をあの子にも見せられたら––…



「ありがとう、ジェラルド陛下。それが聞けて安心した。ただジェラルド陛下も禁忌魔法は使わないでいただきたい。もしもの時は私が使う」

「…このまま話しても決着が着きそうにありませんね。ですが今の状況であまり熱心に話し合いたくない内容なので、この話はその時になったらにいたしましょう」

「確かに。使わない事が1番だ」


憑き物が落ちたように笑ったレオにジェラルドも微笑む。

でも私は笑えなかった。ルークを大切に思ってくれる二人の姿を眺めながら私は一人心の中で決意する。



(もし、もし仮に禁忌魔法を使わざるを得ない事態になったら、その時は私が使うわ)


2人だけじゃない。私にとっても、彼はかけがえのない存在なのだから…

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