真実と怒り
「お前、くだらない嘘つくなよ」
呆れるルーク。レオもルークの隣で小さく頷いている。
二人とも私の言葉を信じていないようだ。ルークはともかく王様まで…。私が異世界から来たというより信じやすいと思うのだが…
「本当のことだもん。こんな嘘ついてどうするのよ」
証明のしようはないが、紛れもない事実だ。
真顔で答える私に、レオとルークはお互いを見た後、再び私に視線を移す。
「…異世界の年齢の数え方はこの国とは違うのかもしれないね」
「そうかもしれない。一応魔法使ってみるか。人間の潜在能力や年齢を知る魔法があったはずだ…方法は確か…」
言いかけたまま、何の断りもなくルークは私の顔を両手で固定する。そして、彼は自分の額を私の額に当て、私の瞳をじっと見た。
青い瞳が私の視界の大半を占領し、その青に吸い込まれるように彼の瞳を見つめ返す。本当に羨ましい瞳に見惚れていると微かに彼の吐息を感じ、我に返った。
自分が置かれている状況を理解した途端、ものすごい勢いで顔に熱を帯びていく。混乱しながらも力の限り彼の両肩を押し返そうと試みるが、彼の体はビクともしない。
「ふぁにすんのふぉ!ふぁなひて!」
「…うるさい。黙ってろ」
力ではどうやっても敵わないので、頬を押さえられた状態で抗議の声を上げると彼は苛立ったような声をあげ、私の両方の頬をさらに強く固定した。
タコのように唇が突き出す形になる私。強制変顔をさせられている羞恥心と、より一層近づいた彼との唇の距離に惑乱する。
「こらっ!ルーク!」
レオの静止する声が聞こえるとルークの額が離れ、固定されていた顔も解放される。やっと離れた彼の顔は強張っていた。
「………本当…だ」
驚きの表情で私から視線を外すと、ルークはまたレオと顔を見合わせる。
彼の言葉にレオも怒ることをやめルークと同じように僅かに目を開いた。そんなに驚く事だろうか?
「ルークも歳の割に若く見られるが…この容姿で、ルークより1つ下なだけだとは…本当に異世界の方なのだな」
感心するように私を凝視するレオ。
この世界だと私は童顔なのだろうか?けれど、そんな事はどうでも良い。
顔を真っ赤にしながらも、私はソファーから勢いよく立ち上がる。そして、ルークから距離を取り悲鳴に近い声を上げた。
いい加減、この非常識男に文句が言いたい。
「何すんのよ!変態!本当に信じられない!」
「はぁ?誰が変態だ?俺は魔法を使っただけだ。お前のような女に興味なんかない。訂正しろ」
眉をひそめ悪びれもなく言ったルークに私はさらに熱り立つ。
「魔法を使うにしたって、普通なら声くらいかけるでしょう⁉︎いきなり…しかも無理矢理顔を固定してこんな魔法を使うなんて…本当に常識が無さすぎ!」
「お前がそんな容姿で25だなんて言うからだ」
「嘘はついてないじゃない!」
再び睨み合う私たち。殺伐とした空気を破ったのはやっぱりレオだった。
「ルーク、さっきのはお前が悪い。香草さんに謝りなさい」
「はぁ?なんでだよ?嘘をつくような人間だったら危険だろ!真偽を確かめただけなのに何が悪い」
「やり方が強引すぎるんだ。香草さんが貴族の御令嬢だったら大変なことになるぞ」
「…確かに」
レオの言葉にルークは苦々しい顔をして、私を見る。
初めて彼から謝罪の言葉を聞くことができるのかと少し期待したが、彼の口からはとんでもない言葉が飛び出した。
「俺はお前に興味はない。微塵もな」
「……」
ぽかんとルークを見る私。視界の端ではレオが頭を抱えている。
私は今…何と言われた?これがこの世界の謝罪?そんなわけがない。恋愛感情どころか好感すら抱いてもいない男に突然フラれた私の体はワナワナと震える。
「私だってあんたなんか微塵も興味ないから!」
激昂状態のまま力の限り叫ぶが、ルークは涼しい顔をしていた。
そんな様子にさらにイライラを募らせていると、レオは手刀を作りそれをルークの後頭部めがけて振り下ろす。その衝撃にルークはレオに視線を合わせた。
「何するんだレオ!」
「お前が香草さんに失礼な態度を取るからだ…やはり、お前に香草さんを任せるのは心配だな…ここは来賓として…」
「大丈夫だ。こいつの面倒は俺が見る」
「お前は良くても香草さんが良くない」
答えを求めるようにレオとルークは同時に私を見る。本音を言えばルークとの生活は嫌だ。一緒に生活できる自信もない。やはり迷惑をかけてしまう事を承知でレオに宮廷で過ごしたいとお願いするべきなのだろうか…。
それとも、いっその事1人で生活する?世界が違う国で?流石にそれは無理だと分かる。
