【Lloyd side】押し付けていた気持ち

香草から届いた、ガーベラの家族からの手紙を届けるついでにガーベラに事情を説明すると、彼女は涙を流しながら何度も何度もルークさんと香草にお礼を言っていた。

正直どんな反応が返ってくるのかと気構えていた俺はその様子に一瞬面食らう。一方でまだこの街にも香草の事を信じていてくれる人物がいたことに嬉しくなった。

しかしその事実から余計に次に向かう場所への憂鬱感が増す。とはいえこのまま帰るわけにはいかず、俺は重い気持ちを抱えたまま薬屋を出ると、見覚えのある人物と鉢合わせた。



「…君、マーガレットの幼馴染の…」

「…リードです…貴方はマーガレットの…恋人候補でしたっけ?……一応」


最後の言葉には少しの悪意を感じた。それよりも俺たちの事を知っているなんて…きっとマーガレットが話したのだろう。

反射的に眉を寄せると、リードはそのまま俺の横を通り過ぎようとしたが、何か迷ったように足を止める。そして、一人大きなため息をついた後にクルリと体を回転させ俺と向き合い、遠慮のない目で俺を睨みつけてきた。



「…詳しい事情までは聞いていません。でも大体のことは把握しているつもりです。それを踏まえて言いますが…想い人の言葉を聞かないまま避けるなんて…あり得ないと思います」

「…君も香草が魔女だと?」


マーガレットを擁護するような言葉に反射的にそう返してしまうと、リードの目は剣呑さを帯びた。しかしそれは一瞬で『何を言っても無駄だ』という雰囲気を遠慮なく醸し出すと俺からスッと視線を逸らす。



「俺は別にどっちでも良いです。香草さんが魔女だろうが人間だろうが、彼女の草花への想いは本物です。あの目をする人が噂のような人物であるわけがない。でもマーガレットは…そう思えなくても仕方ない…」

「…どういうこと?」


真剣な、でも悲しげな声色が気になり問いかけると、彼は怒りの炎を宿した目で俺を射抜くように見つめ一歩詰め寄った。



「それは本人から直接聞くべきでは?身分とか気にせずマーガレットを選んだ時はそれなりのやつかと思いましたが…俺の間違いでした。あんただって、この街の人間と変わらない」


この街の人間と変わらない。その言葉が俺の冷静さを欠いていく。

なんて失礼なやつだ。しかしここで理性を崩したら俺の負け。すぐさまそう思い直して、俺は引き攣る笑みを浮かべてみせる。



「…それは流石に聞き捨てならないね。何を根拠にそんな侮辱を?」


俺は違う。断じて街の人間と同じではない。俺は百パーセント香草のことを信じてる。自信を持ち少しの威圧感を込めてハッキリ告げるが、リードは臆する事なく冷たい表情でサラリと告げた。



「俺は事実を言っただけです。あんたは本人の言葉を聞かないまま、思い込みから決めつけて、マーガレットを避けている。香草さんの話を聞かないで恐れ、避けているここの人たちと何が違うんですか?」


グサリと胸に突き刺さった。

そして反論できなかった。俺は…俺がしていることは…

その先の答えから逃げるように俺の頭は真っ白になる。



「…マーガレットとは…今から話に行くつもりだったんだ」


誰が聞いても苦し紛れだと思う言葉を絞り出すと、リードは呆れを含む笑みを作った。



「5ヶ月経ってようやくですか…随分マイペースなんですね。ならさっさと行ったらどうです?今日は休業日ですが、マーガレットは今、店で仕込みをしてますから二人でゆっくり話せますよ。俺も手伝う予定でしたけど、そういう事でしたら何処かで暇を潰してますので、どうぞごゆっくり」


