住環境と平均身長

「この部屋なら自由に使ってもらって構わない」


お茶を呑んだ部屋から一番近い部屋にルークは居た。そこは、ソファーや机などが無造作に置かれただけの物置のような部屋。

彼が一歩足を踏み入れるだけで埃が舞うその部屋は、すぐに使える様になるとは到底思えない。一体どれだけの期間放置していたらこんな状況になるのだろう?心の中で苦い顔をしていると、ルークは両手で持っていたトランクを片手で束ねるように持ち、空いた方の手を部屋の中心に向かってかざす素振りを見せる。

何度か見たその動作で彼が何をしようとしているのかなんとなく想像がついたのと同時に、部屋の中心部に集まっていくような風を感じたかと思うとあっという間に部屋が綺麗になった。埃は跡形もなく消え去り、真っ白だった床は木の模様が容易に目視できる程ピカピカだ。



(魔法って本当に便利だな…)


文字通り、瞬く間に綺麗になった部屋に驚いていると、ルークは机の上でトランクを開けゴソゴソと荷物を漁り、私に衣類を押し付けた。



「部屋は適当に用意するから香草はとりあえずそのみすぼらしい格好をどうにかしてこい。着替えは…とりあえず隣の部屋を使え」


私を見ることなくそう言うと、ルークは部屋の壁を指差す。

『だから普通のワンピースなんだけど?』と言いたくなるが、テキパキと家具を移動し始めたルークの姿に、喉元まで来た言葉をグッと堪え言われるがまま彼が指差した隣の部屋に移動する。

その部屋は、この家にある部屋でまだ見たことのない最後の部屋だった。召喚された部屋の向かいにある扉。簡素な扉を恐る恐る開けると、さっきの部屋よりかは少しだけ生活感がある光景が広がる。置いてあるのはベッドと小さなテーブル、そしてクローゼットのようなものが一つあるだけ。でも先程の部屋のように埃が積もっているわけではない。もしかしてルークの寝室だろうか?

部屋に入り、押し付けられた服をテーブルの上に置き着替えを始める。服は宮廷のメイドさんが来ていたのと同じデザインの物だった。



(あのメイドさん、すごく綺麗だったな…)


脳裏に気品のあったあのメイドさんが蘇り、あんな風に優雅に着こなす自分を想像し、僅かに心躍らせたがその服は私には少し大きかった。シャツの袖は少し違和感を感じるくらい余裕があるし、長いスカートは裾が床にべったりとついてしまう。さらに靴は歩く度に踵がぷかぷかと浮いてしまいとても歩きづらい。

雑誌と同じ服を買ったのにイメージと全然違ったような時の、虚しい気持ちに駆られながら、着替えを終えた私は、まるで童話のお姫様が階段を降りるときのように長いスカートの裾を持ち、ルークのいる部屋に戻った。



「…ルーク、この服と靴ちょっと大き過ぎない?」

「ちょっとどころではないな…だが香草の身長に合うものは流石の宮廷にもなかったんだろう」


家具を動かしているルークに声をかけると彼は私を一瞥しさらりと言った。サイズは豊富にありそうな含みがあった彼の言い方に、あのメイドさんを記憶から引っ張り出す。座っていたから正確にはわからないけれど、言われてみれば背の高かった気がする。そしてレオやトランクを運んできた執事っぽい人もルークと並んでもあまり差はなかった。私からすればルークはとても高身長だが、周囲の人と比較すると彼の身長が飛び抜けて高いわけでもなさそうだ。

私が子供に見られたのも童顔とかではなく身長のせいだったりするのだろうか?



「この世界の人は随分背が高いのね…」

「香草が小さすぎるんだ」

「…私の国では、平均より少し高いくらいの身長だったけど」


ポツリとつぶやくように言うと、にルークは信じられないと言った様子で眉をひそめる。

互いの常識の違いにしばらく無言で見つめ合う私たち。それを破ったのはルークだった。



「…とにかく、衣服は明日必要なものと一緒に揃える。とりあえず今日はそれで我慢しろ」


頷く私。真夏だった元の世界と違いここは長袖でも十分過ごせそうな気温。ノースリーブのワンピースで過ごすよりはずっと快適だし、衣服を用意してくれただけありがたいのだ。文句なんて言えない。

ルークは私の反応を確認するとまた家具の移動作業に取り掛かる。大きな棚を軽々持ち上げているのは、魔法なのだろうか?それもと単なる筋力?



「それと、今日は隣の部屋のベッドを使ってくれ」

「でも、ルークは?どこで寝るの?」


私が着替えた部屋は多分ルークの寝室だ。

戸惑い問うと彼はなんともなさげな表情でさらりと言う。



「俺の事は気にするな。一昨日寝たばかりだから問題ない」


いや、問題大ありだ。一昨日?2日寝ていないの?もしかして、この世界の人は寝ない体質?いや、流石にそれはないだろう。



「…ベッドはルークが使って。私はそこのソファーでいい」

「余計な気遣いは無用だ。もともと俺はベッドを使うことは少ない」


私には信じられないことを、さも当然のように言ったルーク。大袈裟なくらい大きくため息をつくと、彼は私に視線を向けて露骨に眉間に皺を寄せた。

少し睨みをきかせている様にも見える表情。私は臆する事なく腕に手を当て、こちらを睨んでいる彼を真っ直ぐに見つめ返す。

ひょっとするとこの視線は寝不足の影響も含まれているのだろうか?



「あのね、無理な生活を続けて体調を崩したらどうするの?1年の呪いが発動する前に自分の不摂生で死んじゃったら、元も子もないでしょう?」


疑問形で問いかけるように語りかけると、ルークは何も言わずバツが悪そうに目を逸らした。そんな彼に私はさらに畳み掛ける。



「焦るのは判るけど、少し期限は伸びたんでしょう?ならせめて睡眠はしっかりとったほうがいいと思う。呪いを解くためにはルークの健康も必須事項だよ」

「チッ…わかった、今日は寝る。だが、俺がソファーを使う」

「だめ。ルークは大きすぎるからこのソファーで寝るのは無理だよ。こんなのでルークが寝たら体を痛める。私ならピッタリだし、私が使った方が良いと思う」


宮廷ほどではないが、そのソファーもある程度の大きさがあった。それでも私が体を丸めてギリギリ寝られそうなサイズ。ルークの体が収まるわけがない。

少し強引に提案すると、彼は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ静かに頷いた。



「わかったよ…まったく…強情な女だ」


(一応、ルークの事を気遣ってのことなのに、その言葉はどうなのよ?)


ついそんな事を考えてしまい、心の中で必死にそれを打ち消す私。

少しは優しいところもあるのかも?と思ったのに、早くも僅かに開いた心の扉が閉まりそうになる。だがこれからはここで生活し、あまつさえ彼のサポートをするのだ。簡単に距離を置くわけにもいかない。

先程の決心が凄まじい速さで揺らぎそうになる。前の世界なら間違いなく距離を置いただろう。けれど、右も左もわからないこの世界ではとりあえずやってみるしかない。



(当面の生活で一番の課題は彼の態度に慣れることかもしれない…)


そんな事を考えながら、私は内心で長嘆した。

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