返答に困り2人を交互に見ると、ルークの顔は徐々に難渋の色を見せていく。そしてチラリとレオを見た。やはり国の事を案じているのだろうか?真偽は不明だが、最悪な印象のルークでもその顔を見ると強く言えない。心に何かが刺さったようにキュッと痛くなる感覚に、戸惑いながらもため息まじりに口を開いた。
「…とりあえずは…メイドとして過ごして…限界だったらまたご相談させていただいてもよろしいですか?」
私の答えにレオは少しだけ目を見開いた後すぐに笑顔を浮かべ頷く。
「もちろんだとも。いつでも言ってくれて構わない」
優しい声でそう言うと、今度は真剣な目をルークに向けた。
「いいか、ルーク。くれぐれも香草さんに失礼を働らかないように注意しなさい。香草さんはもう私の来賓だ。それ相応の対応をする様に。これは王命だ」
「…わかったよ」
「なら、まずは先程からの失礼をしっかり詫びなさい」
「…すまなかった」
まだ渋々といった感じは残しているが、今度は素直に謝罪の言葉を述べるルーク。私より年上のくせにこの謝り方はどうなのだろう?とまだ心の中のモヤモヤは残るが、この男に常識を求めるのは無駄だ。謝罪の言葉が聞けただけ良いだろう。
彼の謝罪を受け入れるように頷くと、レオは安心したように頷いた。そして立ち上がった私を上から下まで一度見る。
「…それにしても、その服装はこの国では珍しい。服や食料品等、最低限必要なものを用意させるから少し待っていなさい」
そう言って、レオは部屋を出て行く。
本当に何から何まで良くしてくれる。それに比べてこの人は…
「…王様、あなたと違っていい人ね」
「嫌味なやつだな」
ここに来てからの失礼な態度の仕返しを込めて嫌味をいうと、ルークもその意味を理解したようだった。
「俺は他人と関わるのが好きじゃない。先に行っておくが、俺にレオのような対応は求めるなよ」
腕を組み偉そうな態度で言い切ったルークに、私は負けずと笑みを浮かべる。今までの態度で私がそんな過度な期待をするわけない。
それでも私は自らの意志で彼と生活すると言ってしまった。ならばこれからは多少の事で言い合いにならないようにしなければ、苦労するのは目に見えている。
「あなたに王様のような対応なんて出来ないことは分かっている」
クスリと笑ってみせると、ルークは顔を歪ませた。しかし、言い返せないのか何も言ってこない。
黙り込んでしまった彼に、私は思い切って踏み込んだことを聞いてみる。
「…ねえ…どうして召喚魔法なんて使ったの?もしかしたら死んでたかもしれないんでしょう?」
「なんとしてでも呪いを解きたいからだ…呪いが解けるなら俺は死んだって構わない」
少しの間も無く答えたルークの顔は真剣なものだった。本心で言っている。会ったばかりの私でも感じ取れるくらいの空気。そして、ほんの少しだけ自暴自棄になっているような…そんな雰囲気に私は口に出さずにはいられなかった。
「…呪いのこと、王様から聞いた。私はあなたの呪いの件で直接助けることはできないと思う。呪いなんて私の国にはなかったし、魔法だって使えない…でも、私にできることはする。あなたと暮らすのも、メイドとして働くのも正直不本意だけれど、身の回りのサポートくらいはするつもり。だからあなたは解呪の方法探しに専念して。私の帰還方法は…その後でいいから」
我ながらなんでそんな事言っているんだろうとも思う。だけど、そうするべきだと心が訴えていた。
真正面からルークを見つめると、悲観していた彼の表情が驚きに変わる。
「…なぜだ?お前には関係ないことなのに…来賓の件だって、お前が望めばレオは…」
「関係ある。貴方はこの国ですごい魔術師って王様から聞いた。そんな貴方が死んでしまったら誰が私を返してくれるの?約束したでしょう。私を返すって。それに…」
「それに?」
「誰かに任せきりにするのは性に合わないの。だから私は私にできることはする」
ルークに好感は持てないけれど、彼自身に非が無いことで呪われて死ぬのは納得がいかない。
このまま放っておいたら、彼はまた自分の命など顧みない行動をするかもしれない。たとえそれで国が救われてもレオはきっと喜ばないし、現状自力で帰還できそうにない私も困る。
どうせすぐには帰れないのなら、乗りかかった船だ。
覚悟が決まった私は清々しい表情で笑うと、ルークもまたつられるように少しぎこちない微笑みを見せた。
「…変なやつ…でも…まぁ…少しは期待しておこう。魔法が使えないお前ができる手伝いなんてたかが知れていると思うがな」
そんな顔も出来るんだ…なんて思ったが、言葉は相変わらず。
けれどここに来て初めて向けられたルークの笑顔を見たせいか、私の中に不思議と怒りは湧いてこない。それとも早くも達観したのだろうか?