そう言い残し薬草屋に入っていくリードの背を少しの間睨むが、すぐに辞めて苛立ちを地面にぶつけるようにしながら薬屋へと足を向けた。



*****



「リードはやかっ…ロイドさん」

「…久しぶり…マーガレット、さん」


俺を見るなり彼女の表情を変えたマーガレットは少し怯えた顔をした。

俺の事を香草の手先だと思っているのだろうか?なんて考えそうになる自分を抑えるように深呼吸する。それではあいつのいった通りの人間になってしまう。



「その…2人で…話たいことがあるんだけど…いいかな…」

「……はい」


なるべく穏やかな口調を心がけて問いかけると、マーガレットは暗い目で頷き、無言で俺を奥の部屋へ案内し、紅茶の準備をし始める。

そして張り詰めた空気の中、淹れたてのカモマイルの紅茶を俺の前に差し出すと彼女は俺の向かいに座り、怯えた目で俺を見た。



「話というのは…香草さん…の事ですよね…」

「…うん。でもその前にこれ、香草から預かった。『要らなかったら捨ててもらっても構いません』だって…中身はクッキーの型だよ」

「…あ、ありがとうございます」


警戒するだろうと思いあらかじめ中身を教えつつクッキーの型が入っている紙袋をテーブルの上に乗せるが、マーガレットは開けることも手に取る事もせずお礼を言った。

当然、その後も触れる様子はない。



「ねぇ、マーガレットは…どうしてあの噂を信じるの?」


周りくどい話をしても無駄だ。長い事平静を装える自信もないので直球で問うと、彼女は俺と視線を合わせる事なく無言を貫く。

痺れを切らした俺はさらに言葉を続けた。



「香草は良い子だよ。俺はもし仮に香草が魔女だとしても噂みたいなことはしないと思う。マーガレットは…そう思わないの?」

「…魔女は…残虐です。多分人間なんて遊び道具か何かにしか見えてません」


強い口調でキッパリと告げたマーガレット。遠回しに『思わない』と言われているにも関わらず、初めてみる彼女の口調に口が動かなくなる。けれどマーガレットもまたそれ以上口を動かす気配はなかった。俯いているため表情は窺えない。



— 何か理由があると思うんです —

— マーガレットは…そう思えなくても仕方ない —


沈黙に耐えている俺の脳裏に二人の言葉が過った。マーガレットの理由とは何なのだろうか?ここで初めて誰かに言われてではなく素直な疑問に変わったせいか、沸々と湧いていた怒りが静かに消えてゆく。



「香草がね、マーガレットは…ただの噂でそんな風に言う人じゃないって言ってたんだ。だから……よかったら…香草を怖がる理由を聞かせてくれないかな?」


怯えさせないよう注意しながら語りかけると、彼女は少し驚いたような顔を上げ、それを悲しそうな顔に変える。

そしてカモマイルの紅茶が入ったカップに視線を移すと、それを両手で包んだ。



「…ロイドさんは、エビア村って知ってますか?」

「…聞いた事はあるよ。確かに魔女によって滅ぼされた村…だったかな」


掠れる声でされた質問に頷く俺。

当時8歳だったのでうろ覚えだが、うろ覚えているくらいには貴族の中でも戦慄の走った事件だ。

特にウィルソン領から決して遠いとは言えない地方だったため、父の顔が険しかったのは覚えている。だから俺自身も当時は怖かった…

けれど今は違う。子供の頃のように盲目的に人の言葉を信じ、勝手に作ったフィルターを通すのではなく、自分の目を通してその人自身で判断するようにしているつもりだ。だからこそ、香草を信じられたと思う。

でもマーガレットは未だに誰かから聞いたその話に囚われて怯えているのだろうか?だとすれば残念だが俺は納得できない。そんな事を考えている間に、彼女の顔から表情が消えた。



「はい。その村の人間は全滅したと伝えられていますが…実はたった一人だけ、生き残りがいたんです。それが……私」

「えっ…」


想像もしていなかった言葉。

驚愕で何も言えなくなる俺をマーガレットはチラリと見ると、空な目をどこか遠くへ彷徨わせる。



「魔女だった人は…すごく良い人でした。とても綺麗な女性で優しくて、頭が良くて、魔法もたくさん使えて…私の憧れで、大好きな人だったんです」


淡々と語り始めたマーガレットの雰囲気は『無』だった。まるで心を失っているかのような異常な様子に『止めた方がいい』と訴える自分と、話を聞きたがる自分が現れる。

自分の中で考えが拮抗しているうちに彼女はさらに口を開いた。



「でも…あの日…村の収穫祭をするはずだった日に…あの人は豹変しました。ショックのせいか…断片的にしか記憶がありませんが…最初は皆楽しそうにしていました。大人たちはお酒を飲んで…笑い合って…でもその大人たちが突然血を吐きながら倒れて…それが、あの日残っている最初の記憶です。その後に笑いながら姿を現したのが、その女性。女性は楽しそうに…本当に楽しそうに次々に村の人を魔法で殺していきました。村中に悲鳴が響く中、子供が追いかけっこするようにあの人は笑顔で街の人を追いかけて…手に掛けました。村の人は四方に逃げ回り、私たち一家も彼女から逃げました。私の手を引く父と、姉の手を引く母の顔は真っ青で…そこからの記憶はさらに途切れているんです。でも断片的なのに…覚えている光景は今でも鮮明に思い出せる。目に涙を浮かべてる姉の顔とか……鮮血染まった倒れた母の姿とか…不思議ですよね」

