【Lied side】好きな花だからこそ

バカみたいなニヘラ顔と的外れな言葉を聞いた俺は奴を引き止めようとしたが、マーガレットの想い人は呆れるほど足が早かった。

そもそも追いかけるほどの奴でもないので早々に身を翻し薬屋へと急ぐ。そして声もかけずに薬屋に入り、奥の部屋の扉を開けると案の定マーガレットは椅子に座ったまま目を真っ赤にして涙を流していた。



「…リード…私…振られちゃった…でも…当然だ…よね。仕方ないよね」

「…マーガレット、とりあえず泣き止めよ。鼻水と涙で顔がすごいことになってるぞ」


そう言いつつハンカチで彼女の涙と鼻水を拭う。

そして泣き止もうとヒクついている彼女の向かいの席に座った。椅子の座面がまだほんのり温かいのが、奴のことを思い出させ腹が立つ。

俺は貴族に対してあり得ない態度をとった。けれど彼はそこを非難する事はなく、俺の話を聞いた。そこは感心していたのに…やっぱりクズだ。

心の中で小さく舌打ちをしながら彼女が泣き止むのを待っていると、やがて彼女は小さく息を吐く。



「…ごめんね。取り乱しちゃって…」

「それは良いけどさ、何があったの?聞いて良いなら聞かせてくれない?」


そういうと彼女は頷き、ポツリポツリとここでの事を教えてくれた。話を聞き進めるにつれ元々燻っていた怒りの炎はさらに強くなる。

最初は話を聞かず最低だと思っていたが、聞いたら聞いたで最低だ。なぜ自分一人で考えだけで結論を出すのだろうか?

一人で突っ走って、マーガレットを見ちゃいない。マーガレットが忘れていたい過去の話までした理由を汲み取ることの出来ない、どうしようもないバカだ。

大体、彼女の過去の話を聞いた流れで自分たちの関係について話すなんて、自分勝手すぎるだろう。



— マーガレットのこと、頼んだよ —


脳裏によぎったニヘラ顔にひっそりと舌打ちをする。それが出来るならとっくにしている。お前なんかに譲らない。

でも温かいところで咲く花を寒い地域で育てられないように、俺ではマーガレットを幸せにできない。たとえ無理して咲かせたって、適した場所で咲くよりもずっと弱々しく咲いてしまう。せっかく頑張って咲く花を、そんな風にしたくない。たとえ手元で育てられなくても、好きな花には綺麗に元気に咲いて欲しい。

だから幸せそうに夢を語るマーガレットを見た時は、悔しく思う反面で嬉しかった。彼女の笑顔は今まで見たどの表情よりも美しくて、俺も幸せになれた。それなのに…



「…過去のこと…頑張って話したけど…そんなの言い訳だよね。私がロイドさんを、香草さんを傷つけた。失望させた…だから私は…ロイドさんの隣にいる資格はない。元々なかったけど…」


昔から一度落ち込むと、どこまでも沈んでいく子だった。

マーガレットも奴の言葉をそのまま受け取れば、ここまで行きちがうこともないのにな…



「…マーガレット、それは違うんじゃない?あの男は『マーガレットに相応しくない』って言ったんでしょう?それってさ、マーガレットに失望したんじゃなくて、自分に失望したんじゃないの?」

「そんなわけないよ。ロイドさんは優しい人だから、私を傷つけないようにそういう体で言ってくれただけで…本当は私にうんざりして…」


俺の方が的を射ていると思うのだが、マーガレットは即座に首を振って否定する。

彼女の中でのあいつはどれだけ高い評価なのだ?こっちもこっちで自信のなさを拗らせている様子に内心でため息をつく。ある種似た者同士ということか?

側から見ればあんなやつ、思い込みの激しいただのヘタレだ。



「…うんざりするわけないじゃん。過去の事、話したんでしょ?それを聞いてうんざり出来るわけがない。居たとしても、そんな奴をマーガレットが好きになるわけがない。実際、マーガレットから見たら優しい奴なんだろ?そんな奴が、過去の話を聞いてそんな事を思うのか?マーガレットはそんなやつに惚れたのか?」

「…」


何も言わずに眉間に皺を寄せるマーガレット。

葛藤している様子に口角が緩む。それなりに長い付き合いだ。彼女を元気づける方法はある程度知っている。



「だからさ、あいつの言葉をそのまま信じてやれよ。そしてその上で考えろ。マーガレットはどうしたいんだ?」

「……このままなんて嫌。ロイドさんがまだ本当に私の事を思ってくれているなら…私はロイドさんがいい。ロイドさんの近くにいたい」


ようやく目に光が宿る。

俺の好きな表情だ。



「…そっか。良い答えだと思う。ならすぐに行動しないとな?」

「…でも、どうしたら…今の私は…私から会いに行ける立場じゃないし…ロイドさんはもうここには来ない気がする…」


あっという間に萎れてしまうマーガレット。

こんなに一喜一憂している姿は幼い頃は見なかった。幼い頃の彼女は塞ぎがちで、ビクビクしながら人と話して…

唯一笑顔を見せたのは草木の世話をしている時だけだった。それがここまで成長した。この様子なら過去のトラウマとも折り合いがつけられる日も来るかもしれない。そのためには香草さんと…あいつが必要だ。



「はぁ、やる気を出したと思えば立場だなんだって…もう逃げ腰なのか?そんなの前から言ってたよな?そしてそれを乗り越えるために、マーガレットは頑張ってたじゃないか。もう諦めたのか?」


そう言いながらマーガレットの前髪をぐちゃぐちゃにすると、彼女は不貞腐れたようにプウッと頬を膨らませる。でもこれは花が咲く前の蕾。



「…リードは相変わらず意地悪な言い方するよね。でも…そうだね。リードの言う通りだよ。おかげでやる事が見えた。私、頑張るから」

「おうっ、がんばれ!」


予想通り小さな花が咲く。でも俺が出来るのはここまでなのだ。

俺はこの笑顔を満開にする土にはなれないが…栄養剤くらいにはなれただろうか?

そんな事を考えながら俺は大好きな笑顔を眺めた。

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