「手伝うのはあなたの為じゃない。あなたの役に立つ努力なんてしないわ。私は自分とエルフィーネ国のために努力する」
「……」
腹は立たないがルークのために働いていると思われるのは不本意だ。憎まれ口ばかり叩く彼に可愛げのない言葉を返すと、彼はしばらく呆気に取られた後、突然クスクスと笑い始めた。
「お前、面白いな…わかったよ。この国の為なら俺の為でもある。よろしくな香草」
ニッっと笑い少年のような笑みを浮かべるルーク。その笑顔に先程のようなぎこちなさはなく、不意を突かれた私の頬は熱を帯びてしまい、それを悟られないよう彼から顔をそらす。
初めて見る表情と初めて呼ばれた名前。このタイミングで名前を呼ぶのはなんだかずるい。
「よろしく…ルーク」
一つ年上と言っていたけど、一緒に生活するのだから呼び捨てだって良いだろう。彼自身、王様の事を名前で呼び捨てているのだから、そんな事気にしないはずだ。そう考えポツリと彼の名を呼ぶと、彼は一度大きく目を見開き、そしてぷっと吹き出した。
何が面白かったのかと、理由を聞こうとすると遮るように扉が開く音しがしてレオがにっこり微笑みながらこちらに歩いてくる。
「二人とも急に仲良くなったようだな。こちらも必要最低限のものが準備できたぞ。うちの制服も入れといたから必要な時には使いなさい」
レオが話を終えると、執事のような格好をした男性が大きなトランクを二つ抱えて部屋に入り、私とルークの前に置くとニッコリ微笑み一礼をして素早く部屋を出ていく。
「すまない、レオ…さぁ、時間もないし帰るぞ」
どこか清々しい表情で私を見たルーク。
反対に嫌な予感がした私は顔を強張らせ、無意識に後退り彼と距離を取った。帰るということは行きと同じ方法で帰るということ…
「…帰るって…また魔法?荷物もあるし違う移動手段ってないの…?」
「荷物は先に運ぶから問題ない。それに時間がないと言っているだろう。馬車なんて使っていたら時間の無駄だ」
そう言いながらもルークは床に置いてあるトランクに手をかざす。トランクは光に包まれたかと思うとあっという間に姿を消した。その光景に驚くが今はそれどころではない。
「じゃっ、じゃあ私だけ馬車で……」
何とか逃げようとすると、今度はレオが困ったように首を振りながら私の肩に手を置いた。
「残念だが…ルークの家は開拓されていない山の山頂付近にある。山の麓までは馬車で送れてもそこからルークの家まで送ることはできない。歩いて登ろうものなら遭難しかねないし、数日かかるだろう」
そんな山奥だったの⁉︎驚きの事実に私は絶句する。
「…そういうことだ。大人しくこい。きちんと俺に支えられていればここに来た時のように酔わないから安心しろ」
ジリジリと詰め寄ってくるルーク。来る時に抱き抱えられそうになった事を思い出す。どうしようもないのはわかったが、いくら一瞬の移動とはいえやっぱり何とも言い難い抵抗があるのだ。しかも相手はルーク…でも、あの気持ち悪さはもう2度と経験したくない…
抱き抱える以外の方法はないだろうか?
苦悶している間にもルークは一歩また一歩と近づいてくる。
「さっきできることをすると言ったよな?香草はこんなこともできないのか?」
「…っ!!」
ニンマリ笑うルーク。『口先だけだったか?』と言いたげな挑戦的な目。
ここで嫌だとか無理だとか言ったらなんだか負けた気がする…。
悔しくなってきた私は、ありったけの勇気を振り絞ってルークの胸にタックルをするようにして飛びついた。
その時—
突然、彼の体から黒いモヤのようなものが溢れ出し、ルークは苦しそうに胸を押さえ始めた。
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