「マーガレット、もういい。もう話さなくていい」


光のない瞳で口角を上げたマーガレットに今度は迷う事なく止めに入る。

なのに彼女は一度首を振り、俺の静止を聞かずにさらに言葉を紡いだ。



「その後に残っている記憶は女の人の楽しげな笑い声の中、父の『逃げろ』という父の叫び声……そして私の手を引くのは姉になり…私は真っ青な顔の姉と…森を彷徨って…息苦しくて…怖くて…痛くて…それなのに、いつの間にか…姉もいなくて……」

「マーガレット、ごめんね。もう止めよう。もういいから」


ポロポロと彼女の頬から涙が伝っていく。

それなのに表情はさっきと1ミリも変わらなくて…まるで人形が涙を流しているようだった。これまで人の色々な感情を見てきたが、こんな顔をした人間は見たことがない。その異常さは言葉にならない恐怖を生み出し、咄嗟に彼女へ駆け寄り彼女の肩を掴み止めるが、どうしてか彼女の口は止まらない。



「気づいたら真っ暗な森の中…独りぼっちでした……不安で寂しくて…泣いてたら……知らないお兄さんが助けてくれて…近くの村まで連れて行ってくれてました…それで事情を知った老夫婦が私を育ててくれました」


リードと初めて鉢合わせた時、マーガレットが幼少期に住んでいた村を知った。

あの時俺は彼女のことをまだまだ知らないと実感したはずなのに、その後何も聞いていなかった事に気づく。

好きだと言っておきながら、俺は彼女の事を知ろうとしなかったのだ。

それなのに、自分の理想を押し付けて…理想と違う態度をされたからと勝手に裏切られた気になって…彼女を避けた。香草に強引なお願いをされていなければここにも来なかっただろう。

ようやく客観視された自分は最低な男だった。そして俺の『好き』がどれほど自分勝手なものだったのか思い知る。

俺の好きに想いなんて一切なかったのかもしれない…



「ごめん。本当にごめんね、マーガレット」


本当なら涙を流すマーガレットを抱きしめたかった。でもその資格はない気がして、俺は彼女の両手をそっと包み謝罪する。

情けなさから顔を見ることができず俯いていると、マーガレットの弱々しい声が響いた。



「謝らないでください。悪いのは私です。ロイドさんの大切な人を信じられなくて…傷つけて…ごめんなさい。私も…私が知っている香草さんは噂のようなそんな恐ろしいことができる人じゃないと思います。でも…あの人のように…私の知らない香草さんがいたら……そう思うとどうしても…怖くて…」

「謝らないで。大丈夫、大丈夫だから。今回の事は全面的に俺が悪い。マーガレットは何も悪くない。香草も怒っていないから安心して。俺の方こそ本当にごめんね。もう無理して信じようとしなくていいから」


そんな経験をして受け入れられる方が難しい。なのに強要するようなことを俺は言った。なんなら責める気すらあった。悪いのは誰がどう見ても俺なのに謝罪をするマーガレットに胸が痛む。

俺は、俺のせいで彼女にこんな表情をさせてしまった。



(…リードの言う通りだな)


俺はこの街の人間と同じだった。いやむしろ、それ以下だ。愚かで最低な人間。

そんな人間がこんな子と釣り合うわけがない。俺は彼女に相応しくない。彼女に相応しいのは––



「…マーガレット…俺はマーガレットの事を好きだけど…マーガレットに相応しくないと思う。だから…今の関係は終わりにしよう。マーガレットにはもっと相応しい人がいるから。その人と幸せになって」


震えそうな声でそこまで言うとマーガレットから逃げるように薬屋を飛び出した。

そして自己嫌悪に浸りながら宮廷への帰路につくと、リードと鉢合う。

彼は何か言いたげにこちらに近づいてくるが、聞いている余裕はなかった。これ以上格の違いを感じたくない。



「君の言う通りだった。俺は最低だ。だから…マーガレットのこと、頼んだよ」


一方的にそれだけ言うと早足で彼の横を通り過ぎる。

最初に会った時から彼の気持ちは察していた。彼の気持ちは本物だ。俺とは違う。

その証拠に貴族という身分を気にせず俺にあんな啖呵を切るのだ。平民としてはあり得ない行動を、好きな人の為にやったとしたら…俺なんかよりずっとずっと彼女を支えられる。守ることができる。

後ろから苛立ったような声が聞こえた気がしたが、俺はその声から逃げるように全速力で走って街を飛び出した